第二章 1
色が——
混乱している
どうしてこうなっているのか——
思い出そうとすると
色がぽっかりと抜けて空間が分断される
目の前に
今堀先輩が倒れている
ここは屋上
フェンスだけが冷たい色を主張して
景色は濁った虹のように七色となり
ゆっくりと流れる泥のように絡み合い、混ざり合い
そのなかで
吐き気がこみ上げてくる
瞬は、手で口を押さえる
——おかしい
しかし、何がおかしいのかよく分からない
記憶が、抜けている
思い出せるのは——銀色に反射して煌めく校内を
気を抜けば綻ぶ頰に苦戦しながら屋上へと向かっている自分
振り返ると、屋上のドアは開いていて
他に人の気配はなく
ただ、フェンスの側に今堀先輩が倒れていて
その前に、自分が立っている
ぐちゃぐちゃに多色が混ざった地面に
薄い暖色が墜落して飛び散っている
瞬は
今堀先輩に近付いてみる
ぽつ、と、一滴の雨が右手に落ちて
続けて小さな粒が屋上を濡らしていく
今堀先輩の前でかがみ、手を、伸ばす——
しかし自分がまだ保てている白い色が妙な抵抗をして
瞬は、手を止める
代わりに、先輩の口元に顔を近付ける
息は——
していない
瞼が少しだけ開いていて
声をかけても
返事はない——
べちゃっ、と
瞬の白さの上に赤い塊が落ちる
いや、そんなはずは——そんなはずはない
そんなはずはないと思いながらも心臓が赤さを増して
瞬の白い色を塗り潰していく
呼吸が、うまくできない
立とうとして力が入らず、尻もちをついて先輩の前に座りこむ
いや、そんなはずは——そんなはずはない
何かの冗談に違いない
すぐに先輩はしっかりと目を開けて立ち上がる
そうに違いない
違いないが——だが
瞬は、いつまでも現実から逃げようとするほど楽観的な性格ではない
分かっている
赤い色が染めていく自分の白い雪原
そうだ、目の前の今堀先輩は——
死んでいる
手が震えて、めまいがする
どうして、何が起こったのか
自分は何をしてしまったのか
無くしてしまった記憶の色は戻らない
だが推測することはできる
今が、この色——入り乱れた気分の悪い多色の景色に
どんどん赤くなっていく自分の白
——もしかすると……
自分がやってしまったのかもしれない
——その可能性
荒神の、その忌むべき呪いの力があれば
人の一人や二人を殺すことくらいは難なくできる
瞬の、その体液を少しばかり投与すれば
あっという間に人は死ぬ
そう——死ぬのだ
人間なんて簡単に死んでしまうのだ
荒神の呪われた赤い先祖たちが代々やってきたように
自分も、自分だって——自分にだって
それくらい簡単にできるのだ
だから、だから——だから
記憶がないその間に
ついやってしまったのではないか——
いや——と、瞬はうまくできない呼吸の合間に自分を否定する
記憶がないとはいえ
何があれば先輩を殺そうと考えてしまうのか
いくら頭に血が昇るようなことがあったとしても
今、このタイミングで自分が人を殺そうとするとは考えられない
いや——と、瞬はもう一度否定する
今堀先輩が姉に危害を加えようとしていたとすれば——
もしくは、すでに先輩が姉に危害を加えていれば——
それが分かってなお冷静でい続けることができるだろうか
苦しい——赤く霧散する空気に喉を締め付けられるようで
自分が白ではなくなっていくようで
——立てない
雨が、
強くなってくる
景色はもう銀色に反射することなどなく
以前にも増してどんよりと沈み込んだ灰色のなか
荒神の、濁って汚れた赤黒さが
雨によって景色にまで滲んでいく
だが
どんなに雨が降っても
荒神の呪われた色が消えることはないだろう
やはり
自分も荒神だった
瞬は
勢いよく景色と赤と白を混ぜ合わせていく雨のなかで
今堀先輩の死体を見続けた
濡れ続けて
自分がどんどん白ではなくなっていくことを感じながら
呼吸は
どんどん落ち着いてくる
ポケットのなかで
携帯が震える
ゆっくりと、ゆっくりと——立ち上がり
ポケットから、もう震えていない携帯電話を取り出す
着信は、姉
しかし、かけ直しはせず
警察に電話をする——淡々と、震える声を抑えることもせず
淡々と、雨に濡れながら状況を伝える
校内へと戻り
瞬は職員室を目指す
壁も廊下も灰色のまま
その暗さを増して
瞬から視界を奪っていく
光は、ただ、姉だけ
また、携帯電話が震えて、姉からの電話——
だが、まだ、今は出られない
今はまだ、姉と話せない
白くなくなった自分には
姉の澄んだ薄青色を置くような価値など——
ありはしない




