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勇者タカユキと魔王の戦い~異世界パンツ英雄譚~  作者: 月見七春
第十三章 雪山、純白、散花
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第六十五話

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 大量の魔物を引き連れてきたあの馬の眠りの術にやられて、クルル……私は気がついたら暗い石造りの牢に入れられていた。

 ただの牢じゃない。

 暗闇の中でも薄ボンヤリと見えるの。周囲を鉄格子に囲われた円柱型の場所で、中央に打ち込まれた杭につながる鉄の足かせをつけられているの。手は後ろ手に拘束されていた。恐らく足と同じ鉄製のそれで。

 ここにいるのは私だけ。クラリス様はいなかった。

 鉄格子の一つが開いてあの馬が来た。

 純白だったその身は黒く淀みきっていて、その性質が魔物に変容していることが見て取れたの。

 口を開いたけれど、何も喋れなかった。

 口枷を嵌められていたの。それも唇を開いた形で固定して、真ん中に穴がある妙な形の口枷を。


『いいざまだな。僕を痛めつけたお前には相応しいよ』


 好色に染まった目つきで見られて、慌てて身体を見下ろす。

 いつの間にか服は剥がされて裸になっていた。


『止まれ』


 馬がそう言った瞬間に、身体の自由が利かなくなった。


『明かりをつけよう……』


 ほとんど暗闇に近いその牢獄で、間近に来た馬が微笑む。

 それだけで壁のいたるところにぼんやりと明かりが灯った。

 豚のような顔をした二足歩行の豚たちが、馬同様に醜いものを主張させて鉄格子越しに私を見ている。その口からこぼれる涎の理由は想像したくない。


『なに、居たたまれない気持ちにさせるつもりはない。中古も見方によってはいいと、君に飛ばされた先で出会った魔王さまに教えられてね』


 嫌な、予感が、する。


『見えるかな、この虫が』


 馬が掲げた蹄の先に浮かんでいる、触手だらけの奇怪な虫。


『君のような女に似合いの虫だ。これをのめば――』


 口元に近づけられる虫。体液を何日も放置したかのような異臭に叫ぶ。

 それが馬にとっては愉悦なのだと気づいて、けれど歯ぎしりもできず。

 せめてもの意思表示で睨むけど、それもだめだった。


『雄は女を抱かずにはいられず。雌は腹に精を浴びずにはいられなくなる』


 どんどん、どんどん。


『どうやら君と彼女は勇者しかしらないようだ。操を立てているかな?』


 どんどん、どんどん。


『そんな君たちが、泣いて、頭を下げて……この僕を求めたら? これほど心地良い遊びはないよねぇ!?』


 近づいてくる。先端が舌に触れて蠢くその生理的な気持ち悪さに叫ばずにはいられなかった。


『周囲にいる彼らもこの虫の可愛い餌食だ。効果は見ての通りさ』


 豚男たちの熱気と臭気が増す中、触手が私の舌を掴んだ。


『手は出させない、決して……君を満足させはしない』


 するん、と喉奥に入り込まれた。胃にではなく、その上を目指して這い回る。


『雄の欲にまみれた視線を浴びて、さんざん発情して涙を流して後悔し』


 聞こえてはいけない音が頭蓋からして。


『僕を求めるといい。理性なんて……君にはもう、必要が無い。なにせ、雌だからな。く、くくくく! ひひひ!』


 身体中を何かが襲う前に、ただ願う。


「あは、ふひ……」


 次の瞬間、以前あった呪いの比ではない渇望に襲われて、けれど悶える私を一瞥して馬は立ち去った。

 だから、これは……ただの、放置。

 絶望に至るただの……放置に過ぎない。


 ◆


 目覚めるとわたくしは花嫁衣装を着せられておりました。

 そこは玉座の間。けれどわたくしの――……クラリスのスフレ王国のそれとは比べものにならないほど、歪な場所でした。

 わたくしの両手は枷によって塞がれ、天井につるされているのです。

 かろうじてつま先が触れるかいなか、ぎりぎりの状態で。

 知識にはあります、ええ。あります。これは拷問に他ならないのだ、と。

 自分で立たねば手が傷つき、肩が脱臼し……痛みに苛まれるもの。

 その光景を満足そうに見ている馬がおりました。

 あの霧の森で出会った馬です。ニコリスと仰ったかと思います。

 純白の身体は邪悪に染まり、その顔もまたあの巫女の少女のそばにいた頃とは比べものにならないほど醜悪に歪んでいました。


『目覚めたかい』

「わたくしに……なにを、なさるおつもりですか?」

『いやあ、なに。処女しか知らなかった僕も中古の良さを教えられてね。ぜひ味わってみたいと思っているんだ』


 その腰から生えた邪悪はあの少女のそばにいた頃よりも醜くそびえたっております。


『けどただ襲う趣味はなくてね。泣いて懇願されたら、まあ……いいかというつもりでいる』

「けだもの……恥を知りなさい!」

『いいね、気高い少女は好みだよ』


 あちこちで笑い声が響いて、あわてて周囲を見渡しました。

 そこには我が王国で目にした狼型の魔物から宝箱に手を生やした魔物、他にも液体に顔が浮かぶ魔物まで。数え上げたらきりのない数の魔物たちがおりました。


『君にありとあらゆる手を尽くしても面白いけれど……別の手を考えたんだ』

「なにをされてもわたくしは決してあなたなど――」


 と、言う途中でした。

 馬の蹄の先がぼんやりと光り、そこにまるで写し絵のように暗闇が映し出されたのは。

 距離を離して会話する魔法のそれだ、と認識した次の瞬間、


『彼女をごらん』


 浮かび上がったのはクルルでした。

 裸を晒され、足首を足かせに、その手を後ろ手にされて手かせにとらわれて。

 周囲を囲む鉄格子越しに、豚男たちの視線の慰み者にされて。

 ……そんな彼女が、泣きながら、浅ましく身体を震わせている。口にして呼ぶのは勇者さまの名だった。ずっと、ずっと呼んでいるの。

 彼女の腰が痙攣する。

 次いで身体中が震える。

 彼女の動きが、何を意味するのか……勇者さまと三人で過ごした夜が教えてくる。

 明らかに、おかしい。


「なにを――クルルになにをしたの!?」


 血の気が引いて叫ぶわたくしに馬が笑うの。


『あと少しもすれば、彼女がああなって一日だ。君が僕の術で眠りこけている間に、彼女は何度達しただろう。ああ、なんて楽しいんだろうなあ! 魔王さまさまだ! ああ、でも安心していい。まだ君たちの身体にいやらしいことは何もしていない。だって、楽しみがそがれるだろう?』


 立ち上がり、醜い欲望ごとわたくしに近づいてくる。


『きみが僕に身を捧げなければ、彼女を蹂躙しにいくよ。僕が味わったら、あとは豚男どもにくれてやろう。もつかなあ……その身に宿った新しい命は。知ってるかい? あいつらの精は赤子なんて食い散らかしてしまうんだぜ? けぇどぉ!』


 わたくしにそれをあてがって。大仰に腕を開く。


『きみが僕に身を捧げるのなら許してあげよう。だいじょうぶ、僕のそれは豚男のそれより強力で凶悪だから……君のお腹の赤子だって僕のそれにすげ変わるさ』


 鳥肌がたつ。とまらない。悪寒がする。


『けど、彼女は君の部下なんだろぉ? ならだめな上司らしく見捨てるのもいいよ! 見捨てるのも! でもさぁ』


 その蹄でわたくしの顎を上げて、


『きみって王族なんだろぉ? 王族なら、見捨てられるわけないよねえ? 臣民の命を捨てる王族なんて、君ってくそ食らえって思ってそうだしぃ』


 言葉を失う。


『さあ……どうする? 選ぶんだ。ことはすでに貞操に留まらない。選ぶのは、そう!』


 顔が、


『彼女の子か、君の子か』


 近づいてきて、


『選ぶんだ』


 その舌が、


『いいよ。どっちを選んでもいい。君にとっては邪魔だろう? 別の女と愛しい男の間にできた子なんてさあ』


 わたくしの唇に近づいてくる。


『だから……選ぶんだ。自分を捨てるか、彼女を捨てるか』


 寸前で止められたそれは、あまりにも露骨すぎて、悪意に満ちていた。

 口づけろ、と。

 自らの貞潔を汚し、穢れに満ちた彼に誓いの口づけを。

 そうすれば、クルルは助かる。クルルのお腹の子も助かる。

 けれど、そうしたら……恐らくわたくしにとって唯一の、勇者さまとわたくしを繋ぎ止める絆を失う。それどころか、汚れたわたくしを……勇者さまは、もう。

 それでも……見捨てられるわけがない。

 彼女は大事な大事な仲間なのだから。

 だけど、だけど無理だ! ……選べるわけがない!

 どちらも等しく同じ命で、大事なのだから。

 絶望と絶望の葛藤。

 苛まれるわたくしを見て、魔物たちがはやしたてる。


『さあ……さああ! どうする? どうする?』


 頭に響いてくる愉悦に満ちた声は、精霊などではもはやない。

 真実、悪魔のそれだった。

 脳裏をいろんな思いがよぎる。

 目元に浮かぶ涙は、こぼしたら、それはもう……すべてが終わる瞬間だ。

 願う。願わずにはいられなかった。


「勇者さま――……」


 囁き、折れかけたその心は。

 突如、頭上の天井が割れて――……黒い嵐が起きて。

 ふ、と手の自由が戻って抱き上げられるのです。

 瞬きすると、わたくしは、


「悪い、待たせた」


 勇者さまに抱き締められていました。


『な、なっ!? い、いつの間に――』

「そういうの、負けフラグっていうんだぜ?」


 赤い下着に包まれたその手に握るは死を司る赤き大鎌。

 勇者さまはわたくしを抱いて、はっきりと仰るのです。


「もう大丈夫だ」


 万感の思いで抱きついて頷くのです。


「はいっ!」




 つづく。

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