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第六十話

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 森を抜けたところに小屋があった。

 中身は空だ。

 けど小屋を描いた看板、中に並ぶ朽ちたベッドたち。

 いかにも宿屋っぽい名残がそこかしこにあった。


「ウェイトレスあらため、メイドのコハナにお任せください」


 笑顔で手早く掃除をはじめるコハナの手伝いをルカルーとナコが率先してやっている間に、積み荷の食材を使うよりもと俺はクルルと二人で獣を探しに出る。

 クラリスはこういうことには向かないからな。恐縮するクラリスには「皇女はふんぞり返っていればいい」と言っておく。それでも誰かを手伝おうとするので「治療薬とか、そういうの作っといてくれない?」って試しに言ってみた。

 そしたらいい笑顔で頷くんだよなあ。ペロリの奇跡の術も必要らしいので、これで割り振りは完璧だ。


「勇者っぽいな」

「なにが? 指示出してるとことか言わないでよ?」


 ……まさに指示出してるとこだって言おうと思ったんだけど。

 だめか。そうか。


「率先して手を動かすの。勇気をもって誰より前に出るのが勇者でしょ」

「ちげえねえ」


 クルルにケツを叩かれるまでもないな。

 お尻は自ら叩いていくスタイルです。


「にしても、獣が一匹もいねえな」

「そうだね……」


 ぱちん、とクルルが指を鳴らした途端、彼女の足下を中心に地面に光の波紋が広がっていく。


「初歩的なのしか使えないけど便利だなあ、詠唱破棄……このあたりに植物と私たちと馬以外、生き物はいないかな」


 便利なのはむしろお前の存在なのでは?

 と思いはしたけどそっと胸に留める俺です。


「じゃあ戻るか。あんまり小屋を離れるのもなんだ……し?」


 くい、と。

 くいくい、と。

 服の裾を引っ張られる。

 なん? と思いながら見たらクルルが真っ赤になって俯いていた。


「あ、あんまり早く戻るのももったいないかな」

「……ん?」

「せ、せっかく……その。二人きりなわけだし」


 ウサミミがどんどん垂れていく。それはすぐにクルルの目元を俺から隠してしまった。

 つまりこれは……あれか? 照れウサギか。でもなあ。


「こういうの、抜け駆けっていうんだぞ?」

「う」

「みんなが働いている間にいちゃつくのはな……いや、嬉しいぞ? 嬉しいから、わかってるからそんなぽかぽか殴ってくるな」


 はっはっは。笑っていたらスネを蹴られました。

 ……マジで痛いからやめて。


「いい。帰る」

「うっそだって冗談じゃん。一応いっとかなきゃいけない的なやつじゃん。な?」

「……もういい」

「へそ曲げるなって」


 逃げようとする背中を抱き締める。

 照れてぶすっとなっているクルルからの抵抗はなかった。


「お……?」

「最初からそう言えばいいかな」


 俯いて俺から顔を隠しているけど、身体を預けてくるこの感じ……いける!


「でも時間ないのはわかってるから……その」


 ふり返ったクルルの視線が俺の口元に向けられた。

 期待と共に注がれるその瞳の潤いっぷりよ。

 どうなの。


「ちょっとだけ……かな」


 そんな台詞真っ赤な顔で言うなよ。

 それっきり黙って、けれど生まれた間は露骨に求めてくる。

 だから素直に口づけた。

 腕の中で震える身体をより強く抱き締める。

 衣服越しだろうと関係ない。馴染んですぐに溶け合うお互いの熱。

 かすかに啄み、唇を離して……額を重ねて。上目遣いでクルルが囁く「もっと」。

 甘い声をもっと聞きたい。

 願えば願うほどに熱が入るし、それはちょっとどころじゃ済まない。

 大きな木の幹に歩み寄り、その根のそばで絡み合う。

 その頃にはもうお互いに欲望に突き動かされるただの獣。

 そうなるために、夢中で互いを脱がせ合う。

 クルルが俺に触れ、掴み、引き寄せて。俺が撫でて、開いて、貫いていく。

 ……まあ、早い話がさ。マジでちょっとじゃ済まなかったってことだ。


 ◆


「おかえりなさいませ、ご主人さま。お食事になりますか? クラリス様のフォローになさいますか? それともコハナとしっぽりしますか? はたまた新しい仲間のナコさまと親交を深めますか?」

「……ごめんなさい」


 表面的とはいえ笑顔で出迎えてくれたのはコハナだけ。

 ルカルーとペロリはマイペースに食事中だ。積み荷にあったものをコハナが料理したんだろう。干し肉と生野菜の残りで作られたスープ、それに泡酒。

 クラリスは綺麗に整えられたベッドの上で俺に背中を向けている。ほっぺたが膨らんでいるのが見えるので、まあ……クルルとの逢い引きはモロバレなんだろうな。

 ナコは居場所に困っているようだ。食事も済んだみたいで、テーブルに向かっているけれど手持ちぶさたの様子。

 ごはーん! とすべてを放棄してテーブルに行くクルルに「ずるいです!」とクラリスがいじけた声を出す。


「ずるいと思うならクラリス様も何かすればいいんです。家で待つだけが戦いじゃないですよ」

「コハナも参戦していいですかぁ?」

「あなたはだめかな。みんなのこと不幸にしかねないし」

「わかりましたぁ」


 いいんだ、コハナ。それで引き下がっちゃうんだ。まあその方が助かるけれども。


「それに……城にいた頃からずっと思ってました。私も主張できないからわかるんですけど……」


 でも、と呟いてからクルルは強い視線をクラリスの背中に向けた。


「もっと自己主張した方がいいですよ。錬金術が出来て、剣だって嗜んでるんですから」

「じゃあ次はわたくしがいきます!」

「いいですよ。次はクラリス様の番で異議ないです」

「……ほんと?」

「嘘つかないです」


 ふり返ったクラリスは縋るような顔をしていた。

 良い子なんだし、素直な子なんだろうし。

 複雑な関係になった二人だ。どう付き合うかも相当に難しいだろうに。

 自分の気持ちを大事にするし我慢はしないクルルは、その上でクラリスの背中を押している。

 まあ……クルルの理屈だからな。それが傲慢だという見方も出来るだろうが。


「じゃあ……我慢しません」


 むん、とやる気を出すクラリスの素直っぷりよ。

 二人だからこそ成立するんだろうな。

 片方が少しでもひねたり、ねじれたりしたら……容易く壊れる繋がり。


「それがいいです。してたらどんどん埋もれちゃいますよ、なにせタカユキですし」

「納得です」


 それをクルルはわかっているから、自分を傷つけない範囲で大事にしようとしていて。

 俺に非難できるはずがない。何せ元凶だからな。はは……マジですまん。


「じゃあ……勇者さま。わたくしがご飯を食べさせたいです」

「お、おう」

「だめですか?」

「……だめじゃないです」


 みんなの視線が「ふうん。そう。中でわざわざそういうことするんだ。そっか。覚えとくよ」というシビアなものに。けど「コハナさん、やりました!」と喜ぶクラリスに「よかったです、だめだったらコハナが本気を出すところでした」とかコハナが言っているから不穏はすぐそこにある。

 やれやれ。


「変な連中だな、お前達」


 テーブルに向かう座椅子に腰掛けて、隣に座ったクラリスにスープをよそってもらいながら俺はナコの言葉に頷いた。


「見ての通りだ」

「どや顔とか意味不明だし」


 ジト目で睨まれました。

 その時の俺、「はいどうぞ」と言われて口をあーんとしている。

 何を主張しても「うざい」と言われそうな光景の中心に、俺はいる。


「クラリス、ありがとう。今日はご飯はもういいよ、ちょっと大事な話するからあとでな」

「はい……」

「しゅんとしなくていいから、大丈夫だから。夜の散歩に連れて行くから、な?」


 ぱああ、と輝く皇女様の頭を撫でて、ナコに尋ねた。


「役割の話が出たから、一応聞いておきたい。自己紹介的なの、あるか?」

「……まあ、そういえばしてなかったよね」


 テーブルに立てかけた弓を撫でて、ナコが全員を見渡した。


「ナコ。ナコ・ル・ナティック。精霊術と弓が得意。近距離もいけるのは……勇者なら知ってるよね」


 みんなに不思議そうな目を向けられたから、俺はナコの言葉に頷いた。


「みんなが眠らされた後、俺はナコにいつの間にか背後を取られてた」

「あの睡眠の霧はニコリスのもの。一応言うと、付き合える精霊はニコリスだけじゃない……巫女の体質からか、どんなのでもいける」


 どんなのでもいける、という言葉の可能性。


「それで、その。ちょっと……みんなに聞きたいんだけど」


 どう切り出せばいいのか困っているような顔だ。

 言いにくそうなことでも、これからは仲間になるんだからな。なんでも言ってもらえるようになりたい。

 だから当然促した。何でも言ってくれって。そしたらさ。


「精霊でもないのに、勇者はどうやって二人の女を孕ませることができたんだ?」


 って。

 とんでもない爆弾発言でした。

 顔を真っ赤にするクルルとクラリス、我関せずという顔をしつつもさっとペロリの耳を塞ぐルカルー(いい仕事!)、嗜虐的な笑みを浮かべるコハナ。

 だめだ。無難な落としどころにもっていける相棒がルカルーしかいない!


「……え。え。待って。え。確認させて。ナコはどうやって子供ができると思っているのかな?」

「だから。精霊が呪って、そしたらできるんだろ?」


 わーお。わーお!

 ぴゅあっこや……ぴゅあっこがおるで……。


「ナコって何歳だっけ」

「十五歳だ。あと数日で十六になる」

「「ほっほぅ」」


 奇しくもコハナとハモってしまった。くそ! よりにもよってえろ悪魔と!

 だがしょうがない! こんな天然記念物がまさかいようとは!


「知りたいならぁ……勇者さまと一晩過ごしてみる、というのは?」

「「だめー!」」


 コハナの悪い顔にすかさずクルルとクラリスが悲鳴をあげる。

 ルカルーが何かを言いたげにこちらを見ている。

 わかっている。わかっているさ。言わずとも。

 面倒事の種が増えた、そういいたいんだろう?

 わかるよ……。

 俺も今、痛感してるとこだもん。




 つづく!

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