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第五十八話

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 ナコの小屋は村から少し離れた森の中にあった。

 備え付けの井戸から水を引き上げている彼女が俺たちの足音に気づいて、訝しげな視線を送ってくる。


「なに……仕返しにでも来たの?」


 突然襲ったのはこっちだから覚悟はしている、とでも言いたげだった。

 彼女に寄り添うように現われる光の一角馬を見て、クルルとクラリスが俺に目配せをしてくる。


「精霊です」「相手にするのはちょっと厄介かも」


 そっとコハナに視線を送ると俺を貶めて喜ぶあの笑顔で囁いた。


「悪魔にでもならない限り、勇者の力じゃ倒せない類いの生き物です」


 参ったな、と思っていたらルカルーの肩から降りたペロリが馬に駆け寄る。

 そして「おうまさんきれーだなー!」とぺたぺた触りはじめた。

 あわてる俺たち同様にナコ自身もどう受け止めるべきか困っている。

 けれど馬は違ったみたいだ。


『穢れのない乙女……それも清らかな力を感じる。実にいい……』


 イケメンの声が感極まったような響きに。

 あと。あとな。


「ペロリ、こっちへ」

「えーなんでだー?」


 きょとんとするペロリの首根っこをルカルーがひょいっと摘まんで引きはがす。

 その……なんだ。馬のな。あれがな。すげえことになってな。

 説明拒否。うちのパーティーの全員が「うわあ」という顔になるし、ナコもどこかしらうんざりしているような。


「ニコリス、控えて。子供の前」

『おっとすまない。良い味がしそうだったので、つい』


 横目でコハナを見た。


「あれ……倒した方がいいんじゃないのか?」

「コハナからはなんとも。くふ★」


 悪い笑い方をするこいつはもう、おおよその事態が掴めていそうだ。

 けれど聞いても教えてくれないどころか、迷わせることばかり言いかねない。

 なのでコハナに確認するのは早々に諦めて、ナコに声を掛けることにした。


「村が滅びる的なこと言ってたけど、俺たちに力になれることはないか?」

「自分たちを捕まえて食べようとした連中を助ける気? とんだお人好し」


 う、うん。なんだろう。


「? なんでタカユキは私を見るのかな」


 きょとんとしているクルルには言いにくいんだが。

 出会った頃のつんつんぶりがそっくりなんだよなあ。


「興味ないから帰って。さっさと魔王でもなんでも倒してくれば? 勇者ならさ」


 ぐうのねも出ない。まあ仰る通りなんだけども。


「勇者だから見捨てられないんだ。力になれないか?」

「……そっちの悪魔と、あと魔法使いとお嬢さまは入ってくるな」


 扉に手を掛けて開くと、ナコは中に入ってしまう。

 指名されたクルルたちは肩を竦めるばかり。


「どうぞ、中へ入って話を聞いてきて下さい」

「すまん」


 クラリスに促されて、俺はルカルーとペロリに頷きかけて三人で小屋の中へ入った。

 不安なのは……あの馬が小屋の中へ入ろうとせず『このビッチどもめ。ああいやだ。男を知った女に囲まれるなんて最悪だ』などと悪態をつきまくっていたことだ。

 クラリスは心配ないが、クルルはつま先で地面を蹴り始め、コハナの髪が毛先からうっすらと赤くなっていく。

 だ、だいじょうぶか? おい……。


 ◆


「ニコリス……あれは精霊は精霊でも悪霊の類いなの」


 小屋の中で椅子に腰掛けたナコははっきりそう断言した。


「え、っと……そんなこと言って大丈夫なのか?」

「ニコリスに選ばれし清らかな乙女……巫女はこの小屋を与えられる。ここにいればニコリスに声は届かない」


 ふうん、と頷く俺の横で、ペロリがナコの足下に歩み寄る。


「なーなー。おねーちゃん。へんなちからをおなかにかんじるぞ?」


 ナコの下腹部に手を伸ばしてぺたぺたと触るペロリに、彼女は苦笑いを浮かべて衣服の裾をめくった。

 綺麗なおへそから股にかけた途中。角の紋様が浮かんでいる。


「ニコリスに力を借りることでこの村は静かに生きてきた。けれど……ニコリスの角の紋様がある地点に到達すると、巫女は次の巫女を孕み……産んだ後に食われる」


 最近クラリス、クルルと二回連続で体験したから真っ先に理解したし、角の位置が彼女の言うある地点までそう遠くないことも理解出来てしまった。


「そんなわるいやつのちからを、なんでかりなきゃならないんだ?」

「……同感だ。村のしきたりは強く固いものだろうけど、そんなのに身を任せて死ぬのは……ルカルーはどうかと思う」


 ペロリとルカルーの言葉にすべてを諦めたようにナコが笑う。


「母も、その母も。そうして生きてきた……けど、もう疲れたから」


 その言葉の先にルカルーと俺は気づいた。ナコの視線の先……腰に帯びたナイフ。それで何をどうするつもりなのか、考えるまでもない。

 けれど理解できないペロリは「じゃあさー」と口を開く。

 場違いなくらいに明るい声で、満面の笑顔ではっきりと。


「おうまさんとなかよくして、むらのみんなももーだいじょーぶってして。それでおねーちゃんはペロリたちについてくればいい!」

「え……」


 いやそれは、と戸惑う俺をルカルーが片手で制した。


「ペロリに任せよう」

「あ、ああ」


 頷き見守る。

 戸惑うナコの手をきゅっと握って引っ張るペロリに、渋々ナコがその場に屈んだ。

 するとペロリはナコの頭を撫ではじめたのだ。


「わるいこはおしりたたくんだ。ペロリもおしりたたかれた」


 二人の女子の目が俺に突き刺さるが、咳払いで切り抜ける。


「あのおうまさんがおねーちゃんにわるいことしたなら、おしりをたたいてやる! なかなおりすれば、くわれなくてすむでしょ?」


 子供の理屈だ。そう笑い飛ばすのは簡単だ。

 そんなに単純にはいかねえよ、という言い訳が俺たちには山ほどできる。けど……そんなものに、果たしてどれだけの価値があるんだろう。

 見てみろよ。


「……そうだな」


 困ったように笑いながらも目が潤んでいるナコを見ればわかる。

 簡単にして単純。

 その方が……ずっとわかりやすくて、前へと足を踏み出せる。


「おねーちゃんのこれ、けしてもいいか?」


 くりくりした目で見上げて、出来ることを口にするペロリは……そして涙ながらに頷くナコから、連綿と続く呪いのような絆をあっさりと消して救ってしまえる彼女は真実、聖なる乙女に違いなかった。




 つづく。

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