第五十六話
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馬車の揺れにお尻は耐えられなかったよ……。
というわけで、夜。
積み込んだ荷物からテントを出してルカルーと設営する間も、折に触れてケツを気にする俺です。
何がどうって、馬車が揺れる。揺れるとケツが擦れる。擦れれば擦れるほどケツにささやかすぎるダメージが積み重なっていく。塵も積もれば山となり、現在俺のお尻は悲鳴をあげている。ちょっと屈むだけで服と擦れてじんじんする。
ペロリが集めてきた小枝たちに火をおこしたクルルが設営を終えて横になる俺を半目で見た。
「その格好は情けなさ過ぎるかな」
「膝をお貸しいたします」
俺に膝を開けてくれるクラリスの誘いにも抗おうとしない俺をクルルが汚物でも見るような目で睨んできた。
「……あのさあ」
まあまあ、と割って入るのはコハナでした。
「皇女さまの膝を痛めてはいけませんし、ここはコハナに」
と俺を抱き寄せようとする悪魔です。
するとクルルは荷物から鍋とお玉を持ってがんがん叩き合わせた。
迷惑そうに見るルカルーとペロリは何も言わない。
クルルの顔がガチギレ寸前なのを見て取ったからだろう。
「ちょっと我慢の限界なので言うけど。クラリス様もコハナもタカユキを甘やかしすぎかな」
びっとお玉を俺に突きつけて、
「タカユキが情けない子に育っちゃうじゃない」
「俺はお前の子供か何かなの」
「悔しかったらしゃんとして。いい年してはずかしくないの? いい年して……タカユキっていくつなの?」
怒りの余りに出た言葉に今更疑問を抱いたクルルの問い掛けに、俺は首を捻る。
「さあ……何も覚えてない」
「と、とにかく。ペロリほど子供じゃあないでしょ?」
「まあ、確かに子供ではない」
なんかばかにされてる気がする、と呟くペロリをルカルーがなだめる。
「……とはいえジャックほど老けてもないけどな」
「14歳の私と同じくらいかな……でもそれよりはけっこう年上っぽいよね」
事の推移を見守るクラリスの横で、クルルの手から鍋を取り上げて荷物の干し肉とチーズを焼きはじめながらコハナが呟く。
「まあそこは曖昧でいいんじゃないですか? 勇者タカユキは何歳でもいい、で」
「なんか納得いかない」
首を捻るクルルが「とにかく二人の女子を伴侶にする男が子供だと困るし」と俺の育成計画について呟きはじめ、思いのほか興味深そうな顔して「なるほど」とクラリスが頷く光景には薄らと恐怖を覚える俺です。
ルカルーは「野菜も必要」と荷物に少量だけ入れてもらった赤い果実のような野菜をコハナに差し出していた。コハナも手慣れたもので、さっと皮と茎を取り除いて鍋に入れる。すぐに酸味のある美味しそうな香りがチーズと肉の焼ける匂いに混じって漂ってくる。
二人に絡む隙なし。なので、足をパタパタ上下させているペロリに声を掛けることにした。
「ペロリ、パン食うか?」
「えづけされるきはないです!」
「そうですか……」
残念! 幼女はつれませんでした。
◆
なんとなくざっくりあぜ道を北へ向かって二日目。
それは昼過ぎのことだった。
「なんか……霧深い森に差し掛かってきたな」
呟いて手綱を握り直す。
森に入ってほんの僅かな時間だった。
かすかに馬の先に一頭分の視界が見える程度でしかない状況に嫌な予感を覚えてクルルを見た。
「ぐーーー……」
寝てるね。寝てる。
眉間に寄る皺を指でほぐしながら、荷台へとふり返って「コハナ」と呼びかけた。
だが……返事はない。
「うん?」
手綱を操り馬を止めて、今度はしっかりと荷台の中を確認しようとしたんだけども。
ふり返ろうとした鼻先をひゅんと矢が通り抜けていった。
一瞬のこと過ぎて理解が追いつかない。
コハナもクラリスも、ルカルーとペロリさえもが眠っている。
ぞっとしながらクルルのスカートの内側に手を伸ばそうとして……叶わなかった。
「動くな」
のど元に刃を突きつけられていたからだ。
透き通る女の子の声だ。けれど敵意を隠そうともしない響きである。
背中に当たる二つの膨らみの豊かさよりも、いつの間に背後に回られたのか、という事実で頭が一杯だった。気配なんて感じなかったぞ。
「なぜ、眠りの霧が効かない」
「なぜ、といわれても――」
喉の皮に鋭い刃先が食い込んできた。それは脅しで当てる、というほど生ぬるい力加減じゃない。
「まっ――」
て、と。もっと早く制止するべきだった。
微かに皮だけを切り裂いた女の子が俺の耳元で何かを囁く。クルルのそれとは根本的に原理が異なる類いのそれは息づかいしか理解できず、到底言語化できるものじゃなかった。
その威力なのか――……頭が一気に重たくなって、たまらず意識を手放す。
◆
瞼を開くと木製の十字架が五つ並んでいる。
クルル、クラリス、コハナ、ペロリ、ルカルー。
俺の仲間が五人そろって磔にされていた。
恐る恐る周囲を見渡す。
鬱蒼と生い茂る針葉樹林の中で石造の小屋が並んでいる。
集落というか……村というか。
そこに霧はなかった。
五人を縛り付けた十字架と俺は小屋の並ぶ小さな村の広場にいるようだ。
動き出そうとしても無理。手も足も動かない。首にもツルか何かが巻き付けられているみたいで動かせない。
「くっ……くそ! なんだこれ」
「やはり貴様だけ目覚めるか。精霊の干渉が弱いのかな」
俺に刃を突きつけた女の子の声がした。
後ろから足音が聞こえて俺の前へとやってきた。
赤毛の狐耳尻尾を生やした少女だ。背丈はだいたいクラリスと同じくらいだな。胸はばいんばいんだ。
垂れ目がポイントで可愛いことには違いないが、俺の仲間の誰よりもひねた顔をしている。
大きな弓で身体を挟んでいて、その背には矢籠。
腰には幅広のナイフがある。
だがそれ以上に注目するべきことがある。
「面倒だな、燃やしてしまうか。久々の肉が手に入る」
手に火をつけた松明を持っているのだ。
「あの……燃やすって、俺のこと?」
「他に何が?」
「ま、まずいと思うよ? 俺」
「最初はみんなそう言うが、大丈夫。焼けば肉だ、うまい」
「いやいやいや」
頭を振ってなんとか否定したいところなんだけど、まともに動かないから無理。
「え。まじで。まじで俺のこと焼く気なの?」
「お肉は久しぶりだ。北に魔王が現われてからはこのあたりの獣が随分減ったからな」
「ひ、人を喰うのかよ! この人でなし!」
「お前の頭の骨は我が家に飾ることにする……じゅる」
涎を垂らしていらっしゃるー!
こ、これはまじでピンチなのでは!?
食われたら復活できるのか?
色々とピンチなんですけどー!
つづく。




