第五十話
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翌朝、港に降り立った俺たちは戸惑っていた。
人がいるからだ。例えるなら犬か狼のような耳と尻尾を生やした人たちが。
出迎えてくれた町長さんはジャックの海賊船を見つめて困惑げに言うのだ。
「魔物なんておりゃせんが」
んなばかな。
港に降り立った俺たち全員が思ったのはまあ当然なんだが、それはそれとして。
狼のような耳と尻尾を見て、すぐにルカルーを見たよ。
少しだけ憂鬱そうな顔で寂れた街を見渡す彼女は決して何も語ろうとはしなかったけど。
横目で隣に寄り添うコハナを見た。
考えれば考えるほど、この女が俺に課した契約がちょっとした二つの条件だけで済むとは思えない。何か裏があるとしか思えないのに、こいつは意味ありげに笑うだけだ。
まるでそれが一番効果的だとわかっているかのように……いや、わかっているんだろうな。
実際、俺は迂闊な行動を取れない。
それがコハナには退屈なようで、折に触れて俺に向けて笑顔を向けてくる。(ただし目は笑ってない系のヤツ)
「まあいい。なんて街だっけ?」
「ああ……ルーミリア帝国の海の入り口、ブリフトだが。あんたら一体……」
「そういうのは後にしてくれ。それより宿はあるか」
「あ、ああ、あるとも。それより交易船なら頼みがある。このへんの獣はみんな姿を消しておってな、肉に飢えておるんじゃ」
肉食なんだ……と思いつつも船員に指示を飛ばすジャックを見た。
「ジャック、あのヘビの肉はまだあるか?」
「売るほどな」
俺の肩を叩いてそう言うと離れていった。
「だそうだ。詳しくは今の男と話してくれ、俺たちはすぐに休みたい」
「むう……すぐ使いの者をやろう」
何、そのむう。
気になるんだけど。
ああでもそれどころじゃない。
タンカで運んだクルルを抱き上げる。
まだ……俺たちの魔法使いは目を覚ましてくれなかった。
◆
揺れてないベッドに寝かせて、ペロリが治癒の奇跡を使って夕方。
街に散らばって船員達が情報収集をしている中、俺はリコと話していた。
「つまり、明日にはハルブに戻るんだな?」
「危険だったら戻ってくるし、安全ならハルブに行ってまた来る。その時にはもう少し船を連れてくるってパパが」
「わかった、ありがとな」
「……その子、だいじょうぶ?」
頷いた俺に返事をするよりも、リコは部屋の中を覗き込んできた。
つられてふり返る。もう呼吸は普通の寝息と大差なく、身体も顔色も完全に戻っていた。
「後は目を覚ますだけだと見てる」
「そっか。まるで伝承の賢者のようで、雲を割った時は感動したけど……不謹慎だったな」
申し訳なさそうに俯くリコを見て、思わずその頭を撫でた。
「わっ」
「伝えとく。そういうの喜ぶヤツだから」
「わ、わかったから離せ」
ぶんぶん手を振るリコと別れを告げて、ベッドに戻る。
いつものように急に体力が尽きて倒れるペロリを抱えてルカルーが自室に戻った。
残されたのは俺とコハナだ。
間で眠るクルルは、それはもう幸せそうな寝顔をしていたよ。
ほっとするし、ちょっとむかつく。いいから早く起きてくれって感じだ。
ちょっとほっこりしてる時に限って毒気たっぷりなのがいる。
「ねえ、コハナがついてかない方が面白いことしてくれます?」
「お前な」
こいつをどうしてくれよう。
「お前を退治したらクルルが楽になるって話はないのか」
「ないでーす。あなたの女神同様、倒せませんよ?」
「……俺の気持ちが楽になりそうなんだけど」
「んー。コハナの怒濤の下に対する攻撃に耐えられるならぁ、試してみてもいいですけどぉ?」
ベッドを挟んで人の股間に足をのばすな!
「何をする気だ」
「えーやだーわかってるくせにー」
ふわ、と。
背中から生やしたコウモリの羽根をつかって浮くと、俺のそばへ飛んできた。
そしてわざわざ人の股間に足の裏を当ててぐりぐりと押してくる。
「……逆にすげえな。お前の豹変ぷりに俺はたつものもたたないんだが」
「そんなこといってぇ……ほんとですかぁ?」
ちらりと見える赤パンツ……あっ。
「おやおやぁ?」
嗜虐的な笑みを浮かべるコハナ。「うーん……」
「いい笑顔になるな。やめろ。土踏まずでとらえるな」
「どんどん元気になってきてますねえ」「うううん……」
足が。足の動きが。いちいちこっちのツボをわかってる動きで、つらい。
「おやおやぁ? 足でこしこしされてこんなになるなんてぇ……変態さん」
「率先していかせようとしているお前に言われたくないわ!」「うう……」
ん?
「うるさあああああああああい!」
「うわ!?」「ひゃん!?」
がばっと起きたクルルの頭がコハナのお尻側面に激突。
二人して崩れ落ちて痛がってる……って、待て。待て!
「く、クルル! お前――……おまえ」
「なんもう……うるさい。人が良い気持ちで寝てたらごちゃごちゃごちゃ!」
鼻痛いと擦りながらきょろきょろ見渡すクルル。
その顔は元気なそれと同じ――……はずで。
「あれ? タカユキ? どこにいるの?」
目の前の俺を見つけられずに、きょろきょろ見渡し続ける。
その目は――……白い。
「なにこれ。真っ白なんだけど。ねーちょっと。新手の悪戯?」
クルルの背に降りたって肩に触れる。
悪魔の顔が俺の天使の横で微笑んでいた。
「あれ? タカユキ? そこにいるの?」
「あ、ああ……待ってろ。ちょっと目が悪くなってるみたいだな、ペロリを呼んでくるから」
「うん、わかった」
無邪気に微笑むクルルは何が起きているのか理解していなかった。
それが余計に、つらいんだ。
コハナの手を掴んで乱暴に引っ張って出る。
扉を閉めて、宿を駆け出して外へ。
あいつの耳に聞こえないよう、出来るだけ遠くへ走って。走って。
「諦めましょうよ」
いやだ。
「五感を一つずつなくすんですね、人が天使になるためには」
そんなの。
「視覚の次はなにかな? 楽しみですねぇ!」
いやだ! なのに、俺が手を繋いでいるのは悪魔で。
クルルをあんなめに遭わせた張本人で。
真夜中になって、耐えきれなくなってそばにあった樹にコハナを押しつけた。
振り上げる拳を喜色満面に見上げるこいつは、どうかしている。
「殴って、さあ……さあ! 殴ってください! あなたのすべてを受け止めてあげますよ!」
どうにかなりそうだった。
「泣きそうですね……癒やしてあげますよ? ほら、すっきりするっていうでしょ?」
股間に触れてくる手が神経を逆撫でしてくる。
振り払うのは当然だったし、気が狂いそうだった。
「俺が、悪いのか」
「ううん、あなたはなんにもわるくない」
「お前の、せいだろ」
「じゃあじぶんにつごうのいいのろいにあのこをおとしめつづければいい」
「どうすりゃ、いいんだ」
「なあんにもしなくていいの。あなたはいままでのようにたのしんでいれば、それで」
理解したくなかった。
こいつが言っていること、何一つ。
俺は理解したくなかったんだ。
「……タカユキ?」
全身が冷えた。
ふり返ると、四つん這いになって駆けてきたルカルーがいて。
その背にはクルルが乗っていた。
「なんだか……よくわかんないんだけど。相変わらず起きてから何も見えないし」
儚げに見えたのは一瞬だった。
「でも、もうその悪魔いらないよね」
「え――……」
「リュミエイレ」
俺を突き飛ばして「愉悦……っ!」狂気の笑顔を浮かべたコハナが――……消えた。
クルルが放った光の中に。
情けなく尻餅をついた俺の頭は真っ白で、思わずクルルを見た。
「……なんだか身体がすっきりするの。気持ちいいくらいなの、不思議だね」
ペロリが頑張って消してくれた翼が背中から生えていた。
「目が見えないんだよね。なのに悲しくないの」
微笑む顔は前となんら変わらないはずなのに。
「でもまあ……いいかな。ねえタカユキ、お願い」
その目から流れる涙の意味は。さっきコハナをあっさり殺した意味は。
なんだ。なんだ。なんだ。
「手を握って……抱き締めて。凍えそうなの、ねえ……タカユキ」
あまりの出来事にどうすればいいのかわからず、ルカルーが泣きそうな顔で俺とクルルを見比べる。
俺だってきっと、同じような顔をしているに違いなかった。
けど……抱き締めるしかなかった。
俺の大事な人には違いないから。
つづく。




