第四十九話
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改めて確認してみると、コハナとの契約は単純だった。
コハナの正体を言えば命を奪われる。
彼女に定期的に精を注ぐ。
それだけ。だからこそ怖い。
クルルの運命を破滅へ導くこの女の条件がそれだけなんて。
何か裏があると思わずにはいられない。
「お酒おもちしましたー!」
明るい笑顔でその邪悪さを隠して、海蛇の亡骸に挟まれた航路を進む船上で喝采をあげる男達の間を駆け回る。
その姿に悪魔らしさも死神らしさもない。
だが……考えろ。クルルが起きないいま、お前しか対処出来ないのだから考えろ。
死神がなぜハルブにいた?
魔王の命令というだけか?
いや、俺たちを待っていたに違いない。
コハナ自身が言っていたことだ。
『魔界と回路が繋がっている以上、魔王にもいろいろ筒抜けなんじゃないかなあ』
そしてあいつは俺たちに接触してきた。
あの温泉のことをクルルに伝えたのも、温泉から出てきて偶然俺と会ったのも。
すべてが今となっては疑わしい。
ハルブ以外の港町から行けば出会わずに済んだのか?
コハナはハルブに長くいたみたいだからな。
だとして……いや、昔の仮定の話をしてもしょうがない。
あいつが本気なら、俺たちが違うところを目指したところで現われていたに違いないからな。
「いやあ、楽しみですねえ! 魔王の待つ島国! 船長さぁん、このままいくんですかぁ?」
スコープを手に周囲を見渡すジャックの身体にその胸を押しつけて誘導している。
「いきますよねぇ? いってぇ? ねえ、いってぇ?」
思わず前屈みになりながら「お、おう」と答えるジャックを、リコが半目で睨んでいた。
海はすっかりいつもの調子に戻ったようで、出港したときよりも豪快に船が揺れている。
コハナの胸も揺れて揺れて、ジャックの身体にむにむに押しつけられている。
「コハナのおねがぁい……ねえ……いって?」
うるうるした瞳と台詞運びはあざとすぎる。
あざといってのは一部じゃ嫌われるが、けど……男にとっちゃめんどくさくなけりゃあざとい方が付き合いやすい。下心を向けてもいいですよ、というアピール付きなら尚更だ。
「わかったわかった! コハナちゃんが言うんじゃしょうがねえ!」
いや船長。倒した時の話で行くって感じだったやん。
リコに負けじと半目になる俺でした。
そして内心で決意した。
俺はもう二度とあいつのあざとさには負けない。
絶対に注意しよう、と。
◆
客室ではペロリが汗を流しながら頑張っていた。
「まってな。ぼく、ぜったいにおねえちゃんなおすから」
そう口にするが、声の活力が薄れていた。
ルカルーが困ったように視線を送ってくる。
「ずっとか?」
「ペロリの体力が心配だ」
「そうだな……」
ベッドに腰掛けて、横たわるクルルを見た。
白い髪の根元はうっすらと淡いピンクに戻り始めている。
あの輪っかと翼は消えていた。
顔色もだいぶいい。
ところどころが青白く内出血していて痛々しいが、クルルの呼吸は安定していた。
「てんしさまになる。ひとじゃなくなってしぬ。ぱぱとままにきいたことがある」
かつてなく真剣な顔をしているペロリの額を拭う。
「ありがとうペロリ……お前まで倒れたらことだ。少し休んでくれ」
「ううん……がんばる。みんなをまものにした、あのときの……かんじで、やれば」
手から放たれる淡い光りがふつ、ふつと点滅した。
あ、と思った時にはもう前のめりにペロリが倒れてしまった。
床に落ちる前にルカルーが抱き留めたけど、やはり体力の限界だったみたいだ。
「気絶してる」
「寝かせてやろう」
頷くとベッドに横にする。
ペロリの額はかなり熱くなっていた。
なんだか落ち着かなくて窓を開ける。
「潮風は毒ですよぉ」
毒気たっぷりの声に思わず睨むように視線を送った。
けれど俺の怒りを涼しい顔で受け流してコハナはペロリのベッドに腰掛ける。
持ってきたのはバケツと真水。それから手ぬぐいだった。
「そろそろだと思ったので……後はお任せください」
笑顔で言うコハナの正体を、ルカルーはまだ知らない。
だから「ああ」と頷いて出て行ってしまった。
けど俺は仲間をコハナに任せることなんて出来るわけがなかった。
「ペロリをどうする気だ」
「人を魔物にしちゃう聖女さま……コハナの大好物ですけどぉ。そんな目で見られたら悪さできないかなぁ」
あは! と笑うと、手ぬぐいに真水を吸わせて絞り、ペロリの額を拭いはじめる。
その手つきが優しいから、底が知れなくて戸惑うし……恐ろしい。
邪悪一辺倒、悪意しかない、という面だけなら対処が簡単なのに。
「それに子供すぎるからなぁ。お尻の味から覚えさせて快楽漬けにさせる、なんて外道に堕ちるのも楽しいけど……それしたらあなたが絶望しきっちゃいそうですし? それは退屈に繋がると思うんですよね」
手を止めたコハナが両手をベッドの縁に掛ける。
右足を大きくあげてわざとパンツを見せて、左足の上にのせる。
つい見ちゃう俺である。
赤かった。本性の赤、か。
激情の色。
こいつの激情とは……じゃあ、なんだ?
「魔王を倒してくださいよ」
「……魔王の部下じゃないのかよ」
「あくまでも死神デス★ ので、上下とかないんですよねぇ。むしろただの死神に戻りたいだけなんですけどぉ」
「お前の目的はなんだ?」
何度でも聞かなきゃ気が済まない質問だった。
その瞬間。
「あなた、そんな退屈な人でしたっけ」
ぞっとするような声に切り替わった。
あまりの変貌に声が出ない。
「コハナ、みんなのところに行ってきまぁす」
ただペロリを見舞うだけ見舞って、あくまで死神だと名乗る女は立ち去っていった。
その間一歩も動けなかった。
それなりに修羅場をくぐってきたはずだ。
命を狙われて戦ったことだって何度もある。
なのに、指先一つも動かせなかった。
ペロリとクルルの寝息が聞こえる。
二人はいつも通りだ。
てんぱっているのは俺だけ。
シリアスやってんのも俺だけ。
くそ……なにやってんだ。
コハナが置いていったバケツの水で顔を洗って……一口、二口飲んで息を吐く。
縋るようにクルルのそばにいって、手を握った。
せめてこいつが起きていてくれたら。
「お前さえ、元気なら……」
そうしたら、馬鹿やって、笑ってツッコミ入れてさ。
それだけでいいのに。早く目覚めてくれよ、なあ……クルル。
◆
船員に呼ばれて海蛇の身体を解体して、積めるだけ積んだ。
食料はどれだけあっても困らないからな。
オール漕ぎの手伝いもした。リコにさんざん蹴られてムチを食らったさ。
海蛇の亡骸をエサにいろんな魔物が集まってきてもおかしくないそうだから、急いで海域を抜けて……二日。
起きては気絶するまで魔法を使ってを繰り返したおかげでクルルの髪が元に戻った頃、五日目の夜にとうとう見つけた。
「島だ! 魔王の島が、ルーミリア帝国が見えるぞ!」
見張り台の船員の声に身を乗り出した。
さびれた港が見える。淡い明かりを放つ場所も。村か街があるのか。
「今日はここで待機だ。朝になったら岸にあがるぞ!」
ジャックの声に頷きながらも、俺は不安でたまらなかった。
クルルは目覚めず、コハナの笑顔はどんどん深くなっていったからだ。
つづく。




