クエスト14:ご近所さん
冒険者の集う町クナシャスには30を超えるクエスト受付所がある。これは冒険者来訪者数やギルド数と比例している事もあり全ての町の中で一番の多さだ。しかしその数の多さから受付所屈指の激戦区と言われており、冒険者が賑わう盛況な受付所からウチのような迷い人しか訪れないような受付所まで格差が激しい。
ナフコフ受付所は町はずれの片隅にひっそりと建っており、その古い外装から傍目には休業中のお店に見える。看板は店長渾身の一筆で、でかでかと『ナフコフ』と書かれてはいるのだが残念なことに効果はあまりない。しかしそれは文字のせいではなく受付所が看板を掲げる際に義務化されている受付所ランク表記のせいなのだ。
クエストやギルドにもランク付けがあるように受付所も直近一年の成果を元にAからDまでで受付所ランクが振り分けられる。Aランクの受付所はせいぜい3、4店舗ほどで大体はBかCのランクを割り振られるのだ。そして当ナフコフは当然の事ながらDランク扱い。看板も正確には『D:ナフコフ』と掲げられている為、この潤沢な受付所溢れるクナシャスにいてDランク受付所を選んで来る物好きな冒険者はあまりいない。
そう……物好き以外は……
「そーっと、そーっとだぞリム」
「ルクちん、静かにして。息で揺れちゃう」
「へへ、手に汗を握りますなぁ」
机の上で小高いトランプタワーを作る冒険者二人とウチの主任。六段目に差し掛かったところでリム様の手がトランプの下段にあたりパラパラとタワーが崩れる。
「はいリムの負けー」
「もう、ガルちんの鼻息が荒いから!」
「お、俺のせいですかいリム嬢!?」
わいわいとトランプ遊びに興じる三人。
私は堕落したその姿に憤りを覚えて机を強く叩き叱りつける。
「昼間っから何してるんですか三人共! っていうかなんでガル公まで居るんですか!」
「が、ガル公って酷いですなぁ……俺は師匠の手ほどきを受けてるだけですぜ?」
「冒険者がトランプの手ほどき受けてどうするんですか、しかもちょっとキャラ変わっちゃってるじゃないですか!」
「落ち着けミリシャ、ブルーベリーブルーベリー」
「だからそれを言うならカルシウムだろ! ルク先輩は仕事してください!」
「仕事ならしてるぞ? 冒険者相手に接待しているだろ」
「こういうのは接待とは言いません。もう! 私はちょっと回覧板を届けにララジェルまで行って来ますからトランプ片付けておいて下さいね」
私は進歩なく退化繰り返す三人を置いてナフコフを後にする。
ナフコフから徒歩五分ほどの所にある『ララジェル』。受付所ランクはCでナフコフ程ではないが弱小と呼ばれる小さなクエスト受付所。この『ララジェル』は老夫婦が家を改築して立ち上げた受付所で、取り扱うクエスト全てが歩件で取って来た物というのが特徴だ。
ナフコフを出て細路地を二つほど曲がるとお花に囲まれた一軒家が見えてくる。今日も何変わらぬ風景でどこか穏やかな気持ちにさせてくれるクエスト受付所は実家のような安心感を醸し出していた。
「ミリシャ……どうしたの……何か用?」
ララジェル受付所の近くで花に水をやっていた長い黒髪の女性が私に声を掛けてくる。
「あ、フレミア」
この子はフレミア・ララジェル。その名の通りここの老夫婦のお孫さんで亡くなった両親に代わって実家の経営を手伝っている働き者だ。年齢は私の一つ下でご近所さん。そして同じクエスト業務に携わる者同士という事もありすぐに仲良くなった。私がこの町に来て最初にできた仕事仲間で大事な友達だ。
「これクエスト回覧板」
「ありがと……丁度やきいも……焼こうと思ってたから……」
「焼いちゃ駄目だよ。クエスト総本部からのお知らせなんだからちゃんと読まないと」
「うん……大丈夫……きちんと読んでから……焼くから……」
「だから焼いちゃ駄目だって」
フレミアは大人しい性格であまり人と関わるのが得意ではない。それでも家族の為に自分の不得手を承知でクエスト受付所を手伝うこの子を私は心底尊敬していた。
「ララジェル受付所の方は最近どんな調子? 冒険者の人達は来てくれてる? へへ、経営が大ピンチのウチが言うのも変な話なんだけどね」
「……」
「フレミア?」
フレミアは髪に覆われて見えにくい目線を更に下げて呟く。
「……ここの受付所閉めるかも……」
「え!?」
私はフレミアからの突然の話に大きく動揺する。
「きゅ、急になんで……」
「おじいさんは山へ芝刈りに……おばあさんは川へ洗濯に……行くから……」
「落ち着いてフレミア。何を言っているのかさっぱり分からないよ」
話を整理するとララジェルも大手クエスト受付所に冒険者を取られて経営がかなり苦しいらしい。その為フレミアの祖父と祖母は受付所を閉鎖して資源調達業や清掃業などに転職しようと考えている、との事だった。
「そんな……じゃあフレミアはどうするの?」
「私も……内職でもする」
「内職? 何かアテでもあるの?」
「冒険者の頭にたんぽぽを……乗せる仕事でも……する」
「フレミア、そんな仕事はないの。あったとしても割とアクティブな仕事だよ」
「じゃあ……ラフレシアにする……今丁度お水……あげてたし」
あ……その花ラフレシアだったんだ……
「違うのフレミア。ラフレシアは駄目、絶対」
「そう……困った……八方塞がり」
冒険者の頭に花を咲かせる以外の選択肢はないのかな……っていやいやそうじゃない!
「諦めちゃ駄目だよフレミア。要は冒険者が来る受付所にすれば万事解決なんでしょ?」
「それは……そう……だけど」
「それなら私に任せておいてよ! きっとこのララジェルを冒険者が沢山来る受付所にしてみせるから!」
フレミアは今まで一生懸命この仕事を頑張って来たんだ。冒険者が来なくなって終わり、なんて寂しい辞めさせ方は絶対に嫌だ!
「ありがとう……ミリシャ……説得力……ないけど……」
「う……ま、まあ確かにナフコフの方が人来てないけどさ……で、でも私なんかでも少しは役に立てると思うから。期待し過ぎない程度に期待してよ」
「……意味が分からないけど……気持ちは……嬉しいよ」
少しだけフレミアの顔に笑顔が戻る。私は心の中で小さな決意を固める。
……ララジェルはナフコフほど閑古鳥が鳴いているわけではない。冒険者に来てもらう方法もきっとあるはずだ。




