クエスト12:ルク・スラーヴァのクエスト受付道
――――ヒーテック山 山頂――――
「悪く思うなよガキ。恨むならこんな決意を俺にさせたパビェーダを恨むんだな」
肩に担いだ少女からの返事はない。どうやら睡眠薬が効いているようだな。
弱小受付所で勧誘したこのリムという女。どこのギルドにも属しておらず両親もこの業界には疎い一般人、当然冒険者同士の繋がりも皆無……俺にとっては実に都合のいい標的だった。
「がはは、これが笑わずにいられるかよ」
ヒーテック山頂上の見晴らしのよい崖へと立った俺は沈んでいく夕日を見ながら豪快に笑う。本当に人生最高の気分だぜ。
獄炎鳥グレンウイグルはここでこの初級冒険者を転がしておけば勝手にやってくるだろう。俺は食事に夢中の馬鹿鳥を後ろから一突きしてやればいい。がはは、なんて簡単な仕事だ。
崖淵の少し開けた場所に連れて来た女冒険者を寝かせて準備は万端。近くの岩陰に隠れて獄炎鳥の到着を待つ。
「見てろよあの野郎ども。俺をコケにしやがって……くくくっ、明日からは立場逆転だぜ」
華々しい新たな門出を自分自身で祝う為にとっておいたお気に入りの葉巻に火をつける。
「美味そうな葉巻だな。一本貰えるか?」
……!!
岩陰から唐突に話しかけられた俺は咄嗟に腰の大剣を抜く。
「だ、誰だ!?」
夕日を背にゆっくりと姿を現したのは、見覚えのある銀髪猫目の男……こいつあの弱小受付所の主任!?
「へ……へへ、なんだぁ。糞受付所の優男じゃねぇか」
確かルク・スラーヴァ……とか言ったか。何故か眉間にペンが刺さっているその男は受付所で会った時とはどこか雰囲気が違う。
「まさかつけて来たのか?」
「いや、お前がここに来ることは分かっていたからな。先回りしただけだ」
澄ました顔で話す銀髪の男。
先回りだと? もしかしてどこかから情報が漏れたのか? ……いや俺はこのクエストを受注してからパビェーダには寄っていない、先回りにしても早すぎる。
「テメェ何者だ?」
「ナフコフ受付所の主任だ。さっき名乗っただろ」
「……っ、ふざけやがって。たまたま勘が当たったからって調子こいてんじゃねぇぞ」
「たまたま? まあ豚にしては会心の案だったんだろうけどな」
「なんだと?」
銀髪は呆れた表情でこちらを見る。
「今回のクエスト受注は違和感だらけだったよ。S難度のクエストをA級ギルドのパビェーダが受注したところまでは分かる。でもその受注者がたかが豪傑だぜ? どう考えてもおかしいだろ。パビェーダの上位層なら一騎当千がいるにも関わらず、だ」
……こいつ!
「つまり良いクエストを優先的に斡旋して貰う為にクエスト総本部の誰かと癒着が見え見えって事だ。それもパビェーダの名前を使っての不正……A級ギルドがS難度のクエストを取りに行くだけにしてはリスクが大きすぎる。つまりこの件は豚君の単独犯行、しかもバレる事も承知の上でこれを機にパビェーダとも縁を切るつもりみたいだな」
ひょうひょうと語る銀髪の言葉はまるで見て来たかのように的を得ていた。
「……がはは、縁を切るだと? 縁を切って来たのはあいつらの方だぜ。散々俺の力に頼っておきながら少し素行が問題視されるとイメージだかなんだか知らねぇがトカゲの尻尾切りだ。テメェらだって散々悪どい事をやってきたってのによぉ」
喋りながらどんどん怒りが込み上げてくる。あいつ等……俺をいいように使うだけ使って都合が悪くなったらあっさりと切り捨てやがって。
「今回のような斡旋だってどこだってやってる事だぜぇ! それを俺が使って何が悪い。どんなやり方だろうと難度の高いクエスト達成した冒険者が一番偉い、最強なんだ! このクエストも達成さえすれば多少の事は揉み消されちまう、そんな世界なんだよ! お前もこの業界にいて知らねぇとは言わせねぇぞ!」
成り上がって行く冒険者は実力じゃねぇ。どれだけ狡猾に他人の獲物を掻っ攫っていけるかだ。実力が評価される世界なら俺はとっくに一騎当千の称号を貰えてる!
銀髪の男は怒りを抑えきれない俺を見ながら小さく溜息をつくと静かな口調で話はじめる。
「冒険者が屑なんて事はお前に言われなくても知ってるって。でもな、そんな冒険者に憧れている馬鹿もいるんだ。尊敬している阿呆もいるんだ。その夢を壊さない程度には振る舞ってやれないものかね」
「……何を言ってやがる」
「そんな夢見がちな後輩の成長の為に、数ヵ月は変態の汚名を着せられる俺はとても可哀想という話だよ」
掴みどころのない話をつらつらと並べ立てる銀髪。一つ言えるのはこいつが俺の敵という事。このS難度のクエストさえこなせば俺は一騎当千になれるんだ、誰にも邪魔はさせねぇ! 俺は大剣の柄を強く握りこみ銀髪の様子を伺う。
……見たところ武器は持っていない。近くには仲間の気配もなさそうだ。どうやら単独行動のようだな……それならば――
「おらぁぁぁ!!」
俺は何の前触れもなく意表をついて持っていた大剣を銀髪男に向けて振り下ろす。ここでお前を仕留めて鳥の餌として並べてやるよ!
ギィィン!
しかし俺の大剣は銀髪男の目の前でピタリと止まる。俺の剣と銀髪を遮る物、それは……
「ば、馬鹿な。ペンだと!?」
眉間に刺さっていたペンで2メートルはある俺の大剣を軽々と止める銀髪。
「おーおー容赦ないな。それでこそ俺の嫌いな冒険者だ、嬉しくなるぜ」
「な、なんだ! なんなんだそのペンは!」
「黒ペンだ」
「い、色は聞いてねぇ……ど、どんなカラクリ使いやがったって聞いてんだ!」
「ちょっと力点をずらしてやれば黒ペンだってこの位の事はできるさ。で、作用点をずらしてやれば……」
ピシピシ……
「なっ!?」
ペンの中腹で止まっていた俺の大剣が音を立てて砕けて行く。
「こ、こんな事が……あ、有り得ねぇ……」
目の前で起こっている光景が信じられずその場でよろよろと膝をつく。俺は戦闘能力だけならパビェーダでも上位……それをペン一本で……こんな真似ウチのマスターですら無理だ……
「おい、もう戦意喪失かよ。諦め早すぎだろ」
圧倒的な力の差に立ち上がる気力すら沸いてこない。終わった、このクエストも俺の人生も……
「がはは……いいぜ、殺せよ」
呆然自失のまま絞り出した言葉は最後の強がりだった。
「なんて根性のない奴だ。しかも人を殺戮マシーンみたいに言うな、寧ろこのままクエストを遂行しようとしていたら死んでたぜ。お前」
そう言って銀髪は赤く燃えるような夕日を指さす。
「……あ、あれは!?」
俺の目がおかしくなったのか? 夕日が二つに分かれている……いや、あれは夕日じゃない!?
「日傾に空焦げし時現れる幻鳥。その一翼で生きる者全てを焼き尽くす火の化身、獄炎鳥……ってな」
その羽ばたきは炎を巻き起こし地獄への誘いを思わせ、少し距離があるにも関わらず息をしたら喉がやけてしまいそうな熱量が大気に充満する。そしてあまりに巨大なその燃える火の鳥のプレッシャーはクエストを受注する際に聞いた情報とは大きく乖離していた。
「な、なんなんだこの化け物は……こ、こんなもの……討伐できるわけがない……」
数多くの修羅場をくぐって来た俺でさえ足が震えて動かない。後ろから刺すとかそんなレベルではない、生物としての格が違いすぎる。
「うーん、あんまり近くまで来られるとリムが焼けちゃうな。よしちょっと行って来るか」
そう言って岩場を離れて崖を駆け下りようとする銀髪。
「お、おいお前、何をしようとしているんだ。あんなものに人間が太刀打ちできるはずないだろ!?」
しかし銀髪はよだれを垂らしながらこう言うのだ。
「知らないのか? 獄炎鳥って超旨いんだぜ?」




