クエスト11:エロクエスト
一人ナフコフ受付所のカウンターに残された私はルク先輩の言葉を思い返す。先輩は半日やるから冷静になって考えてみろと言っていた。それは冷静になって考えれば私一人でその答えを見つけられるという事だ。釈然としないこの気持ちの正体……それを今ここで確かめる必要があるのだと強く感じていた。
(よーし)
私は二度三度自分の顔を平手で叩き気合を入れ直す。
(よし、頑張るぞ)
まずは状況の整理からだ。心がざらついている切っ掛けはやはり獄炎鳥討伐クエスト。リム様の助力にはなれたもののS級ギルド・ルーンヌィに加入させるという目的は達成できていない。その未達成の部分がしこりになっているのだろうか……
(いや、違う……そんな事じゃない。もっと大事な事な気がする)
では、A級ギルド・パビェーダのガルニッヒ様の態度についてなのだろうか。確かに店内に唾を吐かれたりと悲しい気持ちになる部分はあったけれどそれも違う気がする。あれはこちらに非があるわけだし……
態度……か。そういえばリム様を見つけた時のガルニッヒ様の笑い方、少し気になったな。それになんでわざわざリム様を……パビューダなら他にいくらでも……!
ドクン……
一瞬よぎった可能性に私の心臓は大きく脈打つ。時計の針の音がやけに大きく聞こえ、頭の中でぐるぐると悪い考えばかりが巡りその可能性を忘れようと必死に努める。しかしそれは段々と自分の中で抑える事ができない確信めいたものへと変わって行く。
そ……んな。まさか、そんなわけ……
私は震える手を抑えながらルク先輩が言っていた『獄炎鳥の討伐を受注した奴が同行者である初級冒険者をどう扱うかなんて誰にも分からない』という言葉を思い出す。
私はいてもたってもいられずカウンターを飛び出しルク先輩が休んでいる休憩室へと駆けだす。
(リム様、リム様!!)
そう、冷静に考えればこの話はおかしい。A級ギルド・パビェーダは上級ギルドではあるがルーンヌィのように初級冒険者に対して門戸を閉ざしているわけではない。つまりいるのだ、パビェーダの中には初級冒険者も。
そして自分達のギルドに初級冒険者がいるのであれば同行者は普通その中から選んで連れて行く。では、今回そうしない理由はなんなのか。
この獄炎鳥の討伐がS難度のクエストに設定されている一番大きな理由は初級冒険者を同行させる所にある。つまり弱者である初級冒険者を守りつつ獄炎鳥を討伐しなくてはならないというところが最も困難な部分なのだ。
信じたくない……冒険者がそんな事を考えるなんて信じたくはない……けど……私のせいだ!! 自責の念にかられて胸が押しつぶされそうになる。
バンッ!
私は休憩室の扉を勢いよく開ける。
「ルク先輩! A級ギルド・パビェーダはリム様を助けるつもりなんてありません! 獄炎鳥を呼び寄せる餌に使ってそのまま見殺しにする気なんです!!」
はぁ……はぁ……と息を切らしながら涙を堪え叫ぶ。
目の前には『週刊エロクエスト』と書かれた雑誌を広げ、ズボンを半分脱いでお尻を丸出しにし、横向けになって自分の下半身のナニをアレしているルク先輩の姿があった。
「あ……」
「あ……」
休憩室に流れる一瞬の沈黙。
先輩は流れるような動きでズボンを上げて雑誌を閉じるとその場で立ち上がりキリッとした顔つきでこう言うのだ。
「ミリシャ。よく自分で考え答えを導き出したな、正解だ」
そう言ってポンッと私の肩を叩く。
「そ、その手で触るなぁぁぁぁ!!」
私は持っていたペンをルク先輩の眉間へと突き刺す。
「ぐぉぉぉ!」
「な、な、何してるんですかルク先輩! ここ受付所の休憩室ですよ、もうホントに信じらんない!」
「いや誤解だ」
「なにが誤解なんですか、キリッとして喋れば誤魔化せると思っているんですか! リム様が大変な時にあなたって人は!」
「ミリシャ、男って奴は今この場でやってはいけないという時にこそ興奮する生き物なんだ。だから受付所の休憩室でスルなんておかしい、なんて言い方はやめてくれ」
「なんの誤解を解こうとしてるんだぁぁ!」
この後に及んでもいつもと変わらぬ様子で動じないルク先輩に怒声を浴びせる。
「まったく、店長には内緒にしておきますから、もう絶っっっ対にやめて下さいね!」
「……わ、分かってるよ」
「?」
いつになく震えた声を出すルク先輩はそのまま下を向いてボソボソと喋り出す。
「でもさ……急にドアを開けるのはルール違反だろ……マジで」
「ま、まあそれはその、悪かったですけど」
「……だろ」
「……あの、ルク先輩?」
「うっ……うっ……」
な、泣いてる!? 滅茶苦茶動揺してるよこの人!
「あの、ルク先輩。別に泣く程の事では……」
「ひ、ひっく……人には何歳になっても柔らかい部分だってあるんだよ……それくらい分かれよ……リムが餌にされる事がちっぽけに思えるくらい凄ぇショックだよ……」
め、面倒くせぇぇぇ!! この人もう27歳だよね!? どれだけクリティカルダメージ受けてるの!?
いい歳した大人のくだらない理由での号泣にドン引きしてしまった私だったが、結果としてリム様を危険な状況に追いやってしまった自責の念や冒険者ガルニッヒへの失望と怒りを一瞬忘れ、冷静に考えを巡らせられるようになっていた。
「もう、ルク先輩は泣き止んだらすぐにこの事をクエスト総本部へ報告しに行って下さいね。証拠は揃っていないですけど十分な牽制にはなるでしょうし」
「ぐすっ……ミリシャは?」
「私はA級ギルド・パビェーダに行って話をつけてきます! このままじゃあ腹の虫がおさまらないじゃないですか!」
私はそう言ってナフコフ受付所を飛び出す。
冒険者への憧れと尊敬……それは私の根幹の部分できっと変わる事はない。でもそれで盲目になってしまう事があってはならない、そして間違った道を進もうとしている冒険者がいるのであれば正さなくてはいけない。だって私はクエスト受付所で働いているんだから!




