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クエスト10:養豚場にお帰り下さい

「口の聞き方を知らねぇ馬鹿がいるみてぇだな」


 指を鳴らしながらルク先輩へと近づいていくガルニッヒ様。あまりの怒りに眉間に青筋が立っていた。私は咄嗟にルク先輩の前に立ち思いっきり頭を下げる。


「す、すいませんガルニッヒ様! ウチの主任が失礼な事を申し上げました。お詫び申し上げます!」


 しかしガルニッヒ様はその歩みを止めることなくこちらへと向かって来る。

 ど、どうしよう……完全に怒らせてしまった。しかもA級ギルド・パビェーダの冒険者様。このままじゃあクエストを受注してもらうどころかナフコフの悪評が立っちゃうよ。いやいやそれよりも前に今ここでルク先輩がボコボコにされちゃう。屑で自業自得だけど一応上司で先輩なのに……大ピンチだよぉぉ!

 色々な意味でマズイこの状況にカタカタと震える。


「駄目だな、やっぱり人間の言葉は通じないのか。ふーむ……困ったな」


 腕を組んで首をかしげるルク先輩。困ったのはあんただよ!


「(ちょっとルク先輩も早く謝ってください! このままじゃ本当にマズイですって!)」


 私は頭を下げたまま後方にいるルク先輩に小声で話しかける。


「ミリシャ、豚語で『養豚場にお帰り下さい』ってどう言えばいいか知ってるか?」


「(知るわけないでしょ!)」


「なんだ、役に立たない奴だな」


 どこまで本気なんだこの人。


「冒険者を侮辱した罪、万死に値するなぁ。テメェ、腕の一本や二本で済むと思うなよ」


 熊を思わせる体躯のガルニッヒ様が目を血走らせて眼前で仁王立ちする。


「ブヒブーヒブヒブヒヒ!」


 その時ガルニッヒ様の後方から呪文のような声が聞こえる。


「なんだぁ!?」


 声の主はリム様。得意気にこちらを指さし声高らかに宣言する。


「ルクちん! 今のが豚語で『家に帰ってママのおっぱいでも飲んでな』です!」


「リム様!?」


「リム、お前いつの間に豚語を……」


「先週から入った月会費10000ルーブの通信教育で覚えました!」


 ぼったくられてますよリム様!


「え……マジで? 俺が通ってるとこより2000ルーブも安いんだけど、どこ?」


 お前も通ってんのかよ!


「えっと、エムス鍛冶屋の右隣にある廃屋の三階です」


「あぁ、あそこか。気にはなっていたんだけどな、講師はどんな感じ?」


「豚です」


「おぉ、本格的だな」


「おおぉぉぉぉい! なに普通に世間話してんだぁぁぁ! 状況考えて下さいよ! 今そんな話している場合じゃないでしょうがぁぁぁ!」


 私はたまらず大声を張り上げる。


「なんだミリシャ。そこは、通信教育なのに通いなのかよ! だろ」


「なんの指導だ! って、そうじゃなくて状況!」


 くだらない会話に水を差されて完全に蚊帳の外になっているガルニッヒ様はさぞ怒っている事だろう。私は恐る恐るガルニッヒ様の顔を覗き込む。

 しかし意外なことにその表情からは怒りは消え、口元からは笑みすら零れていた。

 ……あれ?


「あの……ガルニッヒ様?」


「なんだ、お前がリムって冒険者か。まさかすでに居るとは思ってなかったぜ」


 薄笑いを浮かべながら反転したガルニッヒ様は、今度はリム様の方へと向かって行く。


「え? あの……リム様の知り合いですか?」


 私の問いにリム様はブンブンと首を横に振る。


「がはは、違ぇよ。俺様はなぁ、お前をスカウトしに来たんだよ」


「スカ……ウト?」


 その場でキョトンとするリム様。


「駆け出しの若い女冒険者がこの受付所に出入りしてるって噂を聞いてなぁ。わざわざこんな場所まで出向いてやったってわけだ」


「はぁ? それはどうも……」


「お前、まだどこのギルドにも属してないんだろ? だったら今回の俺のクエストの手助けをしてくんねぇか?」


「へ?」


 ……!! 今回のガルニッヒ様が受けたクエストって……獄炎鳥討伐クエスト!?


「リ、リム様! やったじゃないですか! 凄いですよ、獄炎鳥グレンウイグル討伐クエストの初級冒険者枠でお誘いを受けているんですよ!」

 

 私は興奮のあまりリム様の元に駆け寄って両手を握る。


「え、でも私ルーンヌィに入りたいんですけど?」


「なに言ってるんですか、A級ギルドのパビェーダからのお誘いですよ! 断るなんて勿体ないですよ!」


 確かにS級ギルド・ルーンヌィに比べれば実力、知名度的に劣るとはいってもリム様が要望していた『目立つギルド』という基準は十分すぎる程クリアしている。それにA級ギルドに同行できるチャンスなんて滅多にない。きっとリム様の冒険者としての素質を目覚めさせるいい切っ掛けになるはずだ。


「おう、そうだぜ。この姉ちゃんの言う通りだ。俺について来てS難度のクエストを経験すれば冒険者としての地位も名声もそんじょそこらの初級者とは雲泥の差になるだろうよ」


「そうですよリム様!」


「私、別に冒険者としての地位も名声もいらないんですけど。ただアイドル的な活動ができればそれで十分なんですが」


「い、今はそうかもしれませんけどきっと一度クエストに行けばその気持ちも変わってきますよ」


「え~でも折角豚語も覚えたのに」


「そんな豚界のアイドルを目指さなくていいんです! リム様は14歳で冒険者の資格を取った素質があるんですから、今回のお話受けておきましょうよ。ね?」


「う~ん……ミリシャさんがそう言うなら」


 渋々といった様子ではあったが私の熱意に押されたように首を縦に振るリム様。


「がははっ! そうと決まればこうしちゃいられねぇ、すぐにウチのギルドで獄炎鳥討伐クエストの打ち合わせをしようぜ。なにせ討伐期限が三日しかねぇからな」


 途端に上機嫌になったガルニッヒ様はリム様の背中を押すようにしてナフコフの出入り口まで誘導する。そして思い出したようにくるりとルク先輩の方を向いて言い放つ。


「命拾いしたな銀髪の兄ちゃん。今日の所は勘弁しといてやるよ、今後町では俺に会わねぇ事を祈りながら歩く事だな」


 そう言って唾を吐き捨ててリム様と共にナフコフを後にする。

 嵐のような一幕が終わり、残された私はリム様の飲んでいたお茶を片づけながらルク先輩に話しかける。


「行っちゃいましたね……あまりマナーがいいとは言えなかったですけど、こちらが怒らせてしまいましたし仕方がないですよね」


 ルク先輩は私の言葉になにも反応せずただリム様達が出て行った扉の辺りを見つめていた。何故か分からないがバツが悪くなった私はそのまま言葉を続ける。


「はは、本当にルク先輩は危なっかしいんですから。でも良かったですよ、結果的にですけどリム様の依頼が叶えられて……あ、でもルーンヌィには入れてないから半分達成ってとこですかね」


「……ミリシャ」


「は、はい」


 厳しい口調で私の名を呼ぶルク先輩。


「半日やるからちょっと考えてみろ」


「え……何をですか?」


「もうお前も新人じゃないんだ。自分で冷静になって考えてみろ」


 ルク先輩はいつになく真剣な顔つきでそんな事を言うのだ。そのまま休憩室へと引っ込んでしまった先輩にそれ以上問いただす事もできず私はその場で立ち尽くす。考えるって……何を……

 だが、私はその答えをすでに知っているような気もした。

 

 ……リム様のクエストを達成したはずなのに、喜ばし事のはずなのに、私は自分の心の中に少しざらついたものを感じていたからだ。そしてそれはルク先輩の言葉のせいだけではない、自分の心を偽っているようなそんな不安定な感覚。胸に残るしこりのようなものが確かに存在しているのだった。


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