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取り憑かれた伯爵家御曹司 国を盗む  作者: 新田 勇弥
1章 ゼルガス戦役

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9話 分家の者たち

有能な敵より、何とかな味方……

 ラーゼフとの面談を終えて、ブランドル支城の石造りの塔に登った。

 城壁の向こうの風景には、見覚えがある。


 ほぼ真南にダラダラした緩斜面があり、尾根筋は岩が露出しているが、その切れ目に城壁が聳えている。

 あれが、サーメル関か。

 我がまだルサンドロだった頃、この辺りを通ったことがある。その時には、この支城もあんな壁もなかった。畑と放牧地が広がるのどかな村という記憶がある。


 それにしても、ものものしい設えだ。

 元々、敵であるゼルガスの拠点であったため、こちらの面が防御に使う面だったからだろう。今では改修して向こう側も強化したと後で聞いた。

 もちろん120年前は、あんな物はなかった。粗末な関所はあったとは思うが、軍事拠点ではなかった。

 それが、25年前に峠全体を遮る簡素な土塀ができ、城壁の頂面に兵が行き来できる幅を設け長城のようにした。外面を日干しレンガで覆った構造、規模になったのは数年後。そして、ギュノスの所有に変わったのは8年前だそうだ。


 関の左、東には濃い緑が広がっている。間近まで行ったことがあるが、鬱蒼とした森だ。そこから、ギュノス領へ向けて幾筋もの小径が流れ出している。特異な国人がいるという話で、中には入ったことはなかったな。

 さらに東を見れば、そそり立つレーズル火山が、今日も薄く噴煙を上げている。

 右に目を転じると、サーメル関から一度切り立った丘があり、急速に陥没してできた鏡のように澄み切ったウエント湖が広がっている。あの辺りは、ギュノス伯領ではなく、サブラク伯領と聞いた。

「あれは?」

 眼下を見る。

「はい。ネメシア分家の軍勢です。500人程と聞いております」

 答えたのは、領軍が付けてくれた側近(マンフレッド)だ。まだ若い士官で、側近頭となった男だ。長身で体型ががっしりしている。前世で言えば従者の方がふさわしいな。


 500か。

 予定では、サーメル関に移動することになっているが、それは我と面談した後だ。支城には100程の守備兵しかいないので、圧力を掛けるつもりなのか。


 嘆息して、視線を南に戻す。

 森の中は鬱蒼とした木々に、伏流水の川が網目のように流れているそうだ。さらに原住民が傭兵軍団を組む神出鬼没で、とてもではないが大軍を通すことはできそうにない。

 やはりゼルガス軍が、サーメル関を迂回するならウエント湖だな。

 無論、中立であるはずのサブラク伯に、通過を黙認させることができればだ。これまでは、ウエント湖を通じた南北の通商で儲けているため、サーメル関の両側がひとつの陣営となってしまえば、通商を捨てることになる。わざわざ船に積み替えることなく、荷車で運ぶことができるからな。よって、これまでは両軍のいずれも通過を許すことはなかった。が、ベルク侯軍の援軍が万を越えるとなれば、勝ち馬に乗るため態度を変えることもあり得ないことではない。


「デルマーズ金山は、どの辺だ?」

「金山はあちらの方角ですが、レーズルの森の向こうで見えません」


 過去、ギュノス伯爵家とゼルガス伯爵家の仲は、少なくとも紛争を起こさない程度には良かったそうだ。それが、25年前、突如として決裂したのは、その金山のせいだ。元々は両家が資金を出し合って金山を操業させたのだが、ゼルガスが一方的に奪って、ギュノスを排除した。それにより延々と紛争が続いているというのが表向きだが、今では寄親であるベルク侯とフランツ侯の折り合いも悪くなって、事実上代理戦争となっているのが真相だ。


 金山と言えば宝ではあるのだろうが、それによって軍費を支出し続けねばならないのは悲劇だ。サーメル関を通行自由にして、通商を盛んにした方が儲かるだろう。特に金山の利権を持たないギュノスとしては。


 北を見ると街道を、縦列で進んでくる軍勢が見えた。

「あれは、アナベルか?」

「はい。先頭の旗に薄紫の花弁が見えますので」

「そうか。マンフレッドは目が良いな」

「はっ……御曹司。そろそろ」

「ああ、わかった」


 塔から降りると、まもなく昼に成って食事を摂った。

「御曹司。子爵様方が対面の間に入られました」

 食休みをしていると領軍総長(エンリケ)が呼びに来た。

「わかった」

 立ち上がり、廊下を進んで当該の広間の中に入る。


「アンドレアス・ギュノス様、ご入来」

 部屋の中程に3人の軍人が待っていた。そして、その背後に、やはり軍服が並ぶ。

 ラーゼフは起立したが、残る2人は着座のままだ。

 部屋の中程に進むとエンリケが10セルメト程の階の上に登り、城主の椅子を指し示す。その前まで進むと、そのまま振り返った。


「おお……エンリケ殿」

「なぜ、ここへ?」

 驚いているな。領軍総長であるエンリケが、領都(レブロン)を離れて出張ってきたのが意外だったのだろう。


「それより、お二方。御曹司の御前である、起立されよ」

「「御曹司!?」」

 1人は無表情で、もう1人は苦虫を噛み潰すような顔で立ち上がった。エンリケは鬱陶しそうに眉根を寄せる。


「その通り。御曹司は、御館様の命で正式に領政府から伯爵家嫡男と成られた。兵権は御館様代理として、御曹司に引き継がれておりまする」

「真か」

「同時に子爵位の叙爵をされました。爵位はお二方に並ばれたこと、心得られよ」

「なっ、ううむ」


 惣領家の認知されたばかりの若造が、顔を見せに来たと思っていたら、ギュノスの領軍元帥代理となってやってきたのだ。

 バルザックは不満そうだが、領政府、そして領軍の意思ということだ。

 そして、我の今の顔は伯爵夫人そっくりだからな。さすがに逆らう材料がないらしい。異を唱えれば、明確な叛逆となるからな。


「御曹司、ご着座ください」

「ああ」

 着座して、3人を睨む。椅子に座ると横にエンリケが立った。

「掛けられよ」

『おう。見ている見ている、我の顔を。分家の主には会ったことはないのか?』


───初対面よ


「お初にお目に掛かる、ネメシア家当主バルザックと申す」

 左の男が口を開く。40歳ぐらいだろう、小太りで二重顎、生え際が後退している。癇が強そうだ。先生が暗愚と言っていた男か。

「同じく、アナベル家当主ヘーミングと申す」

 右の男。長身で痩せていて、口の周りと顎に髭を蓄えている。バルザックよりは気性が穏やかそうだ。


「叔父御殿、ご着到ご苦労に存ずる」

 ラーゼフはアニーの叔父だが、分家の叔父たちは、伯爵の従弟だから、血統的には従叔父だ。まじまじと見なおしても、我を騙し討ちにした初代(アダマン)には似ていない。


「兄ロベール死去に伴い、また父クリストフが療養中につき、代理である我アンドレアスが、こたびの戦役指揮を執る」

「お二方、よろしいな」

 エンリケが、強く念を押す。

「御意」

「承った」


 惣領家の主立った男が戦闘不能状態になったので、自分が取って代わることができると思っていたのだろう。しかし、つい最近、惣領家にもう1人息子が居ると明らかになり、当てが外れたというわけだ。

 とはいえ、爵位のないエンリケの命をよく聞くものだ。爵位を持たぬ者など歯牙にも掛けないと思っていたが。


───あの2人も 名目上では領軍で軍籍を持っているからね 背後に目付も居るし


 大義名分がなければ、正面切って領軍総長には逆らいづらいというわけだ。それでエンリケをわざわざ同行させたのか。


「では、以降はラーゼフ殿にお任せし、我らは引き上げまする」

「ご苦労であった。エンリケ」

「はっ!」

 領軍総長である彼は、ギュノス伯領全体を統括するのが本分だ。領都を長く開けるのは都合が悪い。2分家が、我というか領軍の下に着くことを認めたので、ここでお役御免というわけだ。


 エンリケが軍礼をして対面の間を辞すると、バルザックが鼻から長い息を吐いた。

「ロベール(長兄)殿は残念なことであった。改めてお悔やみを申し上げる」

「痛み入る。バルザック叔父」

「ああ。しかし、エルフリーデ殿のお子は、女ではないのかとうわさがあったので、心配しておりました」


───心配? 期待でしょ!


「ははは……我が女子(おなご)に見えまするか? 叔父御」

「あっ、いや。母君にそっくりではあられるが、逞しき男子であった」


───ふん 引き攣っているわ 未練たっぷりね


『辛辣だな。だが、アニーの言ったとおり夫人と同じぐらい胸があれば、厚着したぐらいでは偽ることはできなかっただろう。うわさの出所はわからないが、実際女だったからな』


 ヘーミング叔父もうなずいた。

「まだお若いゆえ、粗忽者(そこつもの)が見間違えたでしょう。しかし、惣領家に御曹司のような男児が残っていたことは、不幸中の幸いと見なければなりませんな」

 口は笑っているが、目が無表情だ。

「いや、まこと、まこと。これで安心して、我らは領地へ戻ることができまする」


───ほらね こういうやつらだよ


『いいじゃないか。指揮する者が多いと、ろくなことにならない』


───そうかもしれないけれど


「では、御曹司に我がネメシアの指揮官をお目に掛けます」

 バルザック叔父が、顎を決(しゃく)ると、短躯で厳つい40歳がらみの男が進み出た。

「はじめて、御意を得ます。ネメシア勢を預かるフェングと申します」

「うむ」

「アナベル勢を預かるシーグルです」

 もう1人前に出てきた男は、同じぐらいの年の頃だが長身だ。前線指揮官は、飼い主に似るのか? それとも単なる好みか?


「ご苦労である。戦略についてはサーメル関にて説明する」

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。

Xもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya

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