8話 サーメル関へ
血統っていうのはどうなんですかね。拠り所と言えばそうなんですけど。
午後。食事を摂ると、大広間に呼び付けられた。
そこに居たのはフロック姿の男たち、役人だな。軍服の男も居る。段に乗って居るのは、家宰のサンガルド・メイスンだ。
───伯爵領政府の高官たちだよ
サンガルドは家宰だけど 政府の総裁でもあるわ あとは……
軍服は領軍総長のエンリケ あの眼鏡は大法務官のフィリップよ
彼らが領政府の首脳だから 当面この3人を覚えて
サンガルドが、大きな椅子の前に手でこちらへと示している。
十数人の高官であろう者たちの間を進み、階を登る。
───まだ 座らないで あれは お父様の椅子だから
『ふん!』
椅子を前にして、身体全体で振り返った。
「皆に申し渡す」
隣に居る、サンガルドが一際大声を発した。
「先程、御館様の命により、ご三男アンドレアス様が正式にギュノス伯爵家嫡男となられ、子爵へ叙せられました。また、御館様代理として、領軍の指揮を執られる。さよう心得よ」
「「「ははぁぁ」」」
皆が我に向けて跪く。
ふむ。この若造に血脈というだけで、表向きは従うのか。滑稽だな。実質はお飾りにするつもりだろうが。
───直れって 言って 口調は偉そうにね
サンガルドじゃなくて、我が言うのか。まあ偉そうにとは、気味がいい。
「者共直れ!」
一斉に立ち上がった。立場が逆なら面倒臭いと思うことだろう。
ふん。
「御曹司、ご着座ください」
ギュノスの主の椅子か。座りたくもないが致し方ない。
どっかと腰掛ける。
「皆にお言葉を」
「うむ」
威厳を正すか。
「父の代理を仰せつかった」
「おめでとうございます!」
「「「「おめでとうございます」」」」
───おおおぉぉ
『おまえが感動してどうする』
───でも なんかうれしいじゃない でも ボクのままだったら 胃が痛かったろうな
「このような状況で甚だ遺憾だが、皆の忠誠を得て幸いである」
我ながら空々しい。
何の実績もない人間に忠誠を誓うなどあり得ない。彼らの忠誠は伯爵家の血脈が対象だろう。どのみち我は死地へ赴くのだ。逆に哀れみを感じているかもな。ともかく表面上の忠誠を精々尽くしてもらおう。
†
翌日。我は領都を発した。
無論1人ではなく、新たに付けられた側近に執事と侍女、それと領軍総長のエンリケ率いる増援千の兵も同行している。国庫から、槍や矢などの武具の他、多量の小麦粉、パン、干し肉、大麦酒と蒸留酒などを出してくれた。それを荷車で運ばせているため進みがのろい。
我が乗る馬車には、付いてきたランゼ先生との2人に、余人には見えないアニーだけだ。向かう先はゼルガスと領界を隔てるサーメル関……ではなく、その手前、ブランドルの支城だ。
お貴族様は最前線ではなく、多少は安全なところに居ろということだ。要するに指揮権を持ってはいても、余計なことをするなという意味だな。
サーメル関は、ギュノス最強の将であるらしいラーゼフ・フレークが守っている。フレークとは名乗っているが、血統的には叔父に当たるそうだ。彼も妾腹だったが前伯爵から認知されず、城では育たず、平民として成人したそうだ。3年前に城へ入ったアニーも1回しか会ったことがない。
最強というのは、そのサーメル関に由来する。元々関はギュノスではなく、敵ゼルガスが築いた長城で、それまではブランドル支城との間が最前線だった。ギュノスが劣勢であったものの、10年前にラーゼフが奸計で奪取した。それ以降は、何度となくゼルガスの襲来を弾き返しているが、関の高い防御力のおかげだ。
だからこそ、御曹司と呼ばれる者を、戦場に送り出すことができる。
───とにかく ラーゼフ叔父は頼もしいわ
『ふん。そんな叔父が居るなら、そいつにギュノスを嗣がせばいいんじゃないか?』
───ラーゼフ叔父は慎み深くて お父様に忠誠を誓っているのよ
『その伯爵が、死にかけているんだ。忠誠とは関係ないじゃないか?』
───あとは 分家の者たちが黙っていないわ フレーク家の養子に入っているからね
惣領家にいる男子でないと 駄目というしきたりがあるの
アンディだって 男じゃなかったら認められなかったわ
『女でもいいだろう。大将が剣を揮う必要はない。そうなったら、その段階で敗勢だ』
まあ率先して戦いたがる物好きも居るが。
───貴族はそう思わないわ ともかく 叔父上を味方に付けないと
度しがたいな。
対面の間に入ると、中程の床に1人、そして壁際に何人か、片膝を着いた軍人たちが居る。
その間を通り抜け上座である席に着いた。
「表を上げられよ」
「はっ!」
真ん中に跪いていた男が立ち上がった。
───わあ 何度見ても立派だわ 顔はお父様そっくりだけど 魂の炎はしっかりしている
「ラーゼフ・フレークにございます。御曹司のご着到の報を受けて参りました」
状況は伝わっているようだ。この男が、ギュノス随一の軍人か。
「ご苦労です。叔父上」
「勿体ない。ラーゼフとお呼び下さい」
「では、ラーゼフ。椅子に掛けられよ」
ふむ。アニーの言った通りの偉丈夫だ。背はさほど変わらないだろうが、厚みは我の身体の2倍以上ある。腕も太い。たたき上げの軍人に見える。
口髭を蓄えてはいるが、顔立ちは端正だ。憎き男爵の血統は感じるが、うっすらという程度。2代離れるとこんなものか。
「数年前にお目に掛かったときから、見違えましたぞ、御曹司。お顔は、夫人に瓜二つのままながら立派に育たれて、御館様も心強いことでしょう。エンリケ殿より、子爵となられたと伺いました。おめでとうございます」
ふん、ギュノスにもらった爵位など要らん。
「いや。それも、兄上がなくなり、またゼルガスが攻め寄せたことによる緊急措置だ」
「ロベール様は残念でしたな。ともかくお館様同様に忠誠を誓います」
明朗な男のようだ。
「我はこたび初陣だが、それでも忠誠を誓うのか?」
「はい。私は父に認知をされず、平民として育てられたのです。それをお引き立ていただいたのは御館様です。大恩がございます。よって、その命に従います」
「ほう、父がな。初耳だ」
しきたりとは不合理だな。血統のみを尊ぶ貴族制自体がしきたりで、不合理の塊だが。
「それと、御曹司の名で出された、国人安堵令ですが……」
批判かと思ったが、笑っている。
「感心致しました。国人達の与力の兵数が増えております。これまでの倍とまでは言えませんが、安堵令の効果だと存じます」
「そうか。このわずかな日数でな」
領内各部への配置を減らそうとは思っていたが。
「国人は虐げられる一方ですからな、ゼルガスの苛烈な支配を忌避しておりますので」
領主が代わられては、困るということか。
「ところで、御曹司は、司令官としてブランドル城へ駐在されると伺っておりますが」
「サーメル関の守備隊長は、今まで通り貴官だ。連れてきた増援もラーゼフの麾下とする。ただし、ここへ居ては何もできない。関には使っていない部屋がいくつかあると聞いたが、そちらに移れないか?」
「そうですな……ゼルガスの者が使っていた部屋がありますが、なにぶん荒れておりまして。手を入れてみますが」
「そうか。いや、そこまで手番を取るまでもない。よし。では、目下の戦況を説明してくれ」
「はっ! では、現在、我が軍と対峙しているゼルガス-ベルク連合軍の状況を説明致します。我が軍の大部分は、サーメル関に拠っています。そちらは、明日以降ご自身の目で確認をいただくとして、敵総勢は1万6千と見られます」
「1万6千か。流石に勝てないな」
我が方は、分家の軍勢を含めても、4千強の見込みだ。
「おっしゃる通り。向こうが力攻めしてくればです」
城攻めするには、一般に3倍以上の数が必要。だが今回は4倍も居るからな。
「力攻めをしてこないというのか?」
「ええ。ベルク侯爵家には、そこまでの義理はありません」
「侯爵の4男がゼルガスに婿入りしたのではないのか?」
「それよりも……」
言い淀んだ。ほう。この男、単なる前線指揮官に収まる器ではないな。
「敵が抜くべき経路は、サーメル関だけに非ず。敵の狙いは、防備が整った関を迂回し、戦わずしてギュノス伯領へ攻め込むというのが敵の狙いか」
「ごっ、ご賢察にございます」
「驚くには及ばぬ。誰でも考えることだ。敵は関の東西、いずれ側を通ろうとするか?」
サーメル関は、街道沿いの要衝の地にある。長城の端はいずれも切り立った岩山に喰い込んでいると聞いている。だが、そのさらに先はある。
東にはレーズル火山とその麓に踏破困難なレーズルの森がある。
西にはウエント湖があり、その南北両岸はサブラク伯爵の領地だ。
前者は地理的な障壁、後者は政治的な障壁ということだ。どちらも迂回困難だが、不可能というわけではない。
「諜報部隊の影鷲によれば、西のサブラク領を通ろうと狙っていると報告があります」
「影鷲?」
ラーゼフが振り向いた。
「ディラック」
「はっ!」
壁際に控えて居た軍人の1人が前に出てきた。
「この者が、影鷲の頭です」
さっき、こんなやつは居たか? 立ち上がっても背が曲がり、他の者より着ている軍服は黒い。眉と髭が顔を覆い、一見では年寄りに見えるが。
───なんか不気味 本当に人間なの? 魂の炎がちゃんと見えないんだけど
「そうか。サブラク領を通ろうとする根拠は?」
「ここ最近、ベルクの交渉使節が、サブラク領政府に足繁く通っているとの報告があります」
嗄れた声だ。確かに不気味ではある。
「そうなのか?」
「はい。もちろん我が方も手を、こまねいているわけではありません。使節を送っております」
───どうなんだろう サーメル関が抜かれれば サブラク領の通商が激減するけど
「わかった。サブラクが簡単に通過させるとは思えないが。であるならば。我が方は、サーメル関の防備を固めるのが基本というのは変わらないか」
「はい」
サーメル関が落ちると見れば、先に領内を通した方が高く売り付けられると考えるだろう。
「ディラック。この辺りの、国人たちと面談することはできるか? 当主でなくても構わぬ」
「はっ! おおよそは」
「できるだけ多く会いたい。ラマーゾとは是非会いたい。別途命ずる」
「はっ、承りました」
ディラックが下がる。
「御曹司。アナベル勢は到着していますが、ネメシアもかなり近づいております。午後には、両家当主とも面談できるかと」
「うむ。エンリケから聞いている」
そうだ。敵もそうだが。まずは、分家を手懐けないとな。
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