7話 御曹司誕生
御曹司……大河ドラマ……覚えたのかなあ。
昨日、ミスってわずかに投稿してしまいました。すみません。
グゥゥ……ゥグア。
目映い輝きが辺りを包み込み、体中が刺すように熱い。
皮鎧なのか自分の皮膚なのか、白煙を上げ始めた。
焔が俺を焼いている。それより、振り返ると累々たる粗末な家屋が黒煙をあげていた。
そこで、服に火が付いた者たちが逃げ惑う。
渦巻いた炎の塔が迫り、全てを飲み込んだ。
「はっ! はぁ、はっはぁ……」
夢か、男爵め。
「アンドレアス……すごい汗」
美しい女がベッドの傍らに座っていた。どこかで見たような。
───お母様よ
そういえば、鏡で見た顔にそっくりだな。地下牢は暗くよく見えなかった。
「身体は大丈夫なの? ランゼ先生は心配ないとおっしゃったけれど」
「ああ、お母様。いえ、今後は母上とお呼びします。悪夢を見て……体調は、まあ何とか」
お母様など、歯が浮く。
「そう。良かったわ」
「本当に男になったのね。アンドレア、いいえ、アンドレアス」
上体を起こした寝間着の胸元を大きくはだけると、上質そうなハンカチで拭き始めた。
「この母を恨んでいることでしょう。母は、取り返しの付かないことをしてしまったわ」
突如、大粒の涙を流して俺に抱き付いた。
「赦してはもらえないと思うけど。ごめんなさい」
───お母様
赦しはしない。恨んではいないからな。
「私は、奥様……エルヴァ様が亡くなる寸前に、何としてもギュノスを守ると誓ったの。それなのに、おまえに背負わせてしまった。なんと罪深いことか」
───お父様の先妻よ 3年前に亡くなったわ それまではエルヴァ様が正妻だったの
死んだのか。よくよく呪われた一族だな。この女のおかげでこの身を得た。逆に感謝すべきかもな。それにしても、家のために自分の子供の性別を無理矢理変えるとは、どんな悪女かと思ったが。そうでもないのか? それとも、俺をつなぎ止めるための演技か?
───ちょっと! お母様のことを悪く言わないで
伯爵夫人には霊感がないのか、娘だった霊体(自称:妖精)が彼女の目の前を飛び回っていても、気が付かないようだ。そちらの方が普通か。
「いえ。民を守るために戦います。そのために男になったのです」
戦うとしても、断じてギュノスのためではない。
「ありがとう。あなたも貴族の子なのね。体調が悪くないのなら、アンドレアス。旦那様が待っています」
違うが。ここは偽っておこう。
「わかりました」
当代の伯爵か。どんな男だ。着替えを済ますと、アニーの道案内で伯爵の部屋に行く。
大きい扉の前に、白い顎髭を蓄えた紳士がいる。明らかに執事ではない。誰だ?
───家令のメリオットよ
家令か。伯爵家首位の使用人だな。
「アンドレアス様」
「なにか?」
「はっ。いえ。本日は、随分と薄着であらせられますね」
───ボク 夏でも厚着と踵が高い靴で 体型を誤魔化していた
そういうことか。この服は、夫人が選んだのだが。
「まだ暑いからな。この姿では父上に会えぬか?」
「いいえ。失礼いたしました。どうぞ」
扉を開けて促された。広々とした部屋の中程に、天蓋が付いた大きなベッドが見える。その脇に座っていた夫人が、椅子から立ち上がった。後で扉が閉まる。
数歩進むと、ベッドの上に男が居るのが見えた。背にクッションをいくつも当てて上体を起こしている。
───参上しましたって 言って 男ぽくよ
元から男だ。
「アンドレアス お召しにより参上しました」
「おお、アンドレアス」
───なんだ 貴族の物言いができるじゃない 男爵家の出というのは 本当のようね
ああ お父様 魂の炎が……あんなに
ふむ。近寄っていくと、病人特有の臭さが鼻を突く。頬が痩け、目の周りや首のしわが深い。その炎とやらは見えないが、尋常でない衰弱ぶりだ。
伯爵が手を翳して止めた。それ以上は近づくなということか。
「父上、お久しぶりにございます。お会いしとうございました」
アニーの念の通り、声に出して繰り返す。
「儂もだ」
こいつが、あの男爵の孫か。一息に縊れそうに見えるが、その必要もない。あの魔女が言っていたように手を下さずとも、すぐ死にそうだ。
───アンディ ボクは癒やしの魔法が使えるの お父様に掛けてあげたい
『何だと、断る! 仇の孫に、そんなことをする訳がないだろう!』
───お願い! お願い! お願い! 一生のお願いだから!
『ああ、うるさい。そのキンキン声はやめろ……わかった、わかった』
アニーの念にしたがって、伯爵へ向けて腕を伸ばすと、唇が勝手に動く。そして、腕が少し熱くなるのを感じた。すると、翳した掌から無数の緑の粒子が、伯爵に降り注いだ。
「もうよい。アンドレアス。薬師は移らぬと言っておるが、儂に近づいてはならん」
伯爵の眉間のしわが緩んだ。人の親か。
「ああ、はい」
「それより……そこなる魔女の密儀により、男になったと聞いた」
そこなる? 部屋の隅に、魔女が居た。まったく気が付かなかった。目が合うと口角を上げた。他には、俺以外は3人だ。ふん。娘の性転換には、この男も共謀か。
「ああ、はい」
「見せよ」
見せる。何を?
「アンドレアス。裸になって。旦那様にお目に掛けて」
そうか。娘が男になったと聞いただけで、そう簡単に信じられるわけはない。領主たる者、魔女の密儀で男に換わったなど、鵜呑みにできないだろうしな。
薄手のフロックを脱ぎかけると、夫人が脱がせてくれた。シャツの前袷を外して胸を見せる。
伯爵は軽くうなずいたが、満足しないようだ。仕方ない下も脱ぐか。
───はずかしいよぅ
『変な声を出すな。おまえの親なのだろう。それに、以前の身体じゃない。男だ。大体、貴族なんて、使用人がいつでも付いているんだ。恥ずかしくもなんともないだろう』
───ボクは この城で 育ったわけじゃないし いつも1人だったわよ
ほう。よほど、アニー、いやアンドレアとは、ギュノス家にとって都合の悪い存在だったらしい。アニーの念に依らずとも、すこしずつ、思考と記憶が伝わってくる。問題は、系統立って伝わっては来ないことだ。侯爵家の一族だった先妻に気を使って、側室に子ができたことを明らかにできなかった。とんだ偽善だ。それが、長兄の死で手の平を返したわけだ。
トラウザーを脱ぎ、下穿きの紐を解いて、股間を見せた。ふん。どうだ、満足したか? 伯爵。
「おっ、おぉ。男子だ、アンドレアが男子になっている」
まじまじと見るな。
「まっ、魔女殿」
「何だ、伯爵」
「感謝いたす」
「ああ。見た目は男であるが、急かされた所為でまだ不完全だと言っておく。よって、しばらくは面倒を見てやる」
おまえもこっちを見るな。下穿きの紐を縛って、トラウザーを穿き直す。
「メリオットとサンガルドを呼べ」
「はい」
夫人が、扉へ歩いて行く。おい、まだ上を着ていないぞ。
「失礼いたします」
入って来てしまった。
「メリオット。聞け」
「承ります」
「アンドレアスを我が嫡男として子爵を叙する。また軍務において我が代理とする。書記官に左様命じるのだ」
なるほど、疑っていたであろう、この家令に俺が男であることを見せたのか。
代理な。子として認知するだけかと思ったが……兵権を預けられた。さあどうしてやろう。
「はっ! 祝着に存じます。御曹司」
御曹司?
───次期伯爵となる嫡子であることを示す呼び方よ
ふん。
「また……ごほごほ……」
「御館様!」
「だ、大事ない……そこなランゼに、新たにアンドレアスの教育役を命じた。周知せよ」
「承りました」
「父上。サーメル関へ赴くに当たって、提案があります」
───えっ なんなの? 聞いていないわよ
「むう。申してみよ」
「はっ! フランツの支援が望めぬ中、ただでさえ少ない我が軍の兵を、国人衆の警戒へ割くのは大損です」
国人衆は、貴族領と王国から認められた公式の領地の中に、点々と治外法権を持っている領主のことだ。当然貴族側は、国人を減らそうと狙う。したがって水面下では警戒し合っているのだ。
「むっ。国人だと」
「はい。そこで希望する国人については、ギュノス麾下の貴族と同様の待遇を保証すると布告すること、それが提案です」
「むう……」
伯爵は考え込んだ。
「御曹司。貴族と同じ待遇ならば、領地の安堵と同義となりますが」
メリオットに向けてうなずく。
「そのような重大事は、フランツ侯へ問い合わせをせねば……」
「サンガルド」
───彼はギュノスの家宰よ
家宰。政治向きの役人首座か。
「はい。お館様」
「我が家の危機に援軍を渋る寄親に、そこまで気を回す必要があるのか? 国人にも見るべき人物は居る。いいだろう。我が代理アンドレアスの名で布告せよ」
「畏まりました」
†
伯爵との対面を終え、アニーの部屋へ戻ってきた。
「ふふふ。御曹司か。亡霊が2日間で、目覚ましい出世だな、子爵殿」
魔女がついて来た。
「ふん。ギュノスの爵位など、要らん」
「まあ、そう言うな」
───そうよ そうよ
「その爵位も、肩に止まっている者から、奪ったのだからな」
そうかな。女のままだったら、叙爵をされなかっただろう。
「出世か、あんたこそ……」
「先生と呼べ」
「ふん。先生こそ、まんまと教育役に収まったな」
「夫人が懇願したからな。よほど、アンディの男を維持したいのだろう。しかし、代理とは伯爵も思いきったものだ。アンディを後継者と認めるだけでなく、兵権を与えるとは」
「ふん! 血統を盲従する愚か者だ。一兵も指揮したことのない、元娘に渡したのだからな」
───ちょっと! それ以上の お父様の悪口は許さないわよ
「じゃあ、仮に他家のことだったら、どう思うんだ!」
───そっ それは
「アンディ、その辺にしておけ。自分の親が貶されれば、おまえだって怒るだろう」
「ふん!」
「話を戻そう。私は役に立つぞ。そばに置いておけ。なんなら、伽を務めてもよいぞ」
「伽……側室になりたいのか」
「あはっはは。そう思うのか」
まるで出来の悪い人形のように無表情だ。瞳も底なしに深く、何も読み取れん。
「わからん」
「正直でよい。それと。子爵に成ったのだ。一人称が“俺”というのは野卑すぎる。この後は、部下と顔合わせするのだろう」
「では、我にしよう」
───我ねえ まあ いいんじゃない
「一人称だけでなく、口調は偉そうに、高圧的に対することを心掛けるのだ」
何の実績もない者が、血統だけでか。おぞましい。
そう思ったのが良くなかったか、右腕がブルブルとうねくるように震えた。
「拒否反応か」
強く念を送ると、収まってきた。
「この程度は、抑えられる」
「そうか。しかし、数カ所同時に発現したら、躊躇なくあれを飲め」
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