6話 復讐と粗い合意
段々と物語の骨子が固まってきました。
また固有名詞が多くなったので、軽く紹介を。
●アンドレアス・ギュノス
ギュノス伯爵家3男にして、現在の嫡男。主人公。御曹司。アンディ。
●アニー
小妖精(?)。主人公に付き従う。
●ランゼ
魔女。
●ギュノス
伯爵家(主人公の家)。領地の名。
●フランツ
侯爵家。ギュノス伯爵家の寄親(後見)。ギュノス伯領の北方に位置する。
●ゼルガス
伯爵家。ギュノス伯爵と長く紛争している。ギュノス伯領の南方に接する。
●ベルク
侯爵家。フランツ侯爵家といがみ合っている。セルガスの寄親。ゼルガス伯領の南に位置する。
地下牢を出ると執事が待っていた。彼を先導させ、長い廊下を何度か折れて、地上に出た。
満月の灯りで、城壁が見える。ここがギュノスの城。この規模、男爵ではあり得ない。
───あまり きょろきょろしない それと “俺”は やめて バレちゃうわ
『うるさい』
殿舎に近づくと、堅牢そうな門から中に入る。
石造りの廊下に絨毯が敷いてある。伯爵というのもまんざらうそではないな。しばらく歩くと広間に出た。壁際の階段を上るのか。
踊り場へ差し掛かったときに、古びた巨大な肖像画が目に入った。貴族とその子か。
───ひいおじい様とおじい様よ
「なんだと」
「アンドレアス様。何か?」
先導の執事が振り返った。
「いや、この絵だ」
「初代様のご肖像が何か」
額縁の下に、初代アダマン伯爵、2代ロレンツォという名が銘板に刻まれている。
椅子に腰掛けた者とその傍らに立つ男だ。立って居る方は青年、もう一方は老境の男だ。
うぅぅむ。
魔女が、地下から出れば、120年経ったことが分かると言ったが。
2階に上がり、少し歩いて部屋に入ると執事は下がっていった。
『ここが、おまえの部屋か。意外と殺風景だな』
───ここでは 男を装っていたからね
ふむ。涙ぐましいな。
「ルサンドロ」
「なんだ」
「あの絵で、わかったはずだ。老人として描かれた者が、ルサンドロを殺したアダマンだ」
むう。
「そして、おまえは彼の者の曾孫に取り憑いた。わかるだろう。もはや、仇はこの世には居ない。復讐が無理なのはそういうことだ」
くう。あの男を殺すことはできないのか。
俺が死んでから120年というのは信じがたいが、時が経ってしまったのは事実のようだ。
「残念だったな」
「いや、まだだ。アダマンが居ないなら……」
「その子孫をか。孫や曾孫を殺すつもりか。まあ、曾孫の方は既に身体から弾き出したがな」
口角を吊り上げている魔女を睨む。おまえが、やったのだろう。まあ、別に良いが。
「確かに孫を殺したところで、怒りは収まらん。しかし、ギュノスが、伯爵に収まっているのは気に入らん」
「いいことを教えてやろう」
「なんだ」
「なぜ、女だったアンドレアを、おまえを使って男に換えようとした、その理由だよ」
「そんなことはどうでも」
「どうでも良くはない。まあ、聞け。ギュノス伯領と南に接する隣領ゼルガス伯領は数十年前から抗争を続けている。両家の仲は無論悪いが、実態は背後に居るフランツ侯爵とベルク侯爵の代理戦争だ。全く大貴族というのは度しがたい」
小妖精は、テーブルの上に降り、肩を下ろしている。
「そして、喫緊の課題は、ベルクが大軍を催していることだ。私に戦争のことはわからんが、数千の兵しか動員できぬギュノスが勝つのは苦しいだろう。フランツ侯の方は、やる気がなさそうだしな。近いうちに、ベルクの大軍をサーメル関で迎え撃つことになるだろう」
「サーメル……関? そんな物が」
「そうか。あそこができたのは、ルサンドロが死んだ遙かに後だ。両伯爵家は仲が良かったのだがな。長城をあそこが領境になっている。それまでは」
サーメルはいわば狭い峠だ。大した標高はないが、両横は岩山に挟まれていて、ゼルガスへ陸を行くならば、あそこを通らざるを得ない。北のフランツ侯領と南のベルク侯領を結ぶ街道があったことは、俺も知っている。関所を作るならば、確かにあそこか。
ふん、しかし。
「その来るべき戦いのために、アンドレアス、つまり男の跡継ぎが必要だった。それが理由だ」
「なぜ、跡継ぎなのだ? 当代の伯爵が指揮すればいいではないか」
───お父様は 重病で動けないのよ お兄様2人は亡くなったし
「はっはは。つくづく呪われた一族じゃないか。レブロンの戦いで戦功を上げた傭兵軍を騙し討ちにして、流民を火攻めにした、その報いだ」
───なんてことを言うのよ
「ふん。重病に敵の大軍、俺が手を下すまでもなく、ギュノス家が滅亡するというわけだ。このまま俺は姿を隠そう、そうすれば」
「そうだな。分家のいずれか……おそらくネメシア家のバルザックが伯爵を継ぐことになろう。あれは暗愚だぞ。あれでは勝てはせぬ。おそらくギュノス軍随一のラーゼフ将軍すら廃するだろう」
「いい気味だ! 俺の願いはギュノスへの復讐……願ったり叶ったりだ」
「小さいな」
「ん?」
「100年以上も恨みを消さず、滅びないおまえを買っていたが。存外肝が小さい」
「なんだと!」
「おまえの復讐とやらは、そんなちっぽけなものか? 自らを殺した以上に、移民とはいえ数百の住民を殺した男爵に怒っていたのではないのか?」
ぐっ……。
「確かに、ギュノス憎しの狭き了見であれば、問題ないだろう」
引っ掛かる言い方をする。このランゼという女。
「ギュノスが破れたら、領民はどうなる?」
「領民?」
「ルサンドロが生きていた時代より、この世は荒んでいてな。将は、虐げている国人や兵が敵領で略奪をするのを止めはせぬ」
むっ。
「レブロンの民は、財産を取られ身ぐるみを剥がされて、町から追い出されるだろうな。おまえより哀れな者が、大量に再生産されるのだ。それでいいのか? ルサンドロならば赦さなかっただろうな」
「くっ……俺の何を知っているというのだ」
「知っている。記憶を読んだからな。義憤に駆られて男爵家を飛び出し、傭兵団を転々としたのも民に仇成すものを避けたのだろう」
「なぜ、それを!」
「陰陽転換に使う魂の器として、亡霊を選っていたからな。その段階で、傭兵をやって来たことも、本当は歴史家になりたかったことも。成人する以前のこともな」
「ランゼとか言ったな。おまえは、何者だ」
「超越者だ。人は魔女と呼ぶがな」
超越者?
「真の復讐を望むなら、実行犯の子孫を根絶やしにするなどと、小さいことで満足するな」
「何!?」
「おまえを殺したギュノスの財産、名誉、全て奪い取って、欲しいままにしてこそ復讐だろう。仇が余人に負けて滅ぶことをよろこぶなど、復讐ではない。ただの傍観だ。美学を持たぬ俗物に過ぎん」
「美学……」
「そもそもアダマンが独断で悪行を犯したと思うのか? 使嗾して教唆したのは3代前のフランツ侯爵だ。おまえもわかっているのだろう。どうせやるなら、そちらに復讐しろ。ギュノスが滅ぼうともフランツが残れば、第2、第3のギュノスに頭をすげ替えるだけだ」
むう。
「むしろ。フランツで止まるな。全て平らげればいい。おまえが取って代われ、伯爵や侯爵など生ぬるい。国ごと盗んでやれ」
「国を盗む!?」
「ああ、そして、おまえが───アンドレアスの身体で、この国に巣喰う不条理を終わらせろ」
「そんなことができるわけが!」
「おまえの前世、軍師かなんか知らんが、1人の傭兵の立場であれば、いくら優秀でも難しいだろうな」
むっ。
「だが、今の境遇は段違いだ。ギュノスは仮にも伯爵だ。そしていずれ、おまえが嗣ぐだろう。傭兵から成り上がるより、敵を跳ね返す方が簡単だ。この女が、そのままでいるよりはな」
───ちょっと 勝手に決めないでよ!
「おまえも、こいつに協力するのだ。おまえの母が言ったように、女のままでは、分家の当主たちが納得しない。ギュノスを滅ぼさせたくはないだろう」
───そっ それは そうだけど
「こっちは、納得したようだ。さあ、どうする」
魔女が美しくも陰気な笑顔を向けてくる。
「1つ訊きたい」
「何だ?」
「ギュノス領内で、国人が占める割合は、今どのくらいだ?」
「ルサンドロが生きていた時代よりは減ったが、まだ3割は残っていよう」
「わかった。ギュノスは赦せんが、復讐は根本まですべきだというのは、わかった。しばらくは、おまえたちの書いた筋書きで踊ってやる」
ここで破壊活動をしても、つまらんのは確かだ。
「いいのか?」
「ああ。当面は皆を騙してやる。それはそれで、いい気味だからな。それにギュノスを潰すには、近くに居る方が好都合だ」
───ちょっと!
「最初から、意思が揃うわけはない。まずは行動からだ……それと。呼び方を決めよう」
「はっ?」
「ルサンドロと呼ぶわけにはいかんだろう。それに、アンドレアスは長くて呼びづらい。うーむ。よし、おまえは、アンディと呼ぼう。そして、霊体……妖精の方はアニーでどうだ」
名前など些末なことだ。
「わかった」
「では、私のことは先生と呼べ。それはいいとして……どうした」
魔女の眦が吊り上がった。
「うぅむ」
顔が無意識にひくつく───痙攣。
首を駆け下り、肩から腕へと転移していく。肌が大きな葡萄の如く膨らみ、うねうねと蠢く。
「定着が不完全なのか。魂が……」
───魂って 胸で燃えている 炎のこと? さっきから えらく揺れ動いているけれど
「そうだ!」
おぞましい発作が全身に回り、震えが抑えられなくなった時、額に魔女の手が当てられた。
「グムゥゥ……」
途端に圧力が、額ではなく頭蓋の内に掛かる気がして、意識が遠のきかける。
なんだ?
魔女の顔が近付いてきた。噛み合わせに指が食い込み、顎が開く。魔女が瓶のような物を呷ると、唇が吸い付いた。
「むぐ、んぐ、んぐ……なっ、何を飲ませた?」
「デミ・エリクサーだ」
デミ……
「どうだ? 痙攣が止まっただろう」
「あっ、ああ」
たしかに身体の異状が徐々に収まってきた。
「拒否反応を抑える。まあ薬だとでも思え。今後も、こういうことが起きるかもしれぬ」
テーブルに、紫に透き通った液を満した小瓶が3本置かれた。
「いつも、私がそばに居るとは限らぬ。発作が起きたら、自分で飲むのだ。仕方ない。まあしばらくは付き合ってやる。不完全な結果だからな。製造物責任というやつだ。そもそも。不完全と言えば、おまえの魂の方が残ってしまったからな」
不完全か。
「もう、いい加減夜も更けた。眠るのだ。発作の所為で体力が失われているからな」
「いいだろう」
───寝室はこっちだよ ああ 魂は安定してきたわ
アニーの先導で入った部屋のベッドで、泥のように眠った。
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