5話 陰陽反転[TS](2) 取り憑いたモノ
勢いに乗ってもう一話投稿します。
取り憑いたモノの正体が。
>>>アニー視点
こうしてボクは身体を喪った。口惜しさで、アンディを半分憎んでも居るけれど。これを読めば、彼の気持ちが分かるかもしれない。
日記に、小さくなってしまった腕を向けると、ページが鈍く光ってめくれた。
荒くなった息を抑えて、魔女が珍妙と呼んだ文字で書かれた文章を追うと、アンディの気持ちが流れ込んできた。
>>>回想のアンドレアス視点
「寝たふりは、やめろ。ルサンドロ」
驕慢な女と、肩を落とした女が出ていくのをやり過ごしたが、もう一人居た。
おお、動く。身体が動く。
「なぜ、俺の名を知っている?」
「知っているとも。ルサンドロ・セレマス。私が贄としておまえを選んだのだからな」
「贄───」
頭を振る、なぜか永く寝ていたような気がする。
「死霊を贄というのは、間尺に合わぬか」
黒衣の女は、静かに笑い始めた。
死霊……死。
目の前が火に包まれ、激痛が───消えている。
上体を起こし、胴を包んでいる布をはだける。
腕も胸も、なんの痕跡もない。あれだけの火に包まれて、激痛に苛まれたというのに、火傷の後がない。
「ふふふ……お前の焼けた身体は消滅した。それはアンドレアの身体だ」
アンドレア? 何を言っている? この黒装束の女は、魔女だと言っていたが。
「これを見ろ」
「なっ」
女がどこからともなく差し出した鏡……そこには知らない顔が映っていた。
「誰だ?! 女?」
「自分で持て。好きなだけ見ると良い」
手鏡を受け取り、まじまじと見つめる。暗がりに目が慣れてきた。
むっ。
癇の強そうな目も、尖った鼻もない。
凛々しくも涼やかな目元、高く癖のない鼻。
若い。16、7歳ぐらいか。女のようでもあるが、手を当てると喉仏はある……女じゃない?
胸板は堅い、凸凹のある腹筋。その下も探る。ふむ。顔はともかく、男だ。
「どういうことだ?」
「性転換のために亡霊だったお前の執着を利用したのだ……ただ、1カ月繰り上げたのは、やはり誤りだったな」
「性転換だと」
魔女の顔に光が当たった。整った顔立ち───
「そうだ。アンドレアを男に換えるために必要だったのだよ、ルサンドロの牡の魂がな」
魔女は目前に手を翳すと、触れずして俺を押した。
また動けなくなった。この女の術か。
「ふむ。お前がアンドレアに勝ったということか」
俺を利用しようとして失敗したのか、あの男爵と同じように。
「魔女……ランゼとか言ったか。ここはどこだ、男爵はどこにいる?」
玲瓏たる魔女は、口角を上げた。
「ここはレブロンの城の地下だが、男爵なあ……」
「傭兵団をだまして、俺を殺したギュノス男爵のことだ」
「知っている。男爵をどうするつもりだ?」
「新たな身体を得たのだ。復讐するに決まっている。祟るなど、まどろっこしいやり方でなくな」
「ふふふ……くっくく」
人の悪そうな面持ち、何やら俺を見下げているのがわかる。
「何がおかしい」
「叶わぬ望みだからだ」
「なんだと。今は無理でも、力を付ければ」
「力を付けても叶わぬ。お前を殺したアダマン・ギュノスは既にこの世にはおらぬ」
「おらぬ? 死んだのか?」
「ああ、死んだ。カフラー歴224年、81年前のことだ」
「81年前!?」
「ああ、今年はカフラー歴305年だからな」
「3……05年」
何を言っているんだ。どこか他人のようだった頭が回り始める、今年は187年のはず。
「残念だったな、お前が死んでから時は経った。120年ばかり……いかん!」
女が、急に焦ったように眉根を上げた。
その視線の先。むっ、俺の脚。
肌が大きな葡萄の如く膨らみ、うねうねと蠢く。腕にも症状が移った。
「定着が不完全なのか。魂が……」
おぞましい発作が全身に回り、震えが抑えられなくなった時。額に魔女の手が当てられた。
「グムゥゥ……」
途端に圧力が、額ではなく頭蓋の内に掛かる気がして、意識が遠のき、戻り、遠のくが繰り返された。
「どうだ?」
身体に異状を感じなくはなったが、信じられず目で見る。
「あっ、ああ。腕が……脚もなんとかなったようだ」
「拒否反応だ。他人の身体に入ったのだ。しばらく、こういうことが起きるかもしれないな」
「拒否」
「仕方ない。まあしばらくは付き合ってやる。責任は感じぬが不完全な結果だからな。製造物責任というやつだ。そもそも不完全と言えば、おまえの魂の方が残ってしまったからな」
「アンドレアとか言ったか。この身体の元の持ち主はどうなった。 死んだのか?」
「死の定義がよくわからないが、おまえが弾き出したのだから、死んだとも言えるが……そこに居る」
「そこ?」
俺の少し上方を指した。
「何もありはしない。天井しか……」
余りにも自信ありげなので、目を凝らす。すると宙にぼんやりと何か見えた。慌てて瞼を擦ると、よりはっきりと見えてきた。半ば透き通った虹色の球体が浮かんでいる?
「何だ、あれは?!」
「ふっははは」
「何がおかしい!」
「霊体、人魂。呼び名はいくつかあるが、半時間前は、おまえもああだったのだ。覚えていないのか?」
「なんだと。しっ、知らん!」
死んだ後、この世界に残っていれば、ああなるのか。
「その辺りが、超越者には成れぬところだな。まあ、いい。ああ、アンドレア、その姿では、こちらには因果は及ばぬぞ」
魔女は、宙に浮かぶモノに話しているのか?
「自らの形を、念じて創れ。できるはずだ。そうだ、その調子だ」
むう。
球状だったモノが、徐々に突き出た箇所が生まれ、まるで人の形を紡いだ。
───ふう どうなるかと思った
「しゃべった!?」
───ボクの声が聞こえるの?
「あっ、ああ……」
───誰? なんで ボクの身体に……乗っ取ったの?
「乗っ取った?」
信じられん。確かに、この身体は、顔も身体も俺のものとは違うが。
「ほう。流石に元の持ち主の声は、聞こえるのか。この男は、ルサンドロ・セレマスという。元は、おまえの曾祖父、アダマン・ギュノスに殺された男だ」
───曾祖父?!
「ああ、そうだ。おまえをこの身体に残すつもりだったが、儀式を前倒ししたのでな。先祖の因果だ。あきらめろ」
───あきらめ……いぃやぁぁぁ!
「うるさい。消滅させるぞ。いいではないか。どのみち、男に変えられるぐらいなら、死んだ方がマシと思っていただろう」
───なぜ それを
「アンドレア。アンドレアスとして生きるのは辛いぞ。あぁぁ紛らわしいな。ゼルガスが迫っているのだ。こいつは早晩、戦死するやもしれぬ」
ゼルガス───
そうだ。ギュノス領は、危機に瀕している。これは元の持ち主の記憶か。
「はっはっは。ざまあみろ。ギュノスなど滅びれば良いのだ」
───なんてことを言うのよ!
「ふん。戦果を上げた傭兵を騙し討ちにして、レブロンの外町を焼き、この俺を殺したんだ。滅びて当然だ」
───何を言う! 伯爵領都を焼いたのは 不逞傭兵共よ
「はっ! 傭兵が町を焼いて何の得がある?」
───領主こそ 得はないわ!
「アンドレア。こやつの言った通りだ。勝手に住み着いて、税を納めぬ者達だ。それらを追い払い。新たな町を建てるために、おまえの祖先がやったのだ。風向きを勘案してな。レブロンの今日の繁栄は、そこに由来するのだ。あっははは」
人が悪そうだな。魔女だったか。ふん、そうか、レブロンがな。
───そんな ばかな 信じられない なんでこんなやつに 身体を返してよ!
「そうは、いかん! 男になったからな、もう俺の物だ」
「ああ。私にも、そう簡単に入れ替えることは適わん」
「ほう。ならば好き勝手にやらせてもらう。わざと負けるのも悪くない」
「そう簡単にはいかんぞ。ギュノスが負ければ、草の根分けて、おまえを探し出し、殺すだろう」
魔女は、冷笑を浮かべている。
「構わん。どうせさっきまで死んでいたのだからな」
───ちょっと あんたが死んだら ボクはどうなるのよ!
「知ったことか! 俺の願いはギュノスへの復讐……願ったり叶ったりだ」
「小さいな。100年以上も恨みを消さず、滅びないおまえを買っていたが。肝が小さい」
「なんだと!」
「おまえを殺したギュノスの財産、名誉、全て奪い取って、欲しいままにしてこそ復讐だろう。仇が余人に負けて滅ぶことをよろこぶなど、復讐ではない。ただの傍観だ。美学を持たぬ俗物に過ぎん」
「美学……」
「おまえの復讐とやらは、そんなちっぽけなものか? 自らを殺した以上に、移民とはいえ罪のない数百の住民を焼き殺した男爵に怒っていたのではないのか!」
ぐっ……。
「ああ、あの男爵を領主などさせておけるものか! そう思っていたさ」
「負ければ、貴族だけではない。民が蹂躙されるのだ。そうなれば、おまえは、アダマン・ギュノス以下だ」
「馬鹿な!」
「ならば、おまえが取って代われ、伯爵など生ぬるい。国ごと盗んでやれ」
「国を盗む!?」
「ああ。貴族など皆同じようなものだ。町を焼けと唆した者が居るのだからな」
「なんだと」
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