4話 陰陽反転[TS](1) 弾かれた者
映画で言えば、アバンタイトルが終わり、本来の物語開始時点に戻るのが4話です。
陰陽反転、今風に言えばTSですが、ただのTSではないです。
>>>アニー視点
───こんなところで寝ちゃって しょうがないわね アンディは
ボクを こんな境遇に陥れた 黒い魔女も付いてきた。
「寝かしてやれ。2日も寝ていないのであろう……ん、なんだこれは」
男が突っ伏している机に近づくと、革装丁の帳面を持ち上げた。
───ああ それ日記だから ちょっと読むなんて 悪趣味よ ランゼ先生
「ふん。悪趣味でない魔女など居るものか。日記だと? おまえはは、この珍妙な文字が読めるのか? この辺りの国が使う文字とは、どれとも違うが」
───もちろん ボクはアンディの 心の声が聞こえるからね 書いた文字からも伝わってくるわ
「では、念じながら読んでみよ。さすれば私に伝わる」
───お断りよ 何でボクが 片棒を担がないといけないの
「ほう」
───そもそも 先生は アンディの記憶が 読めるんじゃないの?
「読めるのは、記憶にあるできごとだけだ。気持ちまではわからぬ。ふん。私は帰る」
先生は、身を翻すと執務室を出ていった。
───日記ねえ なんで アンディは こんな物を書き始めたんだろう 読んだらわかるかな
角張った文字と、丸まった文字。それらが織りなす文章から、アンディの声が聞こえてくる。
たぶん、文字として書かれていない記憶すら、ボクの頭に流れ込んできているわ。
10月1日。俺は目覚めた。最悪の事態だ……この身体からボクが弾き出された日だわ。
最悪だったのは、ボクの方よ。文章から聞こえる声にしたがって、半月前の光景が蘇ってきた。
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「伯母上、お赦し下さい」
城の地下牢深く、石床にへたり込んだ母上とは異なる勝ち気な目が僕をにらんでいる。
「黙れ、アンドレアス! これが赦せるものか」
この殺風景な間と似つかわしくない、紅く艶やかなドレスに身を包む伯母上は、眦を上げて吼え掛かる。
「母子共々ギュノス惣領家そろって、私を、ミケーレ家を謀っていたとは」
「あぁ、姉様……」
「私が見抜かねば、アンドレアスを男だと、ずっと謀るつもりだったのか」
返す言葉がない。ボクは女だ。女なのにも拘わらず、この2年間、男だと世を欺いてきたのだ。ここで、伯母上を説得できねば、終わりだ。我が家が、惣領家から転がり落ちる。
「伯母上……次兄が早世し、長兄もまた流行病で亡くした今……」
我が家には、もう男子が居ないのだ。
ギュノスは武の家だ。女子が嗣ぐことは適わぬ。ボクを女と認めてしまえば、近く押し掛けくる分家……アナベル家、ネメシア家に惣領を代わらねばならぬのだ。そういう、しきたりだ。
「戯れ言を! 私が前から知っておれば、フランツ家を味方に付けることもできようものを。ベルクが攻めてくるまで、決断ができないとは。義弟殿は何を考えておる。それに縁談を取り持っている我が家は、公爵家に申し開きできぬ」
「女ではなく、男であればいいのであろう」
石床の先、闇の底から響く声。
暗がりから黒衣黒髪のまだ若い女が歩み出た。
「何者だ! その風体、魔の者か?」
「ふふふ……如何にも、ランゼだ。見知りおけ」
伯母は眉を顰めた。
「ランゼ? 名高きレイリアスの魔女だと」
「ランゼ先生には、アンドレアスのことを頼んであります」
「むぅ」
伯母が、いよいよ顔を顰める。
「その小娘には、半年掛けて我が秘儀を施してきた、男に換えてやる。黙ってあと1カ月待て」
女子爵に一歩も引かぬ胆力、恐るべきは魔女。
「1カ月だと。ははっ、5日とて待てぬ。分家筋が集まってくるのだ。今となっては、アンドレスが男子でなければ、やつらは跡継ぎと認めぬぞ。そうなれば、国人たちの抑えが効かなくなる。このアンドレアスを見せば、惣領家は終いだ」
しかし、ここ数年で、ボクの胸は大きく膨らんでしまった。お尻も。母上似の嫋やかでありながら女性の影が色濃く身体に出てしまっている。余程厚着を重ねなければ、男でないことは一目瞭然だ。この乳房が今では憎い。
「5日……だと」
修道院で魔法を学んだボクにはわかる。先生にはとてつもない魔力が秘められている。
「約定は8カ月、陰陽反転の達成だ。エルフリーデ殿、どうする。やめにするか?」
「ランゼ様。そのような……なんとか今宵限りで、その御力でアンドレアを男に換えることはできませぬか?」
「さあな。できるとも、できぬとも言えぬ」
「あっ、あぁ。そんな……」
「待て!」
伯母上?
「できると申すのか?」
「ああ。ただ、失敗する可能性も大いにある。次の新月に術式の焦点を絞ってきたのだ。それを前の月に前倒しするのだからな。とはいえ、もはや、術式の大半は被検体の中に組み上げてある。仕上げをして発動できぬとは……言わぬ。ただし、失敗すれば、被検体は死するやも知れぬぞ」
「そうか。ははっ、それは重畳」
「重……畳とは、姉上」
「妹よ。選ばしてやろう。この場で、その子の首を刎ねるか、あるいは、今日その陰陽反転とやらを試すか。儀式に失敗しても首を取る手間が省ける」
「ああ、姉上……」
「どうする。どちらでもいいぞ。ふふっ、そうか試すか」
「まだ、答えておりませぬぅぅ、ううっ、アンドレア……」
「ランゼとやら、儀式を済ませてしまえ」
「いいのか? エルフリーデ殿」
「……はい」
ボクの意思は。
「そうか。わかった」
「儀式とやらに、時間が掛かるのか」
「いや、3分。追加分を併せても5分で終わろう」
「では、このまま待つとしよう。早速始めてくれ」
そう。ボクに選択肢はないのだ。
身体も命も、ボクのものであって、ボクのものではないのだ。慣れたものだ。今日始まったことではない。2年前修道院を出て以来、あきらめてきたことだからな。
「被験者……アンドレア殿。その石の祭壇へ……その前に、着ているものを全て脱げ」
「はっ、はい」
魔女に命じられたままマントを外し、厚い上着とズボンを脱ぐ。
伯母上の、射貫くような視線が突き刺さる。
「はっ、はずかしい。見ないでください」
「ふん、何を言う。男好きのする躰ではないか。もっと早く、正直に私に打ち明けていれば、貴公子に娶せていたものを。早く全部脱げ」
「くっ」
そうはいかないのだ。男子が絶えれば、分家に惣領が移ってしまう。
羞恥と屈辱に塗れながら、胸当てを外し下穿きを下ろして、一糸纏わぬ姿となった。自然に右手が叢を隠し、左腕が胸を抱えた。
ランゼ師が後ろに来ると、拾い上げたマントを祭壇に被せた。そして、ボクの肩を押した。
気が付くと、頬を涙が伝っている。鼻をすすり上げて、おずおずと祭壇に両手を突き、右足を上に乗せると、身体を横たえた。
「いいだろう。始める。膝を曲げて、足の裏を祭壇に付けよ。手の平もだ」
なんということを、この人は言うのだ。死するより恥辱。だが、したがうより他はない。沸き上がる嫌悪を、かろうじて押さえ込み、足を引き寄せ膝を立てた。
「くぅ」
足の裏と手のひらを、マントの上から祭壇に付ける。
「観念せよ」
魔女が手を振った。
「ぬっ、身体が……」
一瞬にしてひどく重くなった。ひざが開いて……反射で膝が伸び……ない。手と足が、祭壇に貼り付いている、動かない。重みが。内股を擦るようにして抗する。
ここに男が1人でも居たら、背筋に幾度も怖気が駆け上がってくる。
「アウゼヴゥ ドコルゥガ アゼムディーテ …………」
呪文。魔女が表情ひとつ変えず唱え続ける。
床が眸と紅く輝きはじめた。
前回は、魔女が創る魔法円の中で立って居ただけだ。今は見えないが、魔紋が光っているのだろう。天井が朧気に照り返している。
魔法円の中、祭壇に繋がれて。これでは、まるで生け贄ではないか。
「…… ヴァスヅ ディルファイ ズド デ アルケス アルケス アルケス」
「おお、これが。秘儀なのか」
伯母上の声。
床の朱が目映く輝き、吐く息とともに魔力が消え、吸う息とともに新たな魔力が取り込まれる。ボクを造り替える気だ。そう、陰陽反転。
「むう。消えた」
終わった?
いや。魔女の巣喰う底知れぬ魔力が、いまだ消えてはいない。
今宵の分が終わっただけか。頭上から魔女にのぞき込まれた。
「もはや引き返せぬと知れ、最後の儀式だ」
とうとう、この身体を喪うのか。忌まわしくも誇らしい体型を。
いつのまにか、光が失せていた。明々とした灯火を石壁が照り返している。
「シーセム アンドレア ギュノス ゼ インバーセム ズ デリア …………」
黒衣が翻る音に紡ぐ言の葉が重なっていく。
「リバーセム ズ デリア ルサンドロ セレマス シーセム アルケス アルケス アルケス」
むぁ、身体が火照る───脚が。
葡萄のように、肌が点々と膨らみ、身体の中を蛇がうねるように蠢く。
あぁ。火のように熱い。それが昇ってくる。
腹が、胸が、腕が。まるで意思を持つように、うねくる、終わりだ。
ボクがボクでなくなる。
嫌だ、嫌だ───
「むっ。アンドレア、股を開いて受け入れろ。死ぬぞ」
「こっ、断わっ、ガァァアア」
目の前に、火炎が渦巻く。ヒトノカタチが入ってくる。
脚が、全身が痺れて。
瘧のような震えとともに、意識が───
†
「これでギュノスは救われる。あはははは……」
嬌声が聞こえ、気が付いた。
頭に霞が掛かったようで、ふわふわと、まるで浮かんでいるような心持ちだ。
全身が焼かれる痛みを感じて、どれくらい経ったのか。
目が開いているのか、いないのか、薄暗い部屋が見えた。
これって───
石の祭壇だ。その上に布があって、素っ裸の男、それも若い男が横たわっていた。
誰だ……
男にしては色が白く、華奢だが胸は平らで、股間には男らしい象徴がある。
誰なんだ?! 意識を奮い立てると、昏い中にようやく顔が見えた。
なっ! その相貌は、目をつぶっているが、紛れもなくボクの顔だ。
アンドレア・ギュノス。
そうか。儀式がうまくいったんだ。男になった……待て。
なぜだ、なぜ見下ろしている。ボクはどこにいるんだ?! なぜ、アノ中に居ない?
夢───
いや、ちがう。
「寝たふりは、やめろ。ルサンドロ」
ルサンドロ? ああ、魔女の声だ。
声の響きが消える前に、横たわるボクの目が開いた。
誰だ! あれは誰なんだ。あまりのおぞましさに意識がなくなった。
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