3話 ロウソー砦夜襲(3) 夜襲
3話連続投稿の3話目です。
今話で、ひとつめのエピソードが完結します。
明日も投稿します。
ブックマークと感想を是非お願いします。
固有名詞が多めなので、概略のまとめを。
●アンドレアス・ギュノス
ギュノス伯爵家3男にして、現在の嫡男。主人公。御曹司。アンディ。
●アニー
小妖精(?)。主人公に付き従う。
●マンフレッド
主人公の側近(頭)。
●サラ
ラマーゾ族の女戦士。
●ギュノス
伯爵家(主人公の家)。領地の名。
●ゼルガス
伯爵家。ギュノス伯爵と長く紛争している。ギュノス伯領の南方に接する。
●ラマーゾ
国人領主の名、中立の小民族。ギュノス伯領とゼルガス伯領の間のレーズルの森に棲む。女性だけの民族で、傭兵にて経済を立ているが、謎が多い。
林の中で夜を待ち、月明かりを頼りに進んで来た。
先行するラマーゾ族の若き女戦士が止まった。
「ドゥ……」
手綱を引き絞ってラマーゾが貸してくれた馬を止める。
「この先、数分も進めば、森が切れる。ロウソー村は目と鼻の先だ。ここから先は、引き返せないぞ。それでも行くのか? アンドレアス」
手に持った篝火を、我に突きつけた。自分より1歳歳下と分かったら呼び捨てだ。
「臆したか、サラ」
「ふっ! ラマーゾに向かって、よく言う。革鎧を貸しているのだ。見つかった後に引き返しても、ベルク2万の兵が、我が部族へ刃を向ける」
それはそうだ。密林の民、表裏比興の傭兵部族たるラマーゾ族も、これで完全にゼルガスの敵となる。彼女達も伸るか反るかに違いない。
「臆してなどはいないが、巫女媛の託宣がなければ、味方などしない」
孫と言っていたが、よほど族長の覚えがめでたいのだろう。レーズルの森を抜ける案内に留まらず、サラをはじめとした戦士8人と、馬に武具、それに皮鎧まで貸してくれた。あの代償というか交換条件も呑まざるを得ないだろう。
「2万か」
ゼルガスとの睨み合いを続けること、既に半月───
さらに1万を超えるベルクが増援に来て1週間。我が軍が崩壊に至っていないのは、ここから4、5キルメト(≒km)ばかり西にある、山間を遮るサーメル関に拠っているからだ。とはいえ、そう長くは続かない。さらに西にあるサブラク伯爵領を抜けて、関を迂回する調略が掛かっている情報は複数ある。
「多勢が必ずしも有利とは限らん」
「ほう。女のような顔だけあって、肝は据わっているようだ。気に入った。敵と遭っても、けして声を立てるな、俺に任せておけ」
褒められているのか。ラマーゾ特有な考え方だが、うなずいておく。
───女のようって 元が女なんだから 仕方ないでしょ
サラは訝しげに首を巡らしたが、手綱を扱いてゆるやかに駆けだした。
気付かれるぞ……声には出さず、念じると宿主のささやきは途切れた。
「マンフレッド。おまえたちはここで待て」
「御曹司。お気を付けて」
「隊列を整えろ。行くぞ」
女戦士の言う通り、数分も馬を走らせると、木立が開けて地面が固くなってきた。
よくもまあ、あの密林を通り抜けられたものだ。尾根筋からこちら、視界を遮る森、木々の間を網目のように流れる川に沼、有害なガス溜まり、馬の膝まで埋まる枯れ葉の谷。それらを避けた一筋の道。彼女達の案内がなければ、森を抜けることは叶わなかっただろう。
やがて、集落に差し掛かるが、粗末な住居や小屋のいずれからも灯は漏れず、人気はない。常足から速歩に移り、下り勾配を行く。
もはや、ゼルガスの領内の真っ只中。いつ敵が現れても不思議ではない。
ピリピリと戦の匂いが鼻に刺さる。サーメル関では味わわなかった戦慄が、数ヶ月ぶり──暦の上では百数十年ぶりに戻って来た。
徐々に道が広くなっていくにつれ、勾配はなだらかになった。
───やはり この先に伏兵が居る
再び脳にささやきが聞こえた刹那、急に目映い光が馬上に射した。龕灯──
「どこの隊だ!」
誰何の声。10人ほどの歩兵が槍を構えていた。
「我らは、ラマーゾだ!」
サラが野太く返す。
「ラマーゾ……」
サラだけでなく、我にも複数の龕灯の灯が当たる。
「確かに、女ばかりだが……ラマーゾが、なぜ、ここへ?!」
この警備兵に見つかることは、承知の上だ。だから、側近たちは森の際で伏せさせたのだ。
「なぜだと? 知れたこと! 苦情を言いに来たのだ!」
「くっ、苦情?!」
おそらくは、歩兵の小隊長だろう。彼の顔が引き攣った。首から紐で笛を下げている。あれを吹かれると厄介なことになる。
「ああ。ゼルガスとラマーゾは、代々続く良好な間柄を作ってきた。貴殿も知っておろう」
「それは……知っている。こっ、今回はベルク様のご意向で、ラマーゾには依頼を出さなかっただけだ」
ほう。
「そのことではない」
「では?」
「不可侵の約定を反故として、我が縄張りたる、後の森に手を出したことだ。樹は切らぬことになっていたのに、数十も倒したそうだな。どういう了見だ? 返答によっては、ゼルガスに今後一切手を貸さぬと、族長が仰せだ」
「むっ。それは、ベルクの守備隊長の……ああいや」
「守備隊長の命令か?」
「むむむ」
───筋肉だけかと思ったけど 侮れないわね この女
『そうだな。そろそろ始まるぞ。中に入って、耳を塞いでいろ』
───くっ いや 負けないわ 外に居る
『そうか。好きにしろ』
「勘弁してくれ。我らラマーゾの族長はお怒りだ。おかげでこの夜分に、押し掛けねばならなかった。文句を言っても、樹は戻らぬ事は分かっている。だが、このままでは収まるものも収まらぬ。そなたにも悪いが、守備隊長のところまで案内してくれ」
ふむ。話の持っていき方がうまい。潜在的な味方と思わせる。
「むう。致し方ないな。しかし。この人数を連れていくわけにはいかん」
「わかった。先頭の5騎以外は、ここで待たせよう。下馬せよ」
「ああ、助かる。それと……隊長は、この時分は酒を飲んでいるから、癇癪を起こさないでくれ」
「ふん。ベルク兵はのうのうと酒を呑み、ゼルガスの者達が夜警とは」
「そう言うな。あはっははは。ウッ、グア!」
ゼルガス兵が振り返って歩き始めた途端、サラが小隊長を後から、袈裟懸けに斬り付けた。
それに連動して下馬した女戦士たちが、敵小隊を瞬く間に殲滅した、笛一声を鳴らさせることもなく。味方ながらに凶悪だ。
落ちた龕灯の内、燃え上がった物を踏んで消すと、健在の物を拾い集める。用意してきたが、鹵獲できた物の方が良いだろう。
「よし、こちらの篝火を消せ」
皆が指示にしたがうと、騎乗した。
「行くぞ」
急ぐことなく、常足で進む。
「アンドレアス」
「なんだ?」
「砦が本当にあるようだな」
「ああ、ある。この先だ」
「大した自信だ。あの男嫌いのおばば……族長が高く買っているから、手引きしてきたが。ここからは俺の意思で乗ってやろう」
「我は、あの里から出た時から、サラに命を預けているがな」
彼女は、にぃと凄惨な笑みを浮かべた。
それからは無言で進み。村の開けた場所へやって来た。
ここだ。
3日前、アニーの目を通して見た、風景があった。間違いはない。
逆茂木と土塁が立ちはだかり、上部には木の柵が張り巡らされている。
土塁を回り込むと、まずは櫓が、そして北側の門が見えた。背後から乾いた風が吹き抜けていく。我が手を振ると、皆一斉に下馬し、サラから龕灯を受け取る。
前掛けを外すと、四角く振った。
すると、跳上式の柵のような門が手前に持ち上がっていく。数日前の再現だ。
櫓の上に1人。その下の詰所に、6人。
緩みきっている。遠征疲れと滞陣がそうさせたのか。前線から大きく離れたここまで、敵が来ることはないと高を括っているのか。門が上がり切ると、ゆっくりと馬を牽いて中に入る。
直後、シュンと風を斬る音───
櫓の上から塊が落ちてきた。
敵兵だ。喉笛を射られている、凄まじい弓の冴え。そして、サラと徒となった兵が、門脇の詰所に突入。物音が起こったが1分と経たず鎮まった。
血飛沫を革鎧に受けた、サラが出てきてうなずく。
準備は整った。
守備隊の本詰所は、拠点の対角、南側正門の近く。
異変に気付いても、ここへ到達するには数分掛かる。その間があれば、これからの工作には十分だ。
皆はうなずくと、龕灯から消していた松明へ火を移す。火を大きくするとそこから、それぞれが矢を差し出す。鏃には油を含ませた布を巻き付けてある。
ゆらゆらと長い炎が灯っていく。そして、互いの顔の造作が見えるように明るくなると、ゴウと風を切りながら、炎が弧を描いた。
詰所の通路脇には、急拵えの粗末な小屋が並び、それだけで足らないと、うず高く積まれた俵に筵を被せた塊が点在している。
そう。ここは、ベルク軍の物資集結拠点だ。公称2万もの兵の胃袋を満たし続けるために、これだけの物量が一旦ここへ集められ、前線へと運ばれていく。3日前にアニーの偵察で確認してあった。
我らは隠密裡に急襲し、火攻めをしているのだ。
目標に火矢が次々と突き刺さると、折からの北風に煽られて燃え上がっていく。皆が何巡か射るとそこかしこが真昼のように朱くなって、頬が熱くなった。
燃え上がる炎をよそに、背筋が凍り付く。
灼け付く熱波を受けながら、我の血の気が消えていく。
「アンドレアス!!」
酸い何かを吐きつつ、前に出てきた影を逆袈裟に斬った。
「大丈夫か!」
怖気が、右手の剣から滴る血潮を見て昇華していた。肩を掴んだ女戦士を見る
「ああ……」
笑って進撃する女戦士の背を追い、再び顔を振って吐き出す。
異変を感じて敵兵が飛び出してくるものの、散発的だ。容易に切り伏せる。
そして、進んでは火矢を放ちを繰り返すと、もはや手の付けられない火勢と燃え広がった。鼻の奥を突くように黒々と煤煙を上げている。
火の輝きは、周りに点在する拠点からも間違いなく見える。1時間と待たず駆け付けてくるだろう。ここでグズグズと見届けるわけには行かない。
「撤退! 撤退だ!」
燃え盛る拠点を目に焼き付けると、転進。炎の壁の隙間を縫って、拠点の外に出た。そのまま数百メト(≒m)離れるまで駆ける。振り返ると紅蓮の炎が燃え盛り、上空へ向けて渦を巻いていた。
もはや周囲の拠点から、如何ほどの兵が駆け付けようと、燃え尽きるのを待つしかない。
そのまま密林へ入り込み、追っ手を絶った。
†
夜が白むのを待ち、早暁と共に密林を抜けて、午前中には我らが拠点サーメル関まで駆け戻った。
「御曹司。お戻りなさいませ。その者は? ラマーゾですか」
ラーゼフに出迎えられた。彼の顔は引き攣っているが、我は手を挙げただけで、そのままサラを連れて自室に入る。
「この者はサラという。我の側室とした。しばらくは客分として扱え」
「側室……ですか」
果断なラーゼフが目を白黒させている。
ラマーゾ族長の交換条件だ。領地安堵より、人を送り込むことを望むということだ。
「客分とは?」
女戦士の目が吊り上がった。
「安心しろ、ただ段階を踏むだけだ」
数秒睨み合ったが、うなずいた。
「サラに部屋を与えよ」
彼女は執務室を辞したが、ラーゼフが詰め寄ってきた
「側室はともかく。夜半に戻って来た者から、ロウソーを襲うと報告があり、その方向が赫赫となり煙が上がっておりましたが、敢行されたのですね?」
「ああ、大量の食糧が集積されていた。かなりの部分が焼けたはずだ。後は任せる」
「承知しました。ロウソーの件は、影鷲の者に探らせます」
「ディラックには、もう命じてある」
ラーゼフは、一瞬眉を上げたが、敬礼して引き下がっていった。
ふう、一段落か。安心したせいか、睡魔が襲ってきた。
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