2話 ロウソー砦夜襲(2) ラマーゾの里へ
3話連続投稿の2話目です。
女だけの民族ラマーゾの里へ突入です。
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固有名詞が多めなので、概略のまとめを。
●アンドレアス・ギュノス
ギュノス伯爵家3男にして、現在の嫡男。主人公。御曹司。アンディ。
●アニー
小妖精(?)。主人公に付き従う。
●マンフレッド
主人公の側近(頭)。
●マシマ
ラマーゾ族の傭兵部隊の取次。
●ギュノス
伯爵家(主人公の家)。領地の名。
●ゼルガス
伯爵家。ギュノス伯爵と長く紛争している。ギュノス伯領の南方に接する。
●ラマーゾ
国人領主の名、中立の小民族。ギュノス伯領とゼルガス伯領の間のレーズルの森に棲む。女性だけの民族で、傭兵にて経済を立てているが、謎が多い。
どこをどう辿ったのか、恐ろしく入り組んだ川を1時間以上進むと、木造の小屋がいくつか建っているのが見え、やがて船着き場へ横付けした。
岸に降りると、まわりをびっしりと女たちに囲まれた。こちらへあからさまな敵意を見せている。
「御曹司」
側近たちが我を囲んで、一触即発の気合いを見せる。いずれもギュノス子飼いの、下級であるが貴族子弟だ。流石と言うべきか。しかし、囲んでいる者達は本当に女ばかりだな。大体が若い。ただ身に着けるものは、大まかに皮鎧か、色気のかけらもない麻布性の長袖、長ズボンだ。
「皆々、ギュノスの若君であらせられる。粗相のなきように」
殺気は消えなかったが、ジリジリと下がっていった。この女は、族内で意外と高い地位のようだ。
「族長の元に、ご案内いたします」
船着き場を離れ、木立に挟まれて見通しが利かない道を歩く。
「マシマ」
「なんでしょう」
「舟が随分迂回していたようだが、我らに道程を覚えさせぬためか?」
アニーが上空から俯瞰した視界は、我と共有できる。見ていると真っ直ぐ進める水路も、右に左に曲がって、船着き場にたどり着いたのはわかっている。
「それもありますが。水路が続いていても、瘴気が漂っており、通れぬところもございまして」
「ほう。そうだったのか」
───瘴気って?
『火山性のガスだろう。さほど鼻を突かなかったから、亜硫酸系ではないようだが、猛毒かもしれないな』
「瘴気の中を進むとどうなる?」
「そこに居た時間にもよりますが、命を落とします」
───前から思っていたけれど アンディって物知りよね どんな傭兵だったのよ?
『気にするな』
───気にするなって 言われても
「まもなくです」
急に目の前が開けた。
「おお。森の中に、こんな集落があったとは」
マンフレッドがつぶやいた。同感だ。
板張りの壁、茅葺きの屋根。土が露出し清潔な通路。
何人住んでいるんだ。一目で数十人ではないとわかる規模だ。数百……いや千を超えるかもな。
───また 空から偵察する?
『やめておけ。この里は嫌な気配がする。良いと言うまで、我の中から出てくるな』
───そうね なんか寒気がするから 入っているわ
鱗粉のような光を撒きながら、我の胸元から中に入っていった。あの魔女も、入れば感知しづらいと言っていたから、少しは安心だ。進んで行くとやがて足元の礫が大きくなり、上り勾配へとなった。突如断崖が目前を阻む。
「族長は、この中におりまする」
指し示す先に石造りの建物があった……さほど大きくないが、石積みが斬新だ。まるで切込接ぎだ。この密林の中に、こんな物が。
ラマーゾとは何者だ。
「大変恐縮ながら、お供の方はこちらでお待ち下さい」
「貴様、御曹司から離れよと申すか?!」
「マンフレッド」
「はっ!」
「我ら……いや、我に危害を加えるならば、ここまでに幾度もできたはずだ。ここで待て」
「はっ、ははぁ」
取次役と共に中に入った。いくつか部屋はあったが、人の気配はない。
こんな広かったか?
徐々に暗くなっていく。何か、臭うな。陶然となりそうだ。
「族長の居所にございます」
あの壁、そうか。ここは、建物の中というよりは、崖に喰い込む洞か、何かだ。
油皿の灯火が、ちらちらと揺れる。
椅子もテーブルもない。部屋には、床に絨毯を敷き、そこに座っている者が2人。奥に姿勢はいいが顔は相当年配の1人。左に被り物をしている若そうなのが1人。前者が族長なのだろう。
身に着けたものは、麻布の服だが、多くの首飾りを掛けている。
「族長。ギュノスの御曹司、若君にございます」
目が悪いのか、瞼を薄く開けて我を見ている。
「ようこそ。ラマーゾの里へ」
族長は額に指を当てると、息を吹いた。
「アンドレアス・ギュノスだ」
「御曹司。ここではそちらの敷物の上に座ります」
「ああ」
マシマに促されて、綱を渦巻状に巻いた物の上に座った。
「さて、我の用件は後にしよう。サーメル関に来たマシマは、族長も我に会いたいと言った。そちらを先に済ませてくれ」
「では。会いたい……顔を見たいと言い出したのは儂だけではない、そちらのルリでな。儂よりもよく占う巫女じゃ」
巫女。被り物で目元はよく見えないが、口元や顎はまだ少女だ。我と同い年、もしくはひとつふたつ下か。
巫女が一瞬笑うように見え、すっと息を吸った。
「新月の夜、星がぶつかって入れ替わりました」
新月───我がこの身体に取り憑いた、あの日ではないか。
「入れ替わったとは、何かの見立てか?」
「さて、占星術とは、すべて何かの見立てでござりますゆえ」
巫女は頭を下げた。
「ルリの占いを聞き……儂も見たが、確かにギュノスの衰運は底を打ったようであった。代わって、ゼルガスの凶兆が強まっておりまする」
「それは、我に対する甘言か?」
「戦においては駆け引きを弄するとも、天の思し召しは偽らぬ」
「そうか。占いが正しいとして、その原因が我だとなぜわかる?」
「わからなかったゆえ。部族の他は立ち入らせぬ、この里に招き入れもうした」
「そうか。ならば、我を間近にしてどう見るか?」
「眩しゅうございます」
目を細めていたのは、そのせいか。
「眩しいわけはなかろう。ここは暗い上に、我は、そなた達とさほど変わらぬ服の色だ」
「いいえ、目映うござる。若君は燐光を放っておられるゆえ。常人には見えぬでしょうが、この婆にはそれが眩しいのです」
「燐光」
もしかして、アニーが見えているのか?
「魂が、我らとは同じとは思えませぬ」
「そうは思わぬが。ところで、我と会ってどう見る。眩しいだけか?」
族長が、巫女を見る。
「一度お目に掛かって、どうなるものでも。これより始まるのでしょう」
「そうやも知れぬ。我らが言えることは、この辺り。若君の用件をお聞かせ願わしゅう」
「ふむ。では、我が願いを言おう。レーズルの森を通せ。サーメル関からではなく、この森から、ゼーガスの領内に入りたいのだ」
「ほほほ……さきほども申したように、他民族に森に入れたことは、こたびが初めて。それを通すなど」
「誇りが許さぬか?」
族長は、黙り込んだ。
「ラマーゾは独立独歩だそうな。それは良いが、時勢を見誤ってはならぬ」
「時勢……」
「そうだ。こたびはゼルガスがベルクに頼み、多勢を繰り出してきた」
「存じております。それでも御曹司は、緒戦に勝たれたと聞いておりますが」
「緒戦に過ぎぬ、それよりもだ。我がギュノスが敗れれば、レーズルの森の周りは、ゼルガスに囲まれるぞ。国人を冷遇するゼルガスにな」
「むう」
「それは、独立独歩ではなく、ただの孤立だ。傭兵を出している以上、森だけでは立ち行かぬ事は分かる。そうなれば……」
「ゼルガスとベルクの黒幕が、我らを窒息させると」
ふむ。理解しているようだ。
「ならば、我に進んで協力すべきではないか?」
族長は、深い眼窩の奥を瞬かせた。
「御曹司」
後だ。
「なにかな? マシマ」
「関にいらっしゃる貴軍が、仮にこの森を通り抜けたとして、多勢に無勢は変わりません。そして、ラマーゾはこの地を喪うでしょう」
マシマを振り返る
「それに貴軍3千が通り抜けるのは、そもそも無理。舟が足りませぬ」
「我と外に居る者だけでは、いささか心許ないが、抜けるのは数十で構わん。その数ならば、そなた達ラマーゾの協力のもとに抜けるのは可能であろう。そうでなければ、我らにも、ゼルガスの情報は入ってこないはずだ」
マシマは、ようやく黙った。
「たった数十人……若君、通り抜けておいて、ゼルガスと戦わぬと言われるか」
「お婆様。何が狙いなのかわかった気がします」
「なんと」
「ゼルガスの大軍に挑まずとも、死命を制すことはできる、そうおっしゃるのでしょう」
ほう。ただの占い巫女ではないのか。
「うむ。敵が守らぬところを攻めるつもりだ」
「少々、お待ちください」
巫女が横を向いた。小さい盤のようなものを指で扱っている。占いか?
手が止まった。
むっ! 何かの発作のように、全身を震わせた。なんだ?
「〜〜〜 刻は 在 〜〜〜」
「今じゃと」
「満月にござりますれば……今宵を逃して上首尾は非ず」
「ルリよ、この若君の願いを叶えよと申すか」
「いえ。占果を申しました」
族長は、また額に触れ、長く息を吐くと目をつぶった。
「よろしい。若君とお連れを、今宵森の南まで案内いたしましょう」
「今宵……」
「協力せずに居られぬとは、まこと当を得たお言葉。感服しました。ただ、ラマーゾは占果にしたがう衆にございますれば。否やとおっしゃるのであれば、このままお帰りください」
「ふむ」
「人が足りぬとあれば人を、馬が入り用であれば、それも貸しましょう」
「ありがたい話だ。それで、我らギュノスに何を望む?」
只で協力をするはずはない。しかも、ギュノスとゼルガスに挟まれたラマーゾだ。現時点においては、我が方が寡兵。それに味方するのだ。
占いの結果かもしれないが、相当な覚悟がいる。その代償は如何に。
「ならば申し上げよう。安堵令のごとき紙切れではなく……」
†
「御曹司!」
「ご無事で。ようございました」
族長の居館を出ると、側近たちが駆け寄ってきた。
「マンフレッド」
「はっ」
「今宵、夜襲を掛けることにした」
「夜襲……」
顔を引き攣らせて、辺りを伺う。
「案ずるな。攻めるのはゼルガスだ」
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訂正履歴
2026/10/13 誤字訂正 (gakuさん ありがとうございます)
2026/10/14 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




