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取り憑かれた伯爵家御曹司 国を盗む  作者: 新田 勇弥
1章 ゼルガス戦役

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10/11

10話 敵陣を見ゆ

陣地戦は3Kになりがち。

 分家の叔父たちが帰ってから、ブランドルの支城を馬に乗って出た。

 のどかな風景は変わらないが、街道は寂れたものだ。ゼルガス伯領との交通が遮断されているからな。何かの瓶を積んだ荷馬車一両と擦れ違ったが、あれはどこから来たのか?


───へえ 騎乗が様になっているじゃない 家名持ちなだけあるわね


 小妖精(アニー)が、馴れ馴れしく僕の周りを飛んだ。

『セレマス家は男爵だ。我は庶子だったから、家を出たがな。馬ぐらいは乗れる』


───それで 傭兵ね


『それしか、能がなかったからな。家に居て我慢すれば、歴史家に……未練だな』


 近づいてきた。

 サーメル関の偉容が見えてくる。高さ6メトばかりの壁が視界を覆ってくる。岩山が途切れた間隙、つまりは馬の鞍状になった部分を壁がずっと埋めている。壁は途切れなく、両端はそのまま岩山に届いて、壁に穿たれた門以外に通ることはできない。

 要はこの200メトばかりの壁で、ギュノス-ゼルガスの領地間を遮っている。岩山を大きく回り込もうとしても、東はレーズルの森が、西はウエント湖が行く手を阻む。

 ここサーメルの地は、要害の地ということだ。


 街道を進みさらにサーメル関に近付くと、簡素な木の柵が設えられている。

 兵たちに敬礼を持って迎えられ、関の敷地内に入る。


 柵を過ぎると小屋が無数に建ち並び、それでも足らぬと見えて、布製の天幕も並んでいる。常備以外の兵たちがここで寝起きしているのだ。長引けば士気は間違いなく低下する。それは敵も同じだが。 

 それらの並びが切れ、壁まで100メタ程、何もない荒れ地が開いている。

 なるほど。壁に隣接させれば、向こう側から火矢を撃たれて燃え上がるからな。それを避けているのだろう。

 いよいよ城壁が近付いてくると、日干しレンガの建物が多く建ち並んでいる、官舎だな。古くは見えないから、サーメル関をギュノスが奪ってから、建てたのだろう。


 壁を目前にすると、ものものしさがいや増す。

 壁の上にも何十人もの兵の姿が見える。よくこれを攻める気になるものだ。頭上から弓で射かけられるのは間違いない。それを防ぐ手段なしに、仕寄って壁に取り付くのは至難の技だ。


「ここだけは立派だな」

「はい。大門ですので」

 視線を下ろす。その先は徒で付いてきている側近たちだ。


 大門。

 すこし離れた壁面は日干しレンガだが、ここの周りは、石と焼成レンガで作られている。

 扉は太さ30セルメトの年代物の乾燥しきった角材が、黒鉄の金具で締結されている。相当に頑丈そうだ。

 門の上は倍ほどの高さがあって、小さな楼門になっている。


 大門は街道沿いにあるが、岩山に接する手前にも小さい塔がある。

「あれは?」

「小門です。小振りの門がございます。あちら側にも」

 左……東側を見ていたが、西の岩山に至る手前にも小さい塔が見える。

「それぞれへ、分家勢に入ってもらっています」

「そうか」

「御曹司。こちらで」

 宿舎の手前で、下馬した。


───ん?


『どうした?』


───うぅむ……


 木の柵を越えたあたりから、アニーが具合が悪そうな念を送ってきて、我の身体の中に消えている。


 ラーゼフと、身形が良い将校だろう者たち10人程に出迎えられて、宿舎に入る。

「こちらです」

 廊下を通り、歩哨が控える扉を抜けて、部屋に入る。

 2、3人は寝起きできる広さだが、机と椅子、木のベンチがあるだけだ。

「御曹司には、この部屋を執務室として使っていただく予定です。いかがでしょうか?」

「うむ。なかなかの広さだ。悪くない」

「承りました」

 ラーゼフが出ていった。


「しかし、いささか殺風景ですな」

 マンフレッドの言う通り、調度が少ない。

「突然言い出したことだ。致し方ない」

「支城より、いくつか調度を運ばせます」

 質素というか簡素で好感が持てる部屋だが、それでは威信が保てないらしい。

「望楼に登りたい」

「はっ! 少々お待ち下さい」

 マンフレッドが執務室を出ていき、1人になった。


『アニー。どうかしたか?』

 嫌そうな顔をして出てきて、肩に止まった。


───うぅぅ 臭い 凄く臭い


『はっ? しばらく使っていなかったようだからな。多少埃っぽいが……』


───そうじゃなくて 男臭い……


『なんだと?』


───この部屋は まだマシだけど 廊下とか サーメル関全体が 男臭くて 鼻が曲がるのよ


 まあ、軍事施設だからな。

『どこでも、軍の駐屯地は、こんなものだ。我慢しろ』

 ここには、多くの兵がいる。兵は、領軍の正規兵だけではなく、国人の私兵も詰めているはずだ。それが、水浴びもできそうにないところで、密集しているのだ。臭うのは当然の帰結だ。


───我慢なんて できないわ 支城に居ようよ アンディ


『ふざけるな! そんなことを言うなら、おまえだけ支城に居ろ!』


───いやよ アンディと離れるのは なんか心細いし


 側近たちが、部屋に戻ってきた。

「御曹司。望楼へ参りましょう。その間に、我々が清掃いたします」


 マンフレッドに案内されて、大門の上の望楼に登った。

 高さは10数メタだろうが、結構遠くまで、支城からは、関が遮っていたゼルガス領が見える。荷車で登るのは辛そうな斜面を下りきると、数百メトは平地があるがあるものの、南へ向かう街道を除いて、背後に森がある。


───はぁぁ よかった ここは臭くないわ


 アニーが、我の中から現れ、一周回ると肩に留まった。ここは風が通る。

『臭いと言うが、アニーは呼吸しているのか?』


───していないわ……でも臭うんだもの


 難儀なヤツだな。さて、地形は把握できたが。正面を見据える。

「マンフレッドは、ここに来たことがあるのか?」

「はい。父と支城に数週間詰めたことがございます。その時に」

「そうか」


───彼は 男爵の3男坊よ 若いのに剛毅で 膂力もあるのよ


『アニーの好みか?』


───そっ そんなことは 言っていないでしょう!


 図星らしい。ギィとはしごの軋み音が聞こえた。下から誰か来た。

「御曹司。こちらでしたか」

「ラーゼフ。敵の配置だが、中央はゼルガス兵だな?」

 正面の下り勾配斜面。中程までは石畳となっているが、さらに下って平地と境、矢の届かぬ500メタばかり離れて木の柵が立っており、その向こうに歩兵の姿と陣幕などが見える。そのなかで、中央は首元に黒色が見える。ゼルガスは黒スカーフを揃って巻くと聞くが、あれらしい。

「左様です。ああ、御曹司。あまり前にお出になりませんように。伏兵からの狙撃の恐れがあります」


「敵兵の数は?」

「3千余りかと」

 今は、我が方が少し上回っているか。

 しかし、攻め込んで兵力を減ずれば、いずれ攻め寄せるベルクに対応ができなくなる。


 眼下も見る。壁のすぐ外は、逆茂木で固めてある。

 大門の櫓は、壁面から数段を掛けて敵前へ突き出ている。壁面の延長線上から出っ張った部分は、石の色が新しい。ラーゼフが奪取してから増築したのだろう。

 なるほど、横矢か。


───横矢?


『壁面に取り付いた敵兵を攻撃するための形状だ』


───へえ よく知っているわね それも傭兵の常識ってヤツ?


 いくつもの弩。それと投石器で飛ばすのであろう拳大の石が積み上げられている。後で質したところ、兵が腕で投げる方が主力らしい。準備は万端というわけだ。ラーゼフは堅実だな。


「あれは?」

 東の塔になっているところの壁の下、その北側から、結構な勢いで小川が流れ出ている。

「あれは、投石用の材料で、あれを割りまして……」

 小川の横に堆く岩が、積まれている。その先の岩山から採ってきたのだろう。

「それではない。その横の水だ」

「失礼いたしました。あの流れは、東の崖から伏流水が出ておりまして」

「伏流水か」

「はい。近くに炭酸水を産する泉に瓶詰め工場もあるぐらいで、ここの伏流水も飲めまする。おかげでこの地形でも、飲み水には困っておりませんが」

 ん? 微妙な顔だ。

「飲み水以外に、何かあるのか?」

「はい。水圧で壁を壊すことがございまして」

 ふむ。痛し痒しか。


「湯気が出ているが」

「人肌より少しぬるい程度の温度です」

 その向こうは深い森と、うっすらと噴煙を上げているレーズル火山が見える。

 地熱か。


「御曹司。そろそろよろしいでしょうか。領軍に分家と国人の隊長が待っております」

「わかった」

 下に降りて、執務室のいくつか手前の広間に入ると、軍服の男たちが何人も待っていた。支城で会った分家の2人に、後は惣領家の隊長と皮鎧の者たち。


───皮鎧は国人勢ね


「皆々に紹介する。今回の戦を総覧される、御曹司。アンドレアス・ギュノス様だ」

 皆が軍令を返した

「では、訓示をお願いいたします」

「アンドレアスだ。敵軍との対峙は、既に1週間となると聞いている。各位、ご苦労である」

 少しざわついた。


───ちょっと! 貴族は無闇に麾下を労わないで 対面が……


『修道院に居た割には、思考が貴族そのものだな』


───そうじゃなくて 変人って言われるし ボクでないと疑われるわよ


『それがどうした。変人結構! 我の好きなようにやる』


 ラーゼフが咳払いをして、隊長たちは居住まいを正した。

「我が着任したからといって、敵との間ですぐに何かが変わるわけではない。敵は我が方を挑発して関から誘き出して叩く。それを助けに行った隊をまた叩く。それが狙いだ」

 唸っているが反論はない。

「よって、ラーゼフの許可がない限り、どの隊であろうと、関から打って出ることを禁止する。出た者は味方といえど、頭上から投石と矢が降り注ぐことを覚悟せよ」

 辺りを睨み付ける。


「さて。こたび、ネメシア、アナベル両家の兵が加わった。国人勢も増えた。それ自体はめでたいが、放っておけば別の隊の兵同士で諍いを起こすであろう」

 120年経ったかどうか知らないが、人間がやることにさほど変わりはない。

 隊長たちが顔を見合わせた。

「言っておく。諍いを起こした者は厳罰に処す。ラーゼフ」

 懐から用意してきた紙を取り出し、こちらを振り返ったラーゼフに渡した。

「読み上げよ」

「はっ。陣中およびの集落の者共との諍いを許さず。如何な家中といえども、惣領家の目付が捕らえ、裁判にかけて、厳罰に処すものなり。ギュノス伯クリストフ代理アンドレアス」

 皆がこちらを向く。


「同じ文言で、高札を立てよ。いかなる家とて容赦はない。領軍、分家勢、国人勢の区別はない。徹底せよ。文字が読めぬ者には、言って聞かせよ。読めなかった、知らなかったでは済まさぬとな。取り締まりは、各隊から選抜した目付が実施する。目付には腕章を巻かせ、目立つように歩かせよ。よいな」

「「「「はっ!」」」」

「訓示は以上だ」

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。

Xもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya

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