11話 壺中天
壺中天……前方後円墳が壺中天という説を、youtubeで見たなあ。
お知らせです。
初期の展開を終えましたので、投稿間隔を持続可能ペースに致します。
当面、火曜日、木曜日、土曜日の週3回に投稿予定とします(平日は7時、土休日は9時を予定しています)
引き続き、よろしくお願いします。
午後となって、ブランドルの支城へ戻ってきた。
「お戻りなさいませ」
支城の城代が迎えてくれた。城代と言っているが、痩身で顔も細く軍人というよりは役人のようだ。サーメル関が健在な限り、ここは後方の物資集積点、ざっくばらんに言えば安全な大倉庫と呼んでも過言ではない。あとは、視察に来た貴族の宿舎の役割だ。おかげで、我に関する住環境は段違いに良いが、関とは早馬でも数分の距離が離れており、戦闘の指揮はできない。
玄関を通り抜け、私室に戻りながら話を進める。
「うむ」
「お茶のご用意をしております」
「支城に膠泥の在庫はあるか?」
「はい。城壁の定期補修用の物がございますが。サーメル関で何かありましたか?」
「防衛上の問題ではない。が、入り用になるはずだ。近くラーゼフより連絡を入れさせる」
「承りました。他にご用は」
「ない。次回から出迎え無用。他の者にさせよ」
「はい。では、失礼いたします」
城代は廊下で止まり離れていった。
───え? 何か造るの?
『ああ、楽しみにしていろ』
寄ってきた侍女とともに階段を上って、ようやく私室へたどり着いた。早速着替えだ。
「魔……ランゼ先生は、どうされている?」
レブロンからブランドルへ一緒に来た。
「数時間お見かけしていません。ご自身の部屋ではないでしょうか?」
「部屋というと?」
「廊下に出まして、右へ4つ目の部屋でございます」
「わかった」
───偵察してくる
『居たら教えてくれ』
我は、まだ着替え中だ。アニーはうなずくと扉ではなく、飛んで右の壁に突っ込んでいった。そして、何の干渉を受けることなく消えていった。しかし……。
───痛ぁぁ
ん?
しばらくして、アニーが戻って来た。頭を摩っている。
『どうした』
───それが 3つ先の部屋までは行けたのに 4つ先は何か弾かれるのよねえ
『壁か?』
───いやあ 少しめり込むから 壁じゃない気がする
「これで、ようごさいます」
侍女が離れた。一々礼は言わないのが貴族なので、満足そうにうなずくだけにする。
廊下に出ると、ランゼ先生の部屋に行く。扉にランゼと札が掛かっていた。ノッカーがあるので、それで叩く。
「アンディか、入れ」
なぜ、我だと……まあ良い。肩に止まったアニーとうなずき合って、扉を開けた。
ん? 声がしたのに、姿が見えない。
アニーが肩から飛び立って、部屋をぐるっと一周した。
───居ないわね
「こっちだ」
声の方を見ると扉がある。次の間か?
扉を開けると、我の部屋、の半分位の広さだろうが、寝室だ。真ん中に天蓋つきのベッドがある。しかし、やはりランゼ先生は居なかった。
「どこに隠れた?」
「ふふふ……」
右を見ると大きな姿見があり、ぼんやりと人の姿が鏡面に映っている。思わず左を振り返ったが、姿はなかった。どういうことだ?
「アンディ。私は鏡の中だ」
もう一度右を見ると、鏡に映った姿は、明瞭にランゼ先生の姿だった。彼女だけではない、背後にもこちらの部屋が映っていない。
「本当に鏡の中なのか? まるで液晶画面のようだ」
姿見に寄っていって、手を伸ばすと鏡面に揺らぐように波紋が現れ、指が吸い込まれた。
「むぅ」
思わず、手を引っ込めたが、特にどうということはなかった。
「おまえら、中に入ってこい」
───この中に?
『霊体のくせに、怯えるな』
───あんただって 慌てて手を引っ込めたじゃない!
『良い反射神経だったろう』
───えっ 入るの?
「中がどうなっているか見たい」
話を打ち切って、手から右半身がずずっと吸い込まれると、そのまま全身が中に入った。
真っ白な空間だ。
「おわっ!」
足に何も当たらないが、どちらかに落ちもしない。重力を感じない。
壁となるものが何もないが、なんというか、比較対象はなく奥行きの感覚が喪失した。
「足の方を見ろ」
そこに、ランゼ先生が居た。そう遠くはない位置だ。
音が聞こえるということは、空気がある。それ以前に呼吸に問題はない。どこなんだ、ここは?
「付いてこい」
「いや、そう言われても」
「近づこうと思えば、近づく」
はっ?
ああ、本当だ。徐々に黒衣の女が大きくなった。動いている感覚はないが、近づいているのだろう。すると彼女は振り返って距離が縮まらなくなった。
いつの間にか、彼女の向こうに何か丸い物が見えた。5角形がいくつか集まった立体? 影がほぼないのでよく分からないが。
近づいていくと、どんどん大きく見えてきた。正12面体だ。その1面が抜けており、一辺数十メタはあるが、そこからランゼ先生は立体の中に入っていく。そこへ吸い込まれるように、我も中に入った。
立体の中に入ると、内面が床になって居り、そこに向かってゆっくりと落ちた。
「どうなっているんだ、ここは?」
床を下だと定義すると、周囲に別の内面が床になっており、頭上にも床がある空間というか部屋だ。
「壺中天と呼んでいる亜空間だ」
「亜空間……」
───亜空間って何?
「ほう。意味がわかるようだな。アンディ。この世界には、概念を持った者はほぼ居ないが」
むう。
「やはりな。アンディが取り憑いた時、変だと思ったのだ。驚き方がさほどでもなかったからな」
───そういえば
「ルサンドロ・セルマスの……さらに前世のことを覚えているのだろう」
───えっ? 本当なの? アンディ!
「静かにするのだ。アニー! 私の方は、これだけ見せたのだ。アンディもしゃべってもいいだろう」
この魔女に知られたところで、どうということはないか。
「ふん。仕方ないな。たしかに生まれ変わる前のことは、それなりに覚えてはいる」
「やはりな。前世のことを憶えている者は、癖になるからな」
「癖に? 随分実感が籠もっているじゃないか。超越者とやらもその類いか」
「うむ。ある意味ではそうだ。それだけではないがな」
───ええと さっきの話は本当なの?
「まあな」
───どうりで! ボクが知らないことを よく知っていると思ったわ
『単に、アニーが無知なだけじゃないのか?』
───何ですって!!
「アニーを相手にするな。そうか。生まれ変わる前は未来。もしくは、知的水準の高い別の惑星か。ルサンドロの記憶は読めるが、その前世はな。記憶という意味では同じだが、脳の同じ部分に刻みつけられないようで、私には読めぬのだ。ああ、警戒しなくともよい。後者の転生者とは会ったことがある」
ほう。
「反応が薄いな。その転生者のことを訊きたくはないのか?」
「訊いてどうする」
「なんだと」
「ルサンドロに愛着はあるが、その前にはない。記憶があると言っても、我がどういう人間だったか、名前すら覚えていない。精々歴史に関する学者か何かの専門性のある職業に就いていたぐらいのものだ。ただ、知識は残っている。どういう世界だったか、科学技術がどうだったかは、さっき言ったように、それなりに覚えている」
「ふむ。その程度の記憶で幸運だったな」
「幸運だと?」
「記憶とは、執着だ。記憶がなければ、あの時はよかったなどと幻想は持たない。なんとか帰りたいなどと身を焦がしはしない。執着がないからな。記憶があると、歴史家になりたいなどと願望をが刷り込まれるのだ」
確かに前世で生家に居る頃は、歴史を学んだ。その所為で飛び出してしまったが。
「いくつか訊いて良いか? ランゼ先生」
「ああ。なんだ?」
「この空間を作ったのは、あんたか? どうやって作った? 魔法か?」
「いきなり、たくさん……好奇心旺盛だな。まずは私が作った。どうやって作ったかを言っても理解はできないだろう、高度すぎる科学は魔法と区別が付かないと言うからな。まあ、魔法と理解しても構わん」
構わんか……ふむ。
「ずっと維持できるのか? あの鏡があれば、誰でも入れるのか?」
「エネルギーはわかるか? 微量に必要だ。私が供給し続ける限り維持はできる。それと、別に鏡は目立たぬようにしているだけだ。あの鏡である必要はない。入れる、入れないは、変更可能だ。不可にすれば、何人たりとも、入れはしない」
「そうか。大体分かった。それで、ここで、ランゼ先生は何をやっているんだ?」
おお、笑った。いや、笑い声を聞いたことはあるが、今回は表情が笑っている。
「ふふふ。外でできぬことをやる、それと、ここでは時間の流れがゆっくりに感じられる」
「それはいいな」
この身体に取り憑いて以来、ずっと誰かに見張られているからな。
「よし、これで私がいかがわしい者でないことがわかったであろう」
「怪しさは何倍か増したが、あんたのすごさがとんでもないことだけはわかった」
───これほどのことができるなら その技術でゼルガスを撃退できるんじゃない?
「私は、軍事に直接肩入れする気はない」
直接か……
「ギュノスを護りたいなら、自力でやるのだな。さあ、わかったら、そろそろ帰って貰おう」
その声が、耳に残っているうちに、視界が暗転した。気が付くと我とアニーはランゼ先生の部屋に戻っており、床に倒れ伏していた。
姿見は、叩くと硬質な音がして、単なる鏡に化していた。
それ以上にやれることはなく、しかたなく自分の部屋に戻った。
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