第7話 捜査開始
グリマーベリーで突如起きた殺人事件。現場にはなぜかレイドが探す紋章と似たものが。神官のルリカに疑惑の目を向けられたので、それを晴らすべくしばらくは彼女と共にいる選択を取った。
異端認定されてここで旅路が途絶えてしまっては、死んでも死にきれないだろう。
壁に磔にされた遺体は、床の木目に頭を向けている。目は開いているが、そこには何も映っていない。
「はぁ……ここ数日間でこれだけの死体を見る羽目になるなんてな。これが結晶龍核に魅入られたってことなのか?」
「随分と冷静なのですね」
「いや……俺、朧げではあるんだが、千夜戦争のこと覚えててな。4歳くらいだったんだ」
今でも悪夢にうなされる。瞼の裏のスクリーンには、在りし日の記憶が克明に映し出される。やめてくれと願っても止まることはない。ひとしきり再生を終えると、ただ嫌がらせをしていたかのように静かになる。
「昔住んでた場所が襲撃に遭ってな。俺は子供だから生き延びたんだが、逃げ遅れと男衆は全滅だったんだ。ホントに……『叫び声という波音がする血の海』っていう喩えがしっくり来るな」
「そうだったのですね。私は当時まだ1歳にもなっていませんでしたから、本当に何も知らないのですが……」
「死体には見慣れている、が、それと同時にもう見たくはないっていう気持ちもある。それに、軍人だった親父は何人も何人も、自分で殺してるんだ。ただ死体を見るだけより辛いだろうな」
今、目の前で魂が抜けきった男性もまた、かつては戦争の脅威に晒されたのだろう。即死で無かった場合、滴り池を作る自らの血を見て、当時を思い出していたかもしれない。
レイドはつい、遺体に目を取られてしまうが、ユウリは別だ。遺体そのものよりも、周囲の血文字や環境について見ているようだった。
「うーん……壁に書かれた文言は教典の一節だけど、今一般的に使われている筆記体じゃないんだよね」
「そして、同じ文言と紋章は、前の事件にもあったと。ルリカ、前の事件現場はどんな状況だったんだ?」
レイドの疑問に対し、ルリカはすぐに引き出しから答えを出してくれる。
「どこも薄暗く、出入り口が一か所しかないような、密閉された空間です。全く同じ形の事件しか起きていません」
「だったら被害者に共通点とかあるでしょ? まさか全部一人で調査してたとは言わないよね?」
「ええ。私はいち神官に過ぎません。専門の捜査員を立ててしまうと、その人が犯人だった場合簡単にもみ消されますから。街の重大事件は神官が順繰りに調査することになっています」
「だったら、過去捜査に当たった神官に話を聞けばいいんじゃないか?」
少しでも気を抜くと、ユウリとルリカが口論を始めそうだ。レイドは極力、どちらも過度に刺激しないように立ち回る。これは志す剣の道より険しいかもしれない。
「そうですね。手分けして聞き出しましょう」
「ねぇでもさ。わたしたちが聞いて教えてくれるかな? 何か聞いてる感じ、この街の治安維持は教会が一任してるっぽいし。しかも目の前に犯人だって疑う人間がいるんだから、他の神官も同じなんじゃないの?」
「そんなことは……!」
言いよどむルリカ。反論の材料が見つからずに焦っているのか、きっぱりと否定することができないのを悔しんでいるのか。場の空気が一層険悪になる。
「ひとまず聞き込みはしよう。ずっとここにいても仕方ないだろ。俺たちはルリカに雇われた人間ってことにしておこう。目的のために雇い金を使うのは罪じゃないだろ?」
「それはそうですが……」
「よし、じゃあ早速行こう」
レイドは一足先に地上に出る階段を上った。これ以上この血みどろで張り詰めた空間にいることに嫌気がさしたのもそうだが、何か寒い視線を感じていたのも事実。一刻も早くここを出たかったのである。
「待って」
ユウリの声にレイドは踵でブレーキをかける。ユウリは遺体の前に屈むと、手を組んで目を瞑った。非常になだらかで緩やかな動きだ。
「何をされているのですか?」
「死者の魂に安らぎが来るように祈ってる……だったかな。俺もやっておこう」
レイドもユウリの横につき、同じ動作を繰り返した。その様子を、一歩引いた場所からルリカの目が捉えていた。
足元が不明瞭な中、階段を上っていくのはかなり脚にきた。
事件現場を後にし、街に出る。大聖堂前の広場は、街の裏側で惨たらしい事件が起きているなどとはつゆ知らず、気ままな日常を送っているように見える。
だが、寄ってみると感想はがらりと変わる。まるでこの世の終わりが明日来ることを知っているかのように目をぎらつかせながらも顔は微笑んでいる。そんな人ばかりだ。
世間話に聞き耳を立ててみると、何やら興味深いことを話している。
「俺、見ちまったんだ」
「はぁ!? まさかまた幽霊とか言わねぇよな? 異端だぞ」
「でも見ちまったんだよ! 夜中、俺が酒場から帰る時、青白い修道女が地面から浮かんで移動してるのをよぉ! したら次の日、酒場の向かいに住んでた金持ちが死んだ……。最近物騒なこと多いだろ!? 幽霊の仕業なんじゃねぇのかよ!」
「冗談はよしてくれ。酔って幻覚でも見たんじゃないのか? まぁ異端の指摘が怖いなら、また免罪符でも買うんだな」
「……そうするよ」
聞いていて頭が痛くなってくる会話だ。
「はぁ……誰も彼も『幽霊』『幽霊』と……人々は信心を失ってしまったのでしょうか……」
「幽霊が噂になってるのか?」
「ええ。半年ちょっと前くらいから徐々に。どこから出てきたのかわかりませんが、例の事件のせいで噂の伝播が拡大しているように思います」
ルリカは男性二人に失望に近いような感情を向けていた。いや、彼らと言うよりは、彼らを通して見える、その先の何かだろう。
「免罪符……」
「どうした?」
「いえ。免罪符は……ここ最近教会が推しているのですが……どうも私はあの紙切れで人が救われるとは……なんだか教えを軽んじるように思えて、受容し難いのです」
確かに、紙切れごときで罪が帳消しになるとはレイドも思えない。それ以上に、なぜ「幽霊の存在を騙ること」が罪になるのだろうか。そもそも、存在しないものに対して明確に存在しないから口にしてはいけないというのは、何か矛盾を感じる。
一方のユウリは顎に手を当て、懐疑的な視線を彼らに向けている。
「あの人、幽霊見たの初めてじゃないみたいだね」
「ずっと疑問だったんだが、幽霊が見える人と見えない人の違いってのは何なんだ?」
「生まれながらの霊感の強さってやつかな。あの人は結構強いね。幽霊の姿まで認識できる。龍核は個人の霊感を極限まで引き上げてくれる優れものなんだ」
「なるほど、あの人たちに話を聞いてみるか」
レイドがルリカの方を向く。彼女は大きなため息を吐いて下を向いていた。ストレスのガスを思い切り口から放出している。
「やっぱり幽霊っているって思えてこない? 結構科学的に証明できてるんだけど」
「あなたは黙っていてください。はぁ……最近こんなのばかりですよ。幽霊を見たとおっしゃる方が多いんです。異端認定されてしまいますよと再三警告はしているのですが、皆口をそろえて免罪符を買えば平気だと。私も立場上、表立って否定できないのですが……」
幽霊の話題をする民衆から話を聞きたいが、事件捜査に当たった神官からの話も聞きたい。しかし、神官に話を聞くことは、レイドたちの身を危機に晒す恐れもある。
「免罪符……か。この街に来た時から思っていたんだが、なぜ罪を免罪符で清算することになっているんだ? 懺悔に行けばいいだけだろう。懺悔は金かからないし」
「それでも、大聖堂が緩やかな坂の上にある構造上、わざわざ歩いて訪れようとする人は少ないのです。それに、お祈りの日についでに懺悔しようとすると、長蛇の列を待たねばなりません」
どちらも大して変わらないようにも思えるが、教徒にとっては免罪符の方が魅力的なのだろう。そこまでの魔力があるのなら、一枚くらい手にしてみたいという好奇心がないわけではない。
「何はともあれ、まずは街で聞き込みか。幽霊についても、それとなく聞いてみよう」
レイドは坂の下を見た。徐々にレンガが朽ちていくようなコントラストがこの街の情況を物語っている。やたらと人が多い場所には露店が立ち並び、聞き込みにはもってこいだろう。
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