旅の栞① レイドとユウリ
剣を提げた青年、レイド=ロストマンは、父親を見つけるべくあての無い旅をしていた。だが、道中でたまたま立ち寄った街で起きた、不可思議な事件を契機に、ようやく進むべき道が見えてきたように思える。
彼の傍らには、一人の少女が小動物のように跳ねまわっている。彼女の名はユウリ=メージス。太陽よりも眩しい笑顔と性格をしており、今は自分の影を追いかけるように歩いている。機嫌がいいのか、軽快に歌を口ずさんでいる。ただそれだけなのに、プロ顔負けの清麗な声である。
このユウリという少女、幽霊を狩る不思議な力を持っている。それはレイドも同様だが、彼は未だに実感が湧かずにいた。
「ユウリ、幽霊について、俺にもっと教えてくれないか?」
「そうだなぁ……幽霊って時間の経過と共に生前の記憶が消えて、『恨めしい』って感情だけしか残らないんだ。何が『恨めしい』のか忘れちゃって、ただ恨みだけで動くようになる」
「恨みつらみとは言うが、そのまんまなんだな」
「だだ、記憶は無くても恨みの対象はなんとなく覚えてるみたいで、執着するんだよね。例えば、樹海にいた幽霊なら『侵入者を倒すこと』に何かしらの恨みがあったんだろうね。それを守り切れなかった自分に対するもの、みたいな」
「幽霊の原動力はある種の執着心なのかもしれない」
「それから、幽霊の恨みは大きければ大きいほど、恨みの原因を覚えていることが多いんだよ。より恨みの大きい幽霊ほど、人の形を保ってる傾向があるから、覚えやすいかも」
「生前の記憶がある幽霊……厄介そうだな」
「でもそっちはまだ話が通じるんだよね。まぁ恨みのエネルギーで暴走気味ではあるんだけど」
二人には共通の目的がある。それは、ある紋章の正体を突き止めること。レイドの剣と、ユウリの呪い。どちらも同じ紋章だ。レイドは父の居場所に近付け、ユウリも自身に掛けられた呪いを解くカギになると信じている。
壮大な冒険となるという期待がレイドの中にはあった。しかし、今の二人は取るに足らない分かれ道で足止めを食らっていた。出鼻をくじかれたのだ。
「グリマーベリーはどっちだ?」
分かれ道に看板は立っている。しかし、風雨に晒され続けたのか、文字が剥げていて全く読めない。表面に触れなくとも感触がわかるほど、艶を持っている。
「えーっと……ちょっと待ってね」
ユウリは旅行用の大きなカバンを土の上に放り投げ、フックを外した。元々、カバンから悲鳴が聞こえそうなほどパツパツに膨れていたのを知っていたレイドは、咄嗟に一歩引く。案の定、開いた瞬間に中身が飛び出し、ユウリの顔面には皺だらけの下着が直撃した。
飛び出すというよりは爆発したと言った方が正しい。
食後にベルトを緩めた時のような開放感をカバンから感じる。ユウリの顔面目掛けて下着を飛ばしたのは、何か霊的な作用なのかもしれない。
「うぎゃっ……ぱ、ぱんつが……」
「とりあえず、それをしまってくれないか……」
「あ……これはお見苦しいところを」
そう言って下着を鷲掴みにしたユウリは、そのままカバンの奥の方に下着を捻じ込んだ。
「で、目的のものは?」
「あ、これこれ。じゃーん! ドリザルト王国の地図です!」
「気が利くな。ちょっとデカすぎる気もするが」
「北はどっち?」
「今は陽が傾いて来てるな。てことは、あっちに太陽が沈んでいくはずだ。つまり西がこっちで……ということは、北はこっちだから、地図の向きは……」
ユウリは小さく笑うと、地図を回転させた。太陽が通るのを避けるのと同じ方角に、地図の北が向いている。
「何か面白いか?」
「そんなんじゃないよ。誰かと一緒だと楽しいなって」
思えば、レイドはいつも一人だった。旅をはじめた時もそうだったが、幼少期も周囲に同性代の子どもがおらず、友達ができなかった。
これも完全に千夜戦争の弊害だろう。あの戦争で、世界中の人口が半減した。子供や妊婦も例外なく殺された。生き延びたとしても、次なる襲撃を恐れて各地を転々とする家族も多かった。
「ユウリ、千夜戦争って知ってるか?」
「センヤ……? ああ、うん知ってる。でもわたしが小っちゃい頃の話だから記憶はないな。もしかして、レイドのお父さんって……」
「ああ。戦争で死んだ……ってことになっているが、俺はまだ生きていると思っている」
「そうじゃなゃ探そうとは思わないもんね」
「体が消えたんだ。確かに致命傷を負って死んだはずなのにな。何かがおかしい。仮に、死んでいたとしても、骨も拾えないで今生の別れなんて……やるせないだろ?」
幽霊の存在を知った今となっては、父が死んでいたとしても幽霊がいるかもしれないとさえ思える。できるのならば、もう一度話がしたい。それが無理でも、骨のひとかけらでも持ち帰りたい。
「レイドのお父さんってどんな人なんだろう。わたし、お父さんいないからわかんないや」
普通であれば落ち込みそうな話題でも、ユウリは終始にこやかに語る。よくよく話を聞いてみると、生まれる前から既にユウリの父は所在不明だったらしい。
「父親が誰か知りたくないのか?」
「別に、って感じ。わたしの所じゃ当たり前だしね」
時々、ユウリと話が嚙み合わないと感じることがレイドにはある。まだ彼女に対する理解が足りていないのか、はたまた、ユウリが常人とは異なる価値観を持った人物なのか。レイドとしては、幽霊狩りなどというものを生業としているだけあって、きっと後者なのだろうと思い込んでいた。
ユウリは散らばった荷物をカバンに詰め始めた。掌を広げては鷲掴みにし、カバンに投げ入れる。
「お母さんはどんな人なんだ?」
ユウリの荷物拾いをレイドも手伝う。拾ったものはカバンの端から、そしてより大きいものからパズルのように詰め込んでいく。
「どんなって言ってもなぁ……あ、よく姉妹に間違えられるかも」
「若すぎないか? 俺のお袋なんて逆だぞ。俺と歩いてたら孫と婆ちゃんだと思われたことがあってな」
「幾つって言ってたかなぁ……確かさんびゅ、う2か3? ごめん、嚙んじゃった」
ユウリは小さな舌先を唇の間から覗かせた。誤魔化すのに必死なようだが、そこまで躍起になることだろうか。
「それよりさ、どうやったらそんなに丁寧に荷物入れられるの?」
「え?」
カバンの右半分はユウリがものを詰め、左半分にはレイドがものを詰めていた。誰が見てもその収納スキルの差は歴然だ。
レイドの詰めた方は、服や大きめの道具が下になり、その上に化粧品や衛生用品などの小物が隙間なく敷き詰められている。
「レイドって持ち物その剣と腰巾着だけだよね?」
「これくらい誰でもできるだろ」
「むぅ……なんか納得いかない」
一方のユウリの方は、案の定というべきか、隙間も多く、布製品には皺が寄って、全体的に汚い。本当に汚い。
「じゃあ俺が詰め直すから、見て学んでくれよ」
レイドが綺麗に中身を整理しなおした結果、カバンにほんの少しの余裕を持たせて閉めることができた。本来のカバンの姿は、角がシュッとしたハンサムイケメンだったようだ。
「今度から頑張ってみるね。じゃあ、気を取り直して出発しますか!」
「グリマーベリーはどっちだ?」
「んーとね、こっち」
分かれ道を右に進む。耳を澄ませば、遠くの方から鐘を打つ音が聞こえて来た。宗教都市グリマーベリーを象徴する巨大な鐘が、神聖さも厳かさも意に介さない叫び声をあげていた。
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