第5話 宗教都市
レイドたちが踏み入れたのは、少々古めかしい伝統建築の建物が立ち並ぶ街であった。けたたましく響く鐘の音は、旅人の来訪を喜んでいる。
「わぁ! ここがグリマーベリー!」
宗教都市グリマーベリー。ここドリザルト王国の国教であり、周辺諸国も含めて最もメジャーな宗教・聖槌教会の重要拠点の一つだ。
「俺も来るのは初めてだ」
往来する人々は皆、すれ違う度ににこやかに挨拶をしてくれる。決まって言う言葉は「神のご加護がありますように」だ。旅人の命運を決めるのは、確かに神なのかもしれない。
「この紋章について知ってそうな人というと、大聖堂の司祭くらいのものだが……」
「わたしもそう思う。この呪いが解ける人ならば、レイドの剣のことも何か知ってるかも」
当の大聖堂は街の中心部にそびえ立つ。高い塔が生えており、頂上付近に街のシンボルでもある鐘が設置してある。
大聖堂を目指して歩いて行く。大聖堂までの道のりは、真っすぐに街を抜けていくシンプルなものだ。だがどうも、足に負荷がかかる。よくよく目を凝らすと、緩やかな坂道になっているようだ。
道中、若い女性に挨拶をされた。
「旅の方、ようこそ、グリマーベリーへ。神の祝福があらんことを」
「貴方にも神様の祝福がありますよーに!」
「あら、ありがとう。ウフフ、元気のいいお嬢さんね」
効果覿面。初めて訪れた街の人と仲良くなれると、それだけでグッとコミュニティに引き込まれたような親近感が湧く。まずは挨拶からだ。
その時丁度、正刻を告ぐ大鐘の音が響き渡った。大きな音ではあるが、激しさは控えめで、それこそ神の祝福が風に乗って耳に届くようだ。街からかなり離れた場所でも聞き取れたので、街中であればどこにいても聞こえるだろう。
「あら、これから説教が始まるわ。旅のお方、折角なら聞いて行って頂戴な。大聖堂なら誰でも入れるからね。しかも、免罪符までいただけるのよ」
そのまま女性は上機嫌で去って行った。メンザイフというものが何なのか、レイドにはわからなかったが、今大聖堂に行けば神官と直接話ができるだろう。
緩やかな坂は、それなりの傾斜がある坂以上に体力を奪われる。丘の頂上に来た時、レイドのふくらはぎは悲鳴を上げていた。
しかし、その疲労を吹き飛ばすほどの絶景を、登って来た者の褒美に街は用意してくれている。
「でかいな……気圧される……」
「確かに……で、でも! ただの建物だし! 行かなきゃ」
レイドはかつて、これほど巨大な建物を見たことはなかった。王都にある王城はさらに大きいのだろう。二人そろって門前でオロオロしているのは、第三者から見れば非常に不審である。周囲の視線が気になるので二人は揃って大聖堂の中に入っていった。
慌てて大聖堂の中に入ると、真っすぐ祭壇に続いており、両サイドには長椅子が並んでいる。天井は透き通るようなステンドグラスが張り巡らされており、教典の伝説が絵画を成して描かれている。
パイプオルガンの神聖な音色を耳にしつつ、レイドたちは長椅子に腰掛けた。間もなく、司祭の説教が始まる。
「ねぇねぇ、あそこにいる子、わたしたしと歳近そうじゃない?」
司祭のすぐ横には、教会の正装をした少女が立っていた。遠めなので詳細は分からないが、金髪で青い目をしている。
「――かくして、天より遣わされた彼者の魂は肉体を離れ、地界の人々の祈りによって神と――」
説教というのはすなわち、教典を読み上げることであるのだが、司祭の話には何か人を引き込む魅力があった。声の抑揚のつけ方は、まさに詩歌を詠むよう。気が付いた時には説教が終わっていた。
「すごかったね。でもやっぱり教典の内容ってよくわかんな――んむぅ!?」
レイドは必死にユウリの口を押えた。よくわからないなどと口にしようものならば、周りからどんな視線を向けられるかわかったものではない。
「今なら司祭に話を聞きに行けるぞ」
「行こう! きゃっ!?」
長椅子から体を出したユウリに、背後から人がぶつかって来た。他人がいることなど気にせず、盲目的に正面だけを目指しているように見える。
「大丈夫か?」
「あ、ありがと……」
咄嗟にレイドが肩を支えたので、転倒せずには済んだ。しかし、既にユウリに衝突した人物の姿は見えない。説教台の前に民衆が群がり、司祭の姿は埋もれて見えない。
一人一人、順番が来るまで並んで待つといった秩序はそこになく、各々が我先に我先にと人を押しのけている。皆紙幣を振りかざし、まさに異様としか言えない光景だ。
「なんだか気味悪いな……上手く表現できないんだが、あの様子は異常だ」
司祭と直接話す機会が少ないからこそ、そのチャンスを逃がすまいと人が集まるのはわかるが、これを止めに行かない周囲の神官もいない。
「待つのか?」
「うーん、潰されそう」
やめておくのが吉だろう。この状態で押しかけても、まともに取り合ってもらえそうにない。教会の姿勢として、正しいとは思えないが。
「あの……免罪符をご所望ですか?」
二人が足踏みしていると、目の前に若い女性が現れた。司祭の説法の最中もずっと近くに佇んでいた人物である。
「あっ、さっきの子だ」
ユウリの言っていたように、目の前の少女は自分たちと歳が近そうに見えた。遠目からでもわかる穏やかな海のような碧い瞳に、絹を思わせるサラサラの金髪。その様は下界に遣わされた天使を想起させる。
「私は神官のルリカ=ビクレストと申します」
「俺はレイドだ。こっちがユウリ。俺たち、司祭に相談したいことがあって来たんだが、あの様子じゃどうもな」
「お話なら聞いて差し上げられますよ」
「いいのか? 助かる」
ルリカは手に持っていた長方形の紙束を、やや乱暴に懐に突っ込んだ。
「恐らくですが、司祭様とお話するのは難しいかと。私のような教会のものでさえ、ちゃんと話し合う機会は少ないですから」
「ええーじゃあ今は何してるの?」
「あれは免罪符を売っているのですよ。一枚2000Rです。半年ほど前から売り出しています」
免罪符。先ほど会った女性も言っていた。それを欲しいがためにあの列を作っているとなると、何のための教会なのか分からなくなってくる。
「ともかく、免罪符が用件でないのでしたら、代わりに私がお話を聞いて差し上げますよ」
「いいの?」
「はい。神は皆を平等に愛します。教会の方も、そうでない方も」
ルリカはにっこりと笑ってみせた。救いの女神はこんな顔をしているのだろう。あどけなさと神々しさを兼ね備えた、まさに神の道に入った者の顔だ。
「立ち話ではなんですから、そちらの長椅子にどうぞ」
ルリカに案内されるがまま、二人は腰掛けた。ルリカは一つ前の椅子に座り、体を捻る。
「じゃあ早速なんだが、この紋章に覚えはないか? 恐らく古い時代のものだと思う。聖槌教会は長い歴史があるだろう? 何か分かるんじゃないかと思ってな」
レイドは剣の柄頭を突き出して、ルリカに見せた。ルリカは紋章を目にした途端に、大きく見開いた。
「これは……!」
「何か知ってるのか?」
「あっ……いえ、形だけならば。詳細は知らないのですが……むしろ私が知りたいです」
空振り……とは言えないだろう。「見たことだってない」とこれまでに幾度となく言われてきた。単なる目撃情報でさえ、一攫千金のお宝に等しい。
「どこで見かけたんだ?」
「これは……ですね――」
「おい、ルリカ! 大変だ!」
ルリカはどこか言いよどむ様子を見せた。何か言いかけた直後に、他の神官が呼び止めた。神官はレイドたちの存在に気付くと、ルリカに耳打ちだけして去って行った。ルリカの方は膝に置いた拳を握る力を強めている。
「また……ですか。もう今年に入って何度目なのでしょうか」
「どうしたんだ?」
「……特別に私に同行することを許可します。その紋について、私の知っていることをお教えしますから」
ルリカはレイドたちの返事も待たず、大聖堂の出口へと歩いて行った。
「レイド、行ってみよう」
「あ、ああ。だがなんだか不穏だな」
物腰柔らかで清楚な神官のルリカの背中に、急激に走った緊張感。これは尋常ではない。予想が的中するということを、この時のレイドは知る由もなかった。
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