第3話 未知との邂逅
レイドは樹海を奥へと進んでいくうちに、大量の死体、幹に残された焦げ跡を発見した。そして、もう一つ――
『侵入者侵入者侵入者侵入者侵入者侵入者……コロスコロスコロスコロスコロス……斬ル斬ル斬ルキル斬ル……』
「ば、バケモノ!」
真っ赤な返り血に染まった硬質の鎧を纏っている『なにか』。体はレイドよりも二回りは大きい。手には人を真っ二つにできてしまいそうなほど大きな剣が握られている。放つ雰囲気は明らかに魔物のそれとは異なった。生きているとは到底思えないのだ。
「何なんだ……何なんだよ! まさか幽霊とか言わないよな!?」
バケモノはブツブツと『コロス、斬ル』と交互に呟きながら、レイドの脳天目掛けて剣を振り下ろした。
辛うじて避けたレイド。反撃に出ようとするも、動揺しているのか体が思うように動かない。そうしている間にも、再び剣が振り下ろされる。生存本能のおかげでなんとか回避し、相手の隙に剣を入れ込んだ……はずだった。
「すり抜けた!?」
確実にレイドの刃は敵の腹部を斬った。だが、一切の手応えを感じない。あたふたしていると、振り向きながらバケモノが剣を横に薙ぐ。
自らの持つ鉄の剣で受け止めるのがやっとだ。普通の人間の何倍もあるパワーを持つ一撃で、レイドは近くの木まで吹き飛ばされた。
「クソッ……」
幹に激突した反動で、左右の手にあった得物が吹き飛ばされていた。ギリギリ届きそうな一に鉄の剣が転がっている。
「なんで俺の攻撃は効かなくて、向こうの攻撃は効くんだ……」
なんとか剣を拾おうと地に這いつくばって手を伸ばす。だが、指先が触れようとした手前でバケモノがレイドの剣を踏み潰し、粉々に砕いた。
「クソッ……」
見上げると、冷酷な鉄兜が逆手に持った剣をレイドに突き刺そうとしているのが見えた。これから何が起きるのかということが、瞬時に脳に伝わる。刹那、体が恐怖に支配され、かえって動かなくなってしまった。
「ここまでか……親父のことも、まだ見つけられてねぇのに……」
悔しさを噛み殺し、これから自分がどうなるのかを受け入れる。
が、その時は来なかった。レイドが気付いた時、バケモノの頭に、緑色の物体が横殴りで衝突。バケモノは体勢を崩し、僅かに怯んだのだ。
隕石が飛んできた方に目を遣ると、見知らぬ緑髪の少女がバケモノに杖を向けていた。おそらく、この杖から魔法を放ったのだろう。
「大丈夫!?」
少女はそのままレイドの前に出る。
「ここは任せてちょうだい!」
「ダメだ……この体が動く限りは……体力を逃げることには使わない……!」
途切れ途切れの声で必死に主張する。だが、少女は気にする素振りも見せず、鋭い目つきでバケモノと対峙していた。覚悟の決まった表情とは裏腹に肩は震え、恐怖を隠しきれてない。
「でも、普通の人は幽霊の相手なんて無理だから逃げ……えっ――」
ちらりとレイドに目を遣った少女。何かに驚いた表情を浮かべたが、その間にバケモノが体勢を立て直した。
折角の殺戮を邪魔されて怒り狂ったバケモノが少女の首を掴んで、樹木の幹に体を押し付けた。少女は思わず杖を手放すと、首を締め上げられて苦しげな息を漏らした。
「うッ……オげッ……」
救助したいが、もう武器が無い。バケモノに踏まれた剣は折れてしまっている。だが、もう一つだけ武器を持っていることを思い出した。
少女は木の幹に叩きつけられ、そのまま押されている。幹の音か骨の音かはわからないが、硬いものが軋む。そして、喉が圧迫された少女のかすれた声が辛うじて届く。
「わ、たし……は、だい、じょぶ……だか、ら……早く、逃げ……ウッ……!」
苦痛に塗れた少女の声を聴いたレイドは、無意識のうちにもう一つの剣……父から貰った剣の柄を掴んでいた。澱んでいた緑色の宝石が輝きを放つと同時に、栓をしていた汗腺から手汗が噴き出て包帯に染みる。
――「この剣はいずれ、お前の助けになる」
「お、俺は……」
この状況で身をなげうつ覚悟を決めろ。誰かのために命を焼き尽くす決意をしろ。
「親父に近付きたい……」
かつて自分が目指した父ならば、決して退かず、見捨てず、諦めない。
「逃げるのは親父が許さない……」
恰好つける必要はない。
何に代えてでも、少女を守り抜かねばならない。実力に見合わない正義感がレイドの胸を熱く燃やす。
「あ……アあッ!」
この怪物には敵わないということは分かっている。だが、一度は自分を助けてくれた少女が目の前で苦しんでいる。捨て置くことなど到底できない。……逆境を切り開け。
「俺は親父に比べればまだまだ弱い。だからと言って、親父と全く同じになりたいとは言わない。でも俺は……」
恐怖を紛らわせようと、剣を一気に引き抜いた。マメが潰れ、包帯に血が滲む。しかし、もはや慣れた痛みごときが、レイドを止められるほどの力は持たない。
「俺は、誰も見捨てたくはない! せめて死ぬなら、誰かのために戦って死んでやる! こっち見やがれデカブツ!」
レイドの挑発を受け、バケモノの無機質な兜がこちらを向いた。
「覚悟しろ。ここがテメェの墓場だ」
剣を構えた瞬間、周辺の霧が払われ、緑色の宝石が輝いた。刃の色も鮮やかになる。この剣でこの場を切り抜けられる保証はない。ただ、なんとなく、「これなら打ち克てる」と、剣に呼ばれている気がしたのだ。
バケモノも再び標的をレイドに変えた。手を離された少女の体が地面に落ちる。
「げほっ……げほっ……あ、あの剣……やっぱりそうだよね……」
レイドの構える剣の刃は、微かに赤く発光している。少女の前に出たレイドは、バケモノと真っすぐに向き合っている。
「ハァ……ハァ……その剣……絶対ヤツに届く……。幽霊に効く!」
少女はレイドの持つ剣を指さした。
本来ならば冗談でも言っているのではないか笑い飛ばすところだが、目の前にいる『それ』は見るからに人ならざるオーラを放っていた。幽霊であると言われれば、信じるしかない。
「詳しい話は後で! まずは倒さないと」
幽霊は容赦なくレイドに斬りかかって来た。先ほど、盾では防ぎきれなかった強力な薙ぎ払い。今度は真っ向から剣で受け止めた。
だが、じりじりと幽霊の持つ剣の刃先がレイドに迫る。いよいよ二の腕に刃が食い込み始めた。痛みが広がる。だが、それが最後のトリガーとなった。
「負けて……負けてたまるか!」
一層強く剣を握る。それに呼応するかのように宝石の輝きが増す。
そして、いよいよ幽霊の巨大な剣を弾いた。幽霊がバランスを崩した一瞬を見逃さず、レイドは地面から飛び上がる。
「喰らえ!」
兜から僅かに見えた幽霊の目と、自分の目が合った。それをしっかりと睨みつけ、レイドは幽霊の兜を割る勢いで、真っすぐに斬り降ろした。
今度は確実に手応えがあった。地面と密着した刃は、大地に赤い電流を逃がしている。
『アアアアアアアアアアアア! ……許サン……許サン許サン許サン許サン許サン許サン許サン許サン許サン許サン!』
だが、その一太刀は幽霊の怒りを買った。憤怒した幽霊は、なりふり構わず剣をぶん回し始めた。周囲の木々は一瞬にして砕け散り、一気に視界が開ける。
「あ、あれじゃ近づくなんて……」
「いや、行く」
「え?」
少女に理解させるよりも早く、レイドの体は動き出した。走って幽霊の懐に向かう。怒り狂った幽霊の渾身の切り落としを真っ向から剣で受け止める。
「ホントに死んじゃうって! 危ないよ!」
少女による魔法の火球の支援もあり、レイドは幽霊との距離を徐々に詰めていった。
先ほどの一撃は抑えきったものの、レイドの左肩の骨を砕き、僅かに肉を抉った。痛みに顔を歪めながらも、その足は衰えずに、より速くなる。
横から、上から、何度も、何度も、レイドは体の何倍も大きい剣による激しい斬撃を受け止め続けた。体中から血を流し、腕の筋肉は限界。次に上からの切り落としを受け止めれば、確実に脚の腱を切るだろうという自覚がある。
「お願い! もうやめて!」
少女の悲痛な声をかき消すように、幽霊の剣が空を切った。トドメを刺すつもりでの切り落とし。まともに受ければ確実にあの世行きになるだろうその一撃を、レイドは正面から迎え撃った。
「はぁぁぁあっ!」
今度は受け止めるのではなく、斬り上げた。両者の刃がぶつかり合い、衝撃でお互いの剣が弾かれた。
「これで……終わりだ!」
再びバランスを崩した幽霊の心臓に狙いを定める。剣に真っ赤な稲妻が走る。レイドは最後の一閃を見舞った。頑丈な鎧を真っ二つに分断するほどの勢いでは、もう幽霊は立つこともできないだろう。
『アアアアアアアアアアアア! 我々ハ、王ヲオ守リデキヌママ……申シ訳……ございません……』
幽霊は最後の最後にようやく人間の言葉を発し、その姿を青白い球体に変えた。球体はしばらく浮遊していたが、レイドの剣の宝石の中に吸い込まれて消えた。
「ゼェ……ゼェ……」
レイドは宝石を眺めていたが、ただ妖しく緑に光る一方だ。刃には幽霊の体色と同じ青白い液体が付着していた筈だが、きれいさっぱり消えてなくなっていた。それと同時に、広がった樹海の中の更地に陽光が差し込む。濃霧のち晴れ。雲も霧も消え失せ、ドリザルトでは珍しい快晴の群青が覗く。
この様子を見届けたレイドは、地面に膝を突いた。その様子を見ていた少女がすぐにレイドに肩を貸す。
「な、情けないな……女の子に……こんなことさせて……」
「どうして……そんなボロボロになってまで……」
「俺は……誰も……見捨てられないんだ」
一瞬の静寂の後、少女が切り出す。
「とりあえず宿屋行こう! 気をしっかりね!」
「待て……ここの人たちは……」
レイドは樹海に転がった幾つもの遺体が気がかりで仕方がなかった。ここに迷い込んだ人々は、あの幽霊の手によって侵入者として殺されたのだろう。
「うーん……わたしが街の人に報告しとくから、まずは体を休めて。ね?」
レイドは力なく頷く他なかった。
元々持っていた、何の変哲もない鉄の剣では、幽霊にたったの一撃も与えられなかった。ところが、なぜか父の剣では、あの幽霊を倒すことができた。
父から託されたこの剣は、普通ではない。何か特別な力を持っているのだという確信を、レイドは掴んでいた。
プロローグ第3話でした。
次でプロローグが完結します。




