旅の栞③ アドマイヤ
ドリザルト王国を発ってから何日過ぎただろうか。住み慣れた国を出ても意外なことに不安はなく、今日も船が水を切る音を聞き続けている。不思議と飽きがこないのはどうしてだろうか。地平線まで途切れることなく続く海には点々と緑の丘が見える。
「アドマイヤさん、あと何日くらいで着くんですか?」
甲板ではしゃぐユウリとルリカを横目に、レイドは心地よい風を感じながら、舵を握るアドマイヤに尋ねた。
「さぁな。ただ今は順調だ。だが、明後日以降はわからねぇ」
波が船底を叩いては逃げていく。
「そういえばアドマイヤさんって俺の親父と知り合いなんですよね」
「ハァ……いずれ聞かれるだろうとは思っていたが、まぁいい。話してやるよ」
両手を舵にかけたまま、遠くを見つめるアドマイヤ。最初に「言っておくが、ヤツとは『顔見知り程度』でしかねぇからな」と置いてから語り始めた。
「お前の親父……ロストマン将軍に最初に会ったのは、オレが丁度海軍小隊の指揮官になった頃だ。ヤツは新人の騎士だった。その頃は歯牙にもかけてなかったがな。そもそもオレは海軍でヤツは陸軍だ。一度だけ、他国への援軍としてロストマンのいる小隊を送ったことがあった。暴れまくる魔物の群れを退けるためにな。オレたちの任務は小隊を送迎して、帰還をただ待つこと。それから何日か経って、小隊が帰還した。隊長も含めて、半分くらい減っていたよ。だが、驚いたのは、小隊長が死んだあと、ロストマンが率先して指揮を執ったそうだ。オレは感心したもんだ。が、同時にどこか恐ろしい気持ちになった。まだケツの青いガキが、小規模ながら隊を率いたんだ。そこに生じる責任やら義務やらを、本当にわかっていたのかとかな」
アドマイヤは床板に腰を下ろすレイドを一瞥してから続けた。
「少し逸れたな。その日の帰り、オレはロストマンに何気なく訊いた。お前は何なんだってな」
「答えは?」
「つまんねぇ答えだったぜ。『ただの騎士です』だとよ。次に騎士団に入ったワケを聞いた。『王のお側で臣民を守る』とか青臭ぇこと言うかと思ったが、あの野郎『いつか来るかもしれない災厄に備えるため』とか言いやがったんだ。今思えば、千夜戦争のことだったのかもしれねぇな。そのあと、ヤツはみるみるうちに才覚を伸ばして、将軍になった」
レイドの父は、千夜戦争の勃発をどこかで予感していたとでもいうのだろうか。アドマイヤにふざけている様子はない。この言葉は事実なのだろう。
「そうだったんですね。その災厄が何かわかれば手がかりになりそうですけど……」
「んでだ。テメェは親父によく似ている。自分を犠牲にして無鉄砲に突っ込むアホだ」
アドマイヤの口ひげが僅かに上に向いた。馬鹿にされているが、どこかに面影を感じているのだろうか。目だけは優しくこちらを見ている。
「なっ……そんな風に言わなくても」
「ケッ、実際そうだったからな。千夜戦争の最初の頃、オレは陸軍輸送中に襲撃されて、片足をやられた。老いを感じたもんだ。で、殺されそうになった時、ロストマンが間に割って入って助太刀してくれたんだよ。そん時握っていた剣には結晶龍核が埋まっていた。お前が持っている、その剣だ」
「それでアドマイヤさんは引退したんですか……」
「ああ。元々潮時だとは思っていたからちょうどよかったんだがな。どうしようかと思っていた矢先に、ロストマンがオレ宛てに手紙を寄越してきた。龍核と一緒にな」
「手紙? 何のために?」
「内容は確か、『あなたは優秀な兵だから、これからは幽霊を相手に戦ってほしい』『コンタクトを取るべき相手の住所を記す』ってな。全く勝手なモンだろ? オレの意見も聞かずに勝手に決めやがって。だからオレはアイツが嫌いなんだ」
アドマイヤは再び視線を海に戻した。本当に顔見知り程度の仲であったようだが、互いに名を覚えているくらいには認識し合っていたようだ。ライバルでも師弟でもない、不思議な関係だったのだろう。
「だが、そのおかげで今の仕事をもらえた。感謝はしてるぜ」
どこかバツが悪そうな顔をしている。確かに、父の意図はわからない。災厄が何なのかもわからないが、重大なヒントであることは間違いない。ディンドンロアの港で呟いていた言葉もそれに関係あるのかもしれない。
「霊狩りってのも、オレはよくわからねぇ。幽霊を倒すのと、敵兵をぶっ殺すのの何が違うんだかな。――って、オレの話はどうでもいいんだよ。とにかく、テメェは親父似のバカタレだから……ま、無理すんなよ。レイド、お前はちょいとばかし盲目なようだからな。目がやられんのは船乗りだけで十分だ。……てなわけで、もういいだろ? 若ぇモンは若ぇモンどうしで話やがれ」
アドマイヤは手の甲でレイドを追い払った。レイドも無理に語らせるつもりはないので、言われた通りユウリたち元へと向かった。どこを見ても似たような景色なのに、よく飽きずに見ていられるものだ。
ユウリとルリカは女子同士の他愛のない会話に花を咲かせていたようだ。しかし、おしゃれ好きのユウリと、毎日教会の制服に身を包むルリカでは感性が一致しないところもある様子。
「ほーら、ルリカもこれつけてみてよ」
「ちょっと私は……あっ……」
「いいじゃん似合ってる! 可愛い~」
ユウリの派手な髪留めがルリカの髪に添えられている。タマムシ色の光沢をもつ髪留めは、清楚で光を反射しないルリカをワンポイントで飾っている。これはこれで悪くはないとレイドは感じる。個人の美的センスが人並み以上なら、ありなのではないだろうか。
「そ、そうですか? そんなこと、言われたことないです」
「えーっ! ルリカ、本当に勿体ないよ。ちゃんと可愛いのに! レイドもそう思うでしょ?」
突然の飛び火。だが、確かにルリカは絵に描いたような美少女だ。おまけに力強くも心優しい声音を兼ね備えている。だがそれは、元々の素質である。
「まぁそうだな。ルリカは自分で思っている以上に周りの評判がいいんじゃないか?」
「ほらほら、レイドもこう言ってるし……。ねぇ、もっと試してもいいかな?」
ユウリはルリカとはまた違った良さがある。いつも笑顔で、溌溂としている。美人というほどではないが、可愛らしくはある――と、何を考えているんだと首を振るレイド。
「レイドもやってみない? いつも髪の毛全部後ろに流してるけど、激しく動くとすぐ崩れるでしょ」
「……前に約束したしな。頼んだ」
こんな時間がずっと続けば、どれだけいいだろうか。互いの事情も考えず、ただ集まって談笑する。当たり前なようで、難しい。それがわかっているからこそ、この時間が愛おしい。
太陽の向きも徐々に西側へと傾いてきた頃、船内で昼食を済ませ、未開の大地であるフュトゥーヌ王国の話題となった。
「私、本で読んだことがあって、行ってみたかったんです。学問と宗教の国と呼ばれているそうで、南部が学問、北部が宗教を担うそうですよ」
「あー、なんか南北でだいぶ特徴が違うらしいね。わたしたちが行くサゲーザ大学があるのはサゲーザっていう南部の街だよね」
「北部は確か聖槌教会の本部があったな。ルリカが行きたいのはそこか?」
「それもそうですが……南部は古代文明の史跡があったり、北部以上に温暖な気候を生かして育てられた作物を使ったご飯がおいしいそうなので、それを是非……」
ルリカの頭の中は今頃食べ物で一杯になっているだろう。レイドの気になるところとしては、目的地でもあるサゲーザ大学だ。士官学部があるそうで、優秀な兵士が鍛えられていると聞いたことがある。
各々目的は確かにある。だがそれ以上に大きな感情がレイドの中にはあったのだ。
「楽しみだな」
「そうだねぇ。よし、たまにはゲームでもやろうよ」
ユウリはどこから持ってきたのか、カードゲームを取り出した。さっと遊べて面白い。過ぎ去ってゆく昼下がり。波は穏やかで、明日もきっと晴れるだろう。
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私生活の多忙につき、今後しばらくは隔週投稿になるかと思います。申し訳ございません。




