第26話 出航
何とか正気を取り戻したレイドは、今再び機械と融合した幽霊と向き合っていた。
パイプからガスが発せられる前に、後方からユウリの火球がパイプに入り込んで爆発する。その隙を見逃さず、レイドは幽霊の右腕のパイプを切断した。これでもう片腕は封じられた。
しかし、間髪入れずに左腕のパイプからガスが排出される。
「油断すんな!」
今度はアドマイヤが腕を弾き飛ばした。さらに、その腕はあらぬ方向へと引っ張られる。
「何だ?」
腕が引っ張られた方向には、肩で息をするミーナの姿があった。
「ミーナ!? 体調は?」
「私を置いていくなんて……酷いじゃないか」
まだ体調が万全とは思えないミーナだったが、にやりと笑みを作ってみせた。ミーナのこの一件に対する執念は凄まじい。
レイドはミーナの持つワイヤーガンに目を引かれた。これを使えば、強力な幽霊を無効化できるかもしれない。
「ミーナ、そのフックで幽霊の全身を拘束してくれ!」
「どうやって?」
「俺が気を引くからそのうちに」
それだけ伝えると、レイドは幽霊の足を攻撃する。幽霊は、レイドのことを踏み潰そうと、意識を足元に集中させた。その隙に、腕に引っかけたワイヤーを起点にミーナが幽霊の周りを駆ける。
「レイドさん危ないです!」
レイドの頭上に影が差す。天に向かって剣を向けると、幽霊の足に剣が突き刺さった。しっかりと効いているようで、すぐに足を撤退させる。何度も逃げ回り、時にはユウリの支援も受けながら立ち回る。
「よし、いけるよ、レイド!」
「頼む!」
ミーナがワイヤーを引っ張って縛り付ける瞬間に、レイドは足元から脱出する。ワイヤーは頑丈で、どれだけ幽霊が暴れても軋むことさえない。あとはトドメだけ。レイドが剣を構えると、幽霊は最後の力を振り絞ってか、全身から体内のガスを全て噴き出した。
「うっ……レイド、これヤバいよ! あ……頭の中に声が……」
「い、嫌……もうあんな悪夢は見たくないです……」
辺り一面が霧に包まれる。レイドの意識も再び向こう側へと落ちそうだ。だが、ここは必死に踏ん張り、霧をかきわけるかのように剣を振るう。
「幻聴なんかに、負けてたまるかよ!」
レイドはガスが充満した大気を大きく吸い込むと、拘束された幽霊の体を駆け上った。そして、頭上に剣を構えた。
「俺はもう、惑わされない! 誰に何と言われようと、この目で真実を確かめるまでは!」
剣が紅色の雷光を纏う。これまで、微かに感じていた雷の力。それが今、確かな形となって顕現する。ブレードを遥かに超える長さに伸びる雷を、全力で幽霊の脳天に叩きつけた。
「――『焦土へと還す落雷』!
圧倒的な威力の炎の渦を思わせる轟音と共に落雷する。幽霊の体は薪のように割れ、周囲のガスも飛散、地面に大きくひびが入る。振り下ろされた剣には、雷の残滓が火花を散らす。
幽霊は一つの大きな青白い光となり、レイドの剣に吸収された。肺の中に留まっていた重いガスと、頭の中の曖昧な霧が晴れていく。その場に残ったのは、人間と、とても人の手で断絶されたとは思えない機械であった。
「な……何だったんだ今の雷は……。そういえば、あの男も似たような紅い雷撃を……」
呆気に取られているアドマイヤをよそに、他のメンバーがレイドの下へ駆け寄る。そのことに気付いた瞬間、決着したことを悟り、レイドは膝の力がすっかりと抜けてしまった。
「レイド!? しっかりしてよ!」
「か、回復しますから」
若者どうしで労う様子を見つつ、アドマイヤは溜息を吐いた。周囲の様子は散々だ。穴の開いた工場の壁に、破壊された機械。おまけに床までかち割った。これでしばらくはこの工場は動かないだろう。
「ハァ……頼りたかねぇが、この際しゃーねぇよな……。おい、誰かに見つかる前にとっとと引き上げるぞ」
レイドは割れた地面と、まだ震えが収まらない自分の手を見比べた。普段の自分からは考えられないほど攻撃的な一面。雷を発する時、どす黒い何かが体内に生えてきた気がしたのだ。結果的に強大な存在を打ち破ったが、上手く付き合わねば吞まれかねない、末恐ろしい何かだ。
※
翌日。ディンドンロアを賑わせる話題は全て工場破壊の件であった。国に叱られそうなものだが、バレていないのかお咎めはなかった。後から聞いたところによると、アドマイヤが色々と根回しをしてくれたらしい。しばらく工場の営業は停止、死者が出るのを食い止めることくらいはできるだろう。後は法の整備を待つほかない。
レイドたちはことの顛末を、最初の依頼人こと街の考古学者の男性に伝えた。
「……そうだったんだね。やっぱり幽霊はいたということか……。なに、気にしなくていいよ。そうだね……報酬は情報でどうだい?」
彼は満足した様子だ。報酬としてこんな情報を教えてくれた。
「あの後思い出したんだけど、例の軍人の幻影は、しきりに何かを呟いていたんだ。何かまでは聞き取れなかったけど、何かしら意図をもって動いているのは間違いないだろうね。あれはもしやロストマン将軍の幽霊……君たちの話を聞いた今じゃ、否定しきれない。それから、これはちょっとしたおまけだよ」
考古学者はユウリにこぶし大の大きさがある宝石をプレゼントした。妖しく翠に輝く宝玉。これはまさしく結晶龍核だ。
「えっ……どうして?」
「君らには必要だろうと思ってね。古い文献によると、結晶龍核の寿命はおおよそ千年らしいよ。年を経るほど鮮やかな緑は濁り、最終的にはその力を失うと」
「そうなんだ……」
ユウリは杖を確かめる。依然として鮮やかな光を放っていた。
「じゃあ、向こうの同志によろしくね」
そう告げると考古学者は再び研究室へ戻ってしまった。名前も知らない人だが、印象に残りやすく、人当たりのよい人物だ。
それから時間を空けず、レイドたちは船着き場へとやってきた。数々の貿易船や漁船、客船が並び、筋骨隆々の船乗りが、ご機嫌な歌を歌いながら船に荷物を積んでいる。
波止場の端に停まった、他の貿易船より一回り小さな船の前。ここで待ち合わせをしている。
「お、提督、来ましたよ」
「……ああ」
ミーナに肩を叩かれたアドマイヤは灰皿に煙草の火を押し付けた。
この船はアドマイヤの所有する船で、約束通りフュトゥーヌ王国まで乗せていってもらえることになった。ミーナはここに残り、情報屋稼業をはじめ諸々の後始末や工場の労働環境改善のために動き続けるらしい。
「ミーナ。この前ワイヤーガンを壊して悪かった」
幽霊を斬る際にミーナのワイヤーガン諸共切断してしまったのだ。
「気にしないでよ。ワイヤーさえあればまた作れるしね。ありがとう。みんなのおかげで少し前に進めるよ。私も、この街もね」
「こちらこそ、会えてよかった。俺たちにできることがあれば遠慮なく言ってくれ」
「そこはお互い様さ。それじゃあ、名残惜しいけど、これから大きな情報を仕入れに行くから。ユウリとルリカもまたね」
ミーナが差し出した手をレイドはしっかりと握り返す。お互いの手が離れてすぐに、走り去るミーナの背中に向かって、ルリカがぽつりと呟く。
「嵐のような方ですね」
「そうだね。突然来て、突然どっか行っちゃって」
「また会えますよね、きっと」
ミーナの姿が見えなくなったところで、アドマイヤが船に乗るように促した。そろそろ出港するようだ。
「テメェら酔って船の床板にぶちまけたらただじゃおかねぇからな。わかったらとっとと乗りやがれ」
舵を握るアドマイヤがきつめに釘を刺す。
ぶっきらぼうな物言いだが、運んでくれるだけ優しい。本人は口にはしないが、この街をミーナに任せてもいいと思っているところも好印象だ。
「うし、じゃあ碇を上げろ! 風もいい感じだ。帆を広げろ!」
てきぱきと船乗りに指示を出し、アドマイヤが舵を握った。船がゆっくりと港を離れていくにつれて、潮の匂いが一層強くなる。
パステルカラーの青空を海鳥が舞い、陽気な船乗りの歌が聞こえる。後ろを振り返れば、小さくなるドリザルト王国が見えることだろう。しかし、あえて振り向かず、先の地平線だけを眺めて進むのであった。
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