第25話 決戦
翌日の夜、レイドたちは夜の工場地帯を訪れていた。幽霊が出る時間まではまだしばらくある。遅れて合流したアドマイヤは手に巨大な円錐形の筒を持っていた。
「これでも使っとけ。音はデカい方がいいんだろ?」
「あ、ありがとうございます。これは?」
「拡声円錐だ。他所の船と連絡すんのに使ってんだよ。小さい方の穴に向かって声を出すと、反対の大きい穴から大きな音が出る」
アドマイヤは拡声円錐なる道具をユウリに渡すと、懐の懐中時計を見た。時計塔の方が見やすいのに自分の時計を見るのは船乗りとしての癖なのだろうか。
「奴らが出てくるまで、まだちっとは時間があるな」
懐中時計と入れ替えるように煙草を取り出し、マッチを擦って火をつけた。闇の中にぼうっと浮かぶ赤い火種。時々白い汽笛が口から噴き出る。
これから戦いを控えているというのに、かなり余裕がある態度だ。歴戦の猛者であることを態度で語っている。
「……なぁ坊主。いくつか聞きてぇことがあんだ」
「なんですか?」
「お前はどうして霊狩りになったんだ?」
レイドはユウリと出会った時のことをぽつぽつと語った。アドマイヤは半分納得した様子だったが、腑に落ちない部分もあるようだ。
「前にも言ったが、お前の親父さんが生きてるっつー確証はないんだぜ? それなのにどうして探そうと思えんだ?」
「それは……逆に親父は死体も見つかってませんから、死んでる確証もないじゃないですか。なら俺は、そっちに賭けたい。仮に死んでいても、その骨を拾って帰りたいんです」
「……なるほどな。じゃあ次、そっちの嬢ちゃん」
アドマイヤは煙草でユウリを指した。ぶつぶつと歌を口ずさんでいたユウリは唐突な使命に肩を吊り上げる。
「ひゃい!? なんれすか?」
「嬢ちゃんも霊狩りだったな。どうして霊狩りになったんだ?」
「わたしの場合は特に……家系というか……」
「そのパターンか。だいたい、霊狩りの家系っての先祖が『何かやらかしちまってる』可能性が高い。ま、だとしても嬢ちゃんに罪はねぇがな」
そういうとアドマイヤは再び煙草をふかした。もう半分を切る長さになっている。
アドマイヤは最後標的をルリカに定め、厳しい目線を向けた。
「で、お前だお前。聖槌教会の神官のクセして霊狩りなんかとつるんでやがる。腹の内教えろ」
「わ、私は……この目で幽霊を見てしまったんです。龍核は持っていませんが、労働者の幽霊も見えますから。ユウリさんが言うには『霊感が強い』と」
「聖槌教会は幽霊の存在を公的に否定している。それなのにどうして幽霊を認めてるんだ? 異端なのか?」
「違います。ただ、思い知ったのです。自分が信じていることだけが真実ではないのだと。むしろ、私が真実だと思い込んでいたことを悪用する者もいます。私は、そんな教会を変えたい。そのためには、まずは私が変わりたいと思ったのです」
「なるほどなぁ……まぁ信じてやるよ」
煙草が燃え尽きたアドマイヤは、懐中時計の裏に仕込んであった持ち運べる灰皿に押し付けた。儚く消える火炎を見送り、レイドは年長のアドマイヤに尋ねてみた。
「アドマイヤさんはどうして霊狩りに?」
「俺か? つまんねぇ理由だよ。語るだけ無駄だ」
人に話させておいて自分は隠すのはずるいような気がしたが、下手に刺激をしてもいけないだろう。
アドマイヤは二本目の煙草に手を伸ばそうとした。流石に吸いすぎではないか思い、レイドが静止しようとした時、十一時を告げる鐘が響いた。
「時間だな。じゃあ嬢ちゃん、頼むぜ」
「は、はい」
アドマイヤは先陣を切るかのようにカトラスを引き抜いた。鍔には翠の結晶龍核。レイドも負けじと剣を引き抜く。そのタイミングを見計らい、ユウリが拡声円錐に口を当て、美麗な歌声を披露した。夜の静寂に包まれた街に添えられる彩りは、そのアンバランスさがかえって恐怖を感じさせる。
「坊主、見えるか?」
「集まって来てますね」
次々と青白い霊体がぽつぽつと現れる。歌っていてガスマスクを着用できないユウリを守るように、アドマイヤと共に立ち回る。
「しかし驚いたな。まさか連中、坊主の読み通り音の振動を拾ってやがったか……。似た波長の音には集まりやすい……。嬢ちゃんの声はぴったりって訳だ」
気が付けば、周囲はすっかりと幽霊だけになっていた。精神に作用する有害ガスを噴出するが、その器官を潰すようにレイドは斬ってゆく。しかし、倒せば倒すほど、むしろ増えているように思える。
「き、来た! アドマイヤさん!」
「おうよ。久々にしっかり剣を振るうか……『総帆展帆』!」
カトラスをたった一薙ぎしただけなのにも関わらず、斬撃から斬撃が出るような強力な一撃で幽霊を一掃した。動き出しから終了までが一切の隙がなく、やはり元軍人である人間の動きだ。だがそれでも時間稼ぎ程度にしかならない。
「どんだけいるんだよ!?」
「いえ、動きが変わっています」
集合して動きが取りづらくなったのか、幽霊の行動が変化した。ただ集団で迫るのではなく、僅かではあるが退きはじめている。
「坊主、逃がすな!」
アドマイヤの指示で幽霊集団の後ろに回る。これで退くこともできなくなった幽霊。次はどうするのかと身構えていると、彼らは集団で工場の壁をすり抜けて中に入っていった。
「何をする気なんだ……?」
驚きのあまり、ユウリも歌うのを止め、ガスマスクを着用した。幽霊が突っ込んでいった壁を見つめていると、工場の壁の内側を激しく叩く音が聞こえてきた。
徐々に壁を叩く音は激しくなり、遠くの山で振動に驚いた鳥の群れがけたたましく鳴きながら飛翔する。
「レイド、構えて!」
ユウリの叫び声と共に、工場の壁が打ち破られた。夜の闇で内部の様子が確認できないが、ドシンドシンと大地を踏みしめる重々しい音が聞こえる。
そしていよいよ姿を現したのは、巨大な幽霊の集合体。それもただの集合体ではなく、工場内の機械と融合した姿になっている。蒸気機関で、何本にも増えたガス排出用の器官から煙を噴き出している。
「まさか、機械に取り憑いたの!?」
「おいおい……こうなるたぁ完全に想定外だぜ。生き物以外に取り憑くなんてことあるんだな」
「でも読み通り、一体化しましたよ」
呆気に取られるアドマイヤを横目に、レイドは一歩前に出た。そして剣を真っすぐと幽霊に向ける。
おどろおどろしい姿だが、レイドはその中に、深い悲しみを見た。自分たちが最も苦しめられたであろう存在に、今は仲間総出ですがっているのだ。これほど屈辱的なことはない。
「お前たちは俺たちが斃す。……いや、斃さなきゃならない」
レイドは一気に斬りかかった。巨大な腕に飛び移り、霊の体を駆け上る。霊体の頭部を剣で突き刺す。しかし、これでは決定打に欠けるようで、幽霊はレイドの体を無理矢理引きはがし、地面に叩きつけた。衝撃で顔のガスマスクが吹き飛ぶ。追撃するように右腕の配管を伸ばす。ここから噴出されるガスを直に食らえば、その後は想像に難くない。
ぐつぐつと配管の奥が滾る音が聞こえる。単純に体組織を破壊する攻撃でないだけに、どうなるのかわからない。叩きつけられた衝撃で逃げることもできない。
ついにここで打ち止めか。仄白い煙がレイドの顔面に発せられ、視界が霧に覆われた。
霧が晴れると、そこはただ暗闇が広がるばかりの「無」であった。体が思うように動かない。すると、何もない空間に声が反響して聞こえてきた。
『お前の旅に意味など無い』
『父親は既に死んでいるに決まっている』
『本当はわっているんだろう?』
『何も得られないかもしれない』
『知れば知るほど苦しくなるぞ』
耳を塞いでも、手の甲を貫いて鼓膜に声が轟く。振り払っても振り払っても、意味をなさない。死んでいても構わないから父がどうなったのかを知りたい。だが、心のどこかではひそかにまだ生きているのではないかと期待していた。しかし、その微かな希望さえも打ち砕く圧倒的な絶望を、五感に与えられる。
「や、やめろ……」
『なら、これならどうだ?』
今度はレイドの眼前に、腹部に風穴が空いた父の姿が映る。地は血液に塗れ、目は見開いたまま虚ろになっている。体温も失われ、肌が青白い。幻覚だと解っていても、レイドの心を確実に削いでくる。目を瞑っても、瞼の裏側に映像が流れる。
『何をしても無駄だ』
『父親は死んでいる』
『仲間にも裏切られるかもしれない』
『自分の手で楽になってしまえ』
「やめろ……やめてくれ……」
レイドに剣が差し出される。父に貰った大事な形見。父に繋がる唯一の手掛かり。気付いた時にはその切っ先を喉に押し当てていた。ひやりとした感覚が伝わる。
『そうだ。それでいい……』
顔が見えない声の主がほくそ笑むように思えた。これでいいのか。
「ダメッ!」
馴染みのある声が、レイドの意識に強く訴えかけている。
「お父さんを見つけるんでしょ! 変な言葉に惑わされちゃダメ!」
「レイドさん! しっかりしてください! あなただけが頼りなんです!」
レイドは剣に込める力を緩めると同時に意識を取り戻した。どうやら現実でも幻覚の中でやろうとしていた行為が反映されていたようだ。
横にはユウリとルリカが立っている。彼女たちは剣を握るレイドの手を必死に抑え込んでいた。ユウリはホッと息を漏らす。
「よかった……戻って来てくれて」
「坊主、一人で突っ走んじゃねぇよ。……ったく老人に苦労させやがって」
アドマイヤはずっと守っていてくれたらしく、酷い息切れを起こしていた。
「みんな、助かった」
三人で幽霊と向き合う。幽霊は再び太い排ガスパイプを向ける。もう怯まない。レイドは、いの一番に突撃した。
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