第24話 霊狩りの船乗り
ギルドに戻ると、異変に気付いて目覚めたアドマイヤが鬼の形相で睨みつけてきた。事情を説明しようとしても、先にミーナを寝かせろの一点張りである。
ベッドにミーナの体を置いても、未だに悪夢に苦しめられている様子だった。ぶつぶつと震えた声で呟き続けている。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
身体の不調というよりは、精神の方を侵されているようである。今思えば、ユウリが突然不安を告白してきたのも、最初に幽霊たちと出会った時に煙を吸ったからだろう。
「コイツぁダメだな。暫くはそっとしとく他ねぇ」
アドマイヤはいつも通り椅子に腰かけて煙草に火をつけた。一口だけ吸って、煙を吐くと、何か観念したかのように口を開いた。
「チッ……悪い方にばかり行くじゃねぇか。オレの知り合いに頼んでお前らをフュトゥーヌに送ってもらえるように手配してやんよ。もう首突っ込むんじゃねぇ」
「待ってください。俺、まだ諦めたくないです」
「黙れ!」
アドマイヤは煙草を握りつぶすと、テーブルの灰皿に拳を叩きつけた。灰皿にはヒビが入り、歳不相応の腕力を思い知らされる。
「オレは、この件についてはゆっくりと解決案を出していけばいいと思っていたんだ。多少犠牲者が増えようともな。元凶を始末できるオレたちがくたばっちまえば元も子もねぇ」
「ですがミーナは犠牲が増えるのを見ていられなかったんじゃないんですか?」
「オレとアイツは反りが合わないのかもしれないな。オレは、軍人だったんだ。過去に縋っていると思われても仕方がないが、数が少ない部隊であれば、退くことも時に大事だ。だがアイツは……」
アドマイヤの言葉が止まった。次に言うべき台詞を探しているようだったが、溜息の末、ぽつりと言葉を放った。
「アイツを拾ったのはオレだ。元々、ミーナは工場の児童労働者だった。低賃金、重労働。飯も食えずにやせ細って、勉強だって出来やしねぇ。そのくせ工場長に逆らって、全身ズタボロになっていた」
「それを、アドマイヤさんが?」
「ああ。最初は放っておこうかと思った。似たようなヤツはわんさかいるからな。アイツだけを特別扱いはできねぇ。でもな、ミーナは去ろうとするオレの脚をがっちり掴んできたんだ。こっちから手を差し伸べるつもりなんざ毛頭なかったが、向こうから掴んできたなら話は別だ。ここに案内した」
「ミーナは工場で働ていたんですね」
「相当ひどい目に遭ったらしい。普段はクールに振舞っちゃいるが、中身は復讐心の塊だ。あの鉄屑をぶっ壊すこと以外、頭ん中に入っちゃいねぇ。情報屋になったのも、工場の運営者の弱み握るためだ」
「あれ? でも、工場を壊したいなら幽霊をそのままにしておいた方がいいんじゃない?」
「それ以上に、工場のせいで死ぬ人間を見たくねぇってことだ。壊すのは自分の手で。恐ろしいヤツだろう? 今回もきっと幽霊を狩りに行ったんじゃねぇ。工場をぶっ壊しに行ったんだろ」
今回ミーナが倒れていたのも工場の入り口の前だった。昼間に子供が工場長から暴力を振るわれているのを見て、居ても立ってもいられなくなったのだろう。
「ゆっくりでいいんだ。オレたちにできるのはまず幽霊の掃討。工場に関しては存在の是非も込みでオレたちの管轄じゃねぇ。幽霊退治については癪ではあるが本部の連中にかけあってみたりもしている」
「でも……俺はミーナの気持ちもわかります。工場がなくならないから幽霊が増える。しかも幽霊のせいで死者も増える。なら工場を先に潰した方が……」
「そうは言ってもな坊主。まさかとは思うが根拠もねぇのにできるなんて思っちゃねぇだろうな? オレたちは政治家じゃねぇし、工場をぶっ壊すなんてテロリストとやってることは同じだろ」
「それは……」
「お前の親父さんが生きているかどうか、お前さんは百パーセント信じられんのか? えぇ? 仮に死んでいたとしても、ほとんど手がかりもなさそうじゃねぇか。それと同じだ。できそうにないことをやるべきじゃねぇんだよ」
「そんなこと……」
そんなことない。なんて言えなかった。少なくとも父はただ死んだわけではない。どうなったのか、せめてそれだけを知ることができれば、レイドの旅の目的は果たされる。アドマイヤにそう言ってやりたかったが、否定する言葉が全くと言っていいほど見つからない。
どうしたレイド、いつも俺らしくないじゃないか、ともう一人の自分が必死に声掛けしてくれているが、今のレイドはもう一人の自分から目を背けたい気分だった。
「それに、どっちみち国が動いて労働者を保護しようって動きにはなってんだ。それがありゃ犠牲は多少止まる」
「俺はそうは思いません」
「なんだと?」
「俺はこの前、工場の中を見てきました。あそこの工場長は傲慢で身勝手で、他人の事を思いやれないヤツでした。仮に王が労働者を保護しても、ああいう下衆な連中は王の目を盗んで残酷なことをし続ける……俺はそう感じました。ですから、後から幽霊だけ減らしていくのは、途方もない時間がかかると思います。工場をどうにかしない限り、この街の幽霊は増え続けます」
「んなこたぁオレだってわかってんだよ。だったらせめて、何か案を出しやがれ!」
「そうだなぁ……工場付近に幽霊が現れるんだったら、あそこで騒ぎを起こすだけでも打撃はありそうだよね」
「工場を破壊したいとまでは思わない。でも、少しでも止めることはできる。幽霊退治をしながら工場の設備にダメージを与えることもできるんじゃないか?」
横からユウリが援護射撃をしてくれたおかげで、案が生まれた。幽霊を退治することと、ミーナの希望でもある工場への問いかけ。無謀だが、噛み合えば両方を完遂できるかもしれない。二人からの意見を聞いたアドマイヤは、まだ火が灯ってゐる煙草を灰皿に押し付けた。
「これだから若ぇモンは嫌いなんだよ……。おい、だったらどうするってんだ。前提として、幽霊は群体だ。一網打尽にしなきゃ意味がねぇ」
姿勢を正したアドマイヤの目を、レイドは初めて確と見据えた。皺だらけの目元の中に、黒々とした瞳が覗く。
「似た性質を持つ幽霊は、融合して一つの個体になることがある……。俺が初めて戦った幽霊もその類でした。だから、幽霊を一か所に集めて集合体にして、それを俺たち全員で叩くんです」
「バカか! 死にてぇのかこの命知らずが! そんなところまで親父に似たんだな」
「怖ければ俺一人でもやります。他の人には援護に入ってもらって」
「チッ……だが、結局は一か所に集めねばならん。どうする?」
「まずはアドマイヤさんのお話を聞かせてほしいです。あの幽霊たちと対峙した時、何か不思議に思ったことはありませんでしたか?」
「ん? そりゃあ連中は何から何まで普通の幽霊とは違ぇしな。ただ、抵抗しねぇんだ。奴らは意味もなく煙を吐いて、こっちが一人斃せば集まって来る……訳がわかんねぇよ。目が見えんのか、何も考えてねんだか」
「俺の時もそうだったな……」
「あ、はいはい!」
ユウリが自信ありげに挙手する。
「十一時! 私たちが最初に来た時も十一時過ぎたら出て来たよね。それで、昼間は全然見かけないし」
「まさか音に反応しているのか? いやしかし、連中の耳は聞こえんはずだ」
「やっぱり違うのかなぁ」
十一時を過ぎたら出現することが条件であるのならば、鐘の音は関係あるのだろうか。時刻は関係あるだろうが、音との関係性がわからない。十一時になれば姿を現すという生態なのだろうか。
「工場に対して恨みがあるなら、夜間に工場を動かしておけば寄ってきそうだけど……それは無理だよね」
ユウリの声を聞いていると、いつか聞いた彼女の清らかな歌声が思い出される。あの魂が現れるような歌声は、今寝込んでいる二人も起こせるかもしれない。
今は眠っているルリカが言っていた言葉も思い出される。「幽霊が集まった時に、全員の声が重なったんです。」と言っていた。そして「まるで調和しているよう」とも。音、歌、調和……。
「あっ……耳が聞こえないからといって、音を感知できないわけじゃないのかもしれないな。なぁ、試してみたいことがあるんだが、ユウリも、いいか?」
レイドは危険だと重々承知のうえでユウリにある作戦を持ちかけた。ユウリは快く承諾してくれたが、アドマイヤは相変わらず小難しい顔をして腕を組んでいたが、否定することは遂になかった。
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