第21話 告白
いつもより一層長くなってしまいましたが、大事なところだと思ったので何卒ご容赦ください。
霊狩りギルド・ヘグニ。そのディンドンロア支部でレイドたちは一晩を明かすこととなった。偶然にもレイドはユウリと相部屋になってしまった。ところが、彼女は何か神妙な面持ちで、話があるという。
思えば、ユウリと二人きりというのは、出会ってからの数日間だけのことであった。その時よりも話題の幅は広がっている。今だから話せることも増えているだろう。
ユウリはベッドに、レイドは椅子に腰かける。夜だからなのか、まだ体調が万全でないのか、ユウリの様子はどこか萎れている。自ずから話し出すのを待っていると、ユウリはやおらに語り始めた。
「わたし……もしもこのまま呪いが解けなかったらどうしようって思うんだ」
「ずっと聞きたかったんだが、ユウリにかかっている呪いって何なんだ?」
「それは……」
言葉を濁される。何か答え辛いことなのだろうか。それとも、それを話してもいいと思われるほど信頼されていないのだろうか。
レイドはひたすらに待ち続けた。話したくないのならそう言えばいいと。
「話すよ。聞いてほしいって言ったのはわたしだし。わたし自身も、確かなことは言えない。でも、たぶん、魔力量減少……じゃないかなって思ってる」
「魔力量減少? それにしては普通の人間と遜色ないレベルの魔法を扱っているように思えるけどな」
「一見そう見ええるかもしれないんだけど、やっぱりちょっと疲れやすいんだ。あと……」
「あと……?」
「ううん。なんでもない」
ユウリの呪いの裏側には、まだ何かが隠れているような気がしてならない。ユウリはそれをぼかすように話題を逸らそうとする。
魔力量減少だけでこれほど深刻になるとは到底思えないのだ。魔法は皆が平等に使える技術ではない。しかし、これ以上無理矢理引き出すのも違うだろう。だが、話してくれないとなるとそれはそれで少し傷つく。
「……いつかは話してほしい。俺も手伝えることはするから」
「レイドはどうして出会って殆ど経ってないのにわたしに尽くしてくれようとするの?」
ユウリの疑問は、彼女がレイドに全てを語らない理由が包含されていた。レイドの中で答えはとうに出ている。
「親父なら、そうするからだ。困っている人には徹底的に尽くすし、自分の命さえも擲つ覚悟のある人だ。だから俺もそうなりたい」
「それなら、レイドはお父さんに近付けてると思うよ。あ、無理は禁物ね。でも、そっか。強い人だなぁ」
それが父に向けられたものなのか自分に向けられたものなのか、レイドにはわからなかった。ユウリの憧憬のような尊敬のような眼差しは遥か虚空に向いていた。だが、レイドの答え自体はしっかりと噛みしめているようだ。
「でも、わたしは……怖がりで、弱くて……」
松明を持たずに洞窟を進む。ユウリが置かれている状況そのものだ。それがどれほど心細いことか。もしも呪いが解けなければどうなるのか。ユウリの手がわなわなと震えている。やはりどこか様子がおかしい。レイドはそっと、ユウリの肩に手を置いた。
「大丈夫だ。俺がついている。ルリカもいる」
激しく上下していたユウリの肩も落ち着きを取り戻し、息も整った。このままの状態でできることは、ただ話を聞くことのみだ。
「さっき、煙を吸った時に声が聞こえて来て……幻惑なのはわかってるんだけど、『お前の呪いは解けない』『死ぬまで呪われている』『恥をかく前に死んでしまえ』って聞こえて来て……」
霊の煙は相当厄介な方法で人を惑わすようだ。ユウリの呪いが解ける確証はまだない。それがより一層彼女の心理に負荷をかけているに違いなかった。今レイドにできることはただ彼女と共に呪いは解けるという希望を持つことだけである。
「ユウリだけは、呪いが解けないんじゃないかって疑っちゃいけないんじゃないか? この世界は俺たちが思っている以上に広い。呪いを解くヒントだって手に入れたじゃないか。だから、幽霊の戯言に騙されちゃダメだ」
「……うん。そうだよね。なんか元気出てきたかも」
「よかった。じゃあ、明日に備えて休もう」
置いていた手をそっと離す。ユウリがまたニコリと笑っている。が、いつものような底抜けに明るいのではなく、ほんのり安堵を含んだ微笑みだ。微かに頬を赤らめ、何かを買い占めるように目線が床に向いている。
「……やっぱり、レイドを旅にお誘いしてよかったな」
「なんだ? 俺、最初から目つけられてたのか?」
「違う違う。出会いは偶然! 単に仲間が欲しかっただけだよ。紋章のこととかは全部偶然。でもね、レイドとルリカに会うよりも前……一人でいた頃も、夜になると不安に思う時はあったんだ。でも、今は独りじゃないんだって。強く思ったんだ。わたしもレイドのお父さんを見つけるの手伝うよ」
「それは心強い……が、本当に魔力量減少だけでそこまで追い込まれるのか?」
呪いによって生命が脅かされるというのなら、解けないことによって焦燥するのはよくわかる。ナイーヴな考えになるのも致し方ない。だが、ユウリを観察していると、かなり気が滅入っている。
このまま有耶無耶にしてはいけないような気がして、レイドはしつこいことを承知で再度問うてみた。今度は答えてくれる。そんな確信がレイドの中にはあった。
ユウリは目を伏せ、スカートの裾に皺が寄るほど強く拳を握っている。そしてひねり出すように口から声を出した。
「……ほ、本当は……寿命が……短くなってる……」
「…………え?」
レイドは耳を疑った。今確かに『寿命が短くなっている』と言った。それと同時に、あらゆる点が腑に落ちた。標準的な人間と照らし合わせても、ユウリの外見年齢と精神年齢は同じに見えるが、成人までは他と同じように育つ呪いなのだろうか。パターンが多様で呪術は難解だ。故にどんなタイプの呪いでも受け入れるほかない。
「驚いた、よね。見た目、普通の人間と変わんないもんね」
「あ……いや、いいんだ。話してくれたことは嬉しいしな」
口ではそういうが、未だ到底受容できず、動揺も隠しきれていないことがわかった。しかし同時に、今知っておいてよかったとも思った。もっと遅くにこのことを知れば、裏切られたような気分になるに違いないからだ。
ただ、「普通の人間と変わんないもんね」という言葉だけはレイドの中に引っかかり、心が反芻を続けていた。
「心配かけたくなくて言えなかった。それに、そんな明日明後日死んじゃうなんて話じゃないからさ」
ユウリが腹に抱え込んでいたのは、超特大の爆弾であった。よくこれをここまで一人で運んで来られたものだ。いつもの底抜けに笑顔の裏には、こんな凶悪な兵器が彼女の命を蝕んでいたのだ。
それに気付けずに、彼女の笑顔に惹かれた自分をレイドは呪いたくなった。あわよくば、ユウリの呪いを全て肩代わりしたいくらいだ。
ユウリがこのことを秘めていた事実以上に、鈍感な上に呆けていた自分が憎くて仕方がなかった。
「なら、あとどのくらい時間があるんだ? ここで悠長にしている暇はあるのか?」
「お、落ち着いてってば。大丈夫だって。それすらもわからないんだから。でも今年中に死ぬとはないよ。事故とかに遭わない限りは」
「だが……」
「もう、心配しすぎ。レイドは自分の体を労われるようになるまではわたしの考えにとやかく言う権利はありませーん」
まただ。笑かして乗り切ろうとしている。否、これほどの苦境に立たされても常態でいられるという強さの表れなのだろうか。
茶化さずに今一度ユウリの顔をしかと見つめる。すると、彼女もそれに応えてくれた。真剣な雰囲気だけを漂わせ、これから真実を話す準備をしている。
「……本当はね、怖いよそりゃ。いや、流石に明日死ぬんじゃないかとかは思わないけどさ。縮められた命で迎える最期が、幸せなわけないって……わかってるから……」
いよいよユウリの声が震えはじめた。明日明後日はよくとも、より先々の未来を考えるとやるせない気持ちにもなるだろう。
「ユウリは……呪いが解けたら何がしたいんだ。幸せになりたいのか?」
「わたし自身が満足できる人生を全うしたいってだけだよ。まぁ漠然ちゃ漠然だけどさ。でも、そうだなぁ……世界中、旅したい」
それがユウリの願う幸せな人生ならば、確かに不安は取り除きたいだろう。何をするにもまさに、死んでしまえば元も子もないというわけだ。
「それからね、歌手、ちょっと目指してみたいなって」
「いいんじゃないか? でも、俺が言ったからとかじゃないよな?」
「うーん、元々興味はあったけど、レイドに言って貰えて背中押してもらった感じかな」
「なら俺は……ユウリの目指すものを手に入れられるようにサポートするまでだな」
「もー、ちょっとくらい利己的になってもいいんだぞ。親父見つけるために利用してやる~くらいにさ。でも、ありがと。すっごく心強い」
「それはお互い様だ。俺もユウリがいなきゃ今頃幽霊だ」
一瞬で和やかな雰囲気に戻せてしまうのも、ユウリの為せる技なのだろう。そして流れるように睡眠の準備に入る。
ユウリは強い。ゆえに脆い。レイドはそんなユウリを尊敬し、同時に共にいるべきだとも思う。改めて、ユウリと共に旅をする意思を固めるのであった。
「そろそろいい時間だし寝よっか。付き合ってくれたお礼にわたしが子守歌歌ってあげる。よくお母さんが歌ってくれたやつ」
「おいおいガキじゃねぇんだぞ」
「まあまあ、わたしの自己満だよ。入眠用の専用曲と思ってくれればいいよ」
「わかったよ。ベッド使ってくれ。俺はソファで寝る」
「一人用ソファなのに? 腰痛めるよ?」
ユウリが腰掛けるベッドの方こそ、一人で寝ることしか想定されていないコンパクトサイズだ。ユウリの小柄な体でもようやく包めるくらいである。
「もう。おいでよ」
思い切り手首を引かれる。意外にも力強いことに驚きつつ、半ば押し倒されるようにしてベッドに押し込まれた。二人の顔が近い。なぜかバラのようないい香りがする。ユウリの息がレイドの顎にかかってくすぐったい。
「……何も、気にしないのか?」
「別に?」
天然なのか、わざとなのか。しかし、何の危機感も抱かないのはどうなのだろうか。
「自意識過剰は承知だが、変な気は起こすなよ」
「にしし……じゃあ変じゃなければ何してもいいんだ?」
こういう時に限って鋭く揶揄う。正直なところ、動悸が収まらず心臓に悪いので本当にやめてほしい。そして、今の受け答えからするに、「わざと」なのだろう。
「なんちゃって。じゃあ、よーく眠れるお歌の時間だよー」
「頼むからその赤ん坊をあやすみたいな喋り方はよしてくれ……」
この状況では眠れるものも眠れない。四六時中寝ている動物でさえも目を充血させて意識を保つだろう。
レイドも寝不足になることを期待していたが、耳の中にユウリが奏でる旋律が流れ込んできた途端に杞憂となる。晴天の下、小川の畔で小鳥がさえずるような、優しく穏やかで滑らかな歌は、魂が洗われる心地だ。気付けばレイドはすっかり夢の中に落ちていた。
……その日の早朝、レイドは寝相の悪いユウリに腹を蹴られて目を覚ました。
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