第20話 霊狩りの情報屋
「私たちと手を組んでくれないかい?」
霊狩りギルドのミーナはそう言ってレイドたちに手を差し出した。後ろでは、白い髭をたくわえた男がむすっとした様子でふんぞり返っていた。
手を組む。額面通りに受け取るのなら、幽霊退治に協力してほしいということだろうが、すぐにわかったとは言えない。
「手を焼いていると言っていたな。具体的にどうなんだ?」
「私たちはディンドンロアの幽霊の撲滅を目指してるんだ。とりわけ、工場ができてからさっき遭遇したようなのがたくさんでね。一つ一つの個体は弱いけど、同じ能力を持った群体で存在している。かといって、積極的に襲ってくることはない」
「恨みのない幽霊ということか?」
「いや、ないわけじゃないんだけどね。彼らは全員、工場勤務の最中の事故で命を落とした人たちなんだ。ただ、先行きが不安な今の時代に死んでしまったことそのものがどうも受け入れ切れていないみたいなんだよね」
「それは……すごく厄介な種類の幽霊だね。わたしも聞いたことないや」
「私たちも前例がないから手こずっているんだ。何より恐ろしいのは、あのガス能力。吸い込むと、最初は体調不良とか気絶で済むんだけど、吸い続けると死ぬからね。今は機械事故の犠牲者以外も混ざっているよ」
ミーナたちの目的が判明したところで、それまで二本目のたばこをふかしていたマリンキャップの老人が口を開いた。
「オレたちは連中を一網打尽にする策を考えている。一体でも取り逃しちゃ、また増えるからな。……まぁ、お国のほうが工場の労働環境と機械の安全性をどうにかしてくれないと、いたちごっこにはなるがな。同じことが起きた時に対処法を知っていれば容易に片が付く」
「工場の労働環境について、現王は見て見ぬフリを貫いているようなんだけど、王子様が有識者を探し回られているようでね」
「フォルスタン。またそんな機密情報を仕入れてきたのか」
「はい。あ、そういえばこの人たち、フュトゥーヌ王国に行こうとしているそうなので、一通りの件が解決したら提督が送っていってあげたらどうです?」
「ざけんなテメェが連れてきたんだろうがどうして俺がガキのお守りしなけりゃならねぇんだ!」
レイドは背筋が凍った。薄々感じてはいたが、ミーナはただの霊狩りギルド構成員ではなさそうだ。今朝決めた外国行きをなぜ見ず知らずの他人が知っているのか。どこから情報が漏れたのか。
加えてこちらの男性も提督と呼ばれるほど地位の高い人間なのだろうか。外国と行き来しながらディンドンロアで霊狩りをしている余裕などあるのだろうか。
レイドの懐疑を感じ取ったのか、男性の方がミーナの腰をつついた。
「おい、説明してなかったのか?」
「あ……ごめんよ。私、この街で情報屋やってるんだ。昼はそっちで活動して、夜は霊狩り。君たちから仕入れた情報を誰かれ構わず流したりはしないから、安心してくれたまえ」
「いや、なんで俺たちがフュトゥーヌ王国に行くことを知ってるんだ?」
「あぁ、街ですれ違ったの、気付かなかった? 話題に上がってたからそうなんだな~ってね」
恐るべき情報屋の地獄耳。下手な話はできない。だが、海外に送り届けてくれることも可能だというこの男性、一体何者なのだろうか。デスクの上の地図やファッションスタイル、提督という呼び名から海と深い関りがありそうだ。
「とにかく、何かしらお礼するから手伝ってほしいんだ」
「そういうことなら手を組んでもいいが……ユウリはどうだ?」
「もちろんお手伝いするよ! 元々はわたしにフュトゥーヌ王国のこと教えてくれた考古学者さんの依頼だし! えーっと、よろしくお願いします、ミーナさん、……と、てい――」
「ストックアンカー。オレの名はアドマイヤ=ストックアンカーだ。くれぐれも提督などとは呼ぶなよ」
と、凄むアドマイヤの迫力は海軍提督そのものである。顔には深い皺が刻まれ、キャップの隙間から覗く髪や、鼻と口の間に蓄えた髭には白が混ざっていて、潮風で傷んでいる。
「アドマイヤさん、よろしくお願いします!」
「まさか名で呼んでくるとは……オレの考えが古いのか?」
「わたし、ユウリって言います。あっちで寝ているのはルリカです」
「見たところ聖槌教会の神官だな。おい、あれをつまみ出せ」
アドマイヤは煙草を灰皿に押し付け、静かに告げた。落ち着いているようだが、レイドの心臓がひと際大きく跳ねるほどの怒りを感じた。それでもソファで眠るルリカの鼓膜には届いていないことは幸いだ。
「えっ、ちょっと待ってください。ルリカは幽霊の存在を認めたんです。それで、知見を広めるために一緒に旅してるんです」
「フン……理解に苦しむが、オレの邪魔をしねぇんなら文句はねぇ。で、そっちの坊主は?」
アドマイヤは煙が立ち上る煙草の先端をレイドに向けた。
「俺はレイド=ロストマンです」
「ロストマン……というと、思い出す顔があるが……。なるほど、顔立ちもそっくりだ。よもや、あの男の息子と出会うとはな」
アドマイヤの表情は殆ど変化を見せない。だが、彼の発言をレイドは無視することなどできなかった。ついに、ついに掴んだのだ。
「親父のこと知ってるんですか? なんでもいいので教えてください」
「フン。ただで教える訳にはいかない。だから、この街の幽霊を斃して、あの男の息子であると示してみろ」
アドマイヤはレイドの父と何らかのかかわりがあったようだ。となると、やはり軍の関係者か。レイドはアドマイヤの姿を見た時、一目で戦闘経験豊富なベテランであることを察した。それだけの圧倒的な雰囲気を放っているのだ。彼が父のことについて何か知っていても不思議ではない。
「わかりました。俺も全力でお手伝いします」
「寝床はこのギルドの奥にある部屋を使ってくれ。人数分ある保証はないがな」
そう告げるとアドマイヤは椅子を半回転させ、背を向けた。頭越しにマッチを擦る音が聞こえる。三本目の煙草に火を灯したようだ。
「本当にぶっきらぼうな人だよね。ついてきて、こっちが部屋だから。ルリカちゃんは私が運んであげる」
長旅疲れたでしょうと付け足し、部屋へと案内してくれた。かなり汚れているのを覚悟したが、埃が落ちていない程度に掃除されており、換気もされた快適な空間だ。
しかし問題は二部屋しかないことである。アドマイヤはソファで眠るのが常なので部屋は使わないそうだ。恐らくルリカがミーナと行くことになるので、必然的に部屋割りが確定する。
「その、いいのかい? ユウリ、こっちに来てもいいんだよ?」
「いえいえ。お二人で広く使ってください」
「そうかい……じゃあお休み。明日は街をちょっと見ていこうか」
蝶の羽を想起する手の振りを見せ、ミーナは姿を消した。残された部屋にはユウリとレイドの二人。この環境で眠れるだろうか。さらに度肝を抜かれたのは、ベッドが一人用だということだ。
「レイド、大丈夫?」
「それはこっちの台詞だ。今からでもリビングで寝れないか聞いてみる」
「待って。その、さ、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
行こうとするレイドの裾を掴んで引き留めたユウリ。その真剣な面持ちに、レイドは首を縦に振る他なかった。真剣な、且つ神妙で、どこか怯えているようにも見える。彼女は何を伝えたいのだろうか。
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