第19話 霊狩りギルド
夜のディンドンロアを覆う真っ白な霧の調査に赴いたレイドたち。その霧の正体は幽霊が放出する煙であった。ただでさえ文字通り目の前が真っ白になる上、吸ったが最後、意識は朦朧としてその場で立ち往生すること必至だ。
霧によって視界が完全に奪われた時、何かの射出音と共に、レイドは何者かに強く腕を引かれた。地上から足が浮かび上がる。死んで魂が抜けたのかとも考えたが、確かに重力を感じた。
視界が徐々に正常に戻る。どうやらここは工場の屋根の上のようだ。工場の煙突と、時計塔の長針が、いつもより近くに見える。
「危ないよ、君」
聞き馴染みのない声に呼ばれて振り返ると、そこには女性にしては長身な人物が立っていた。……否、本当に女性なのだろうか。ファッションや喋り口、声質が少年的な一方で顔つきや体つきは少女的で、本能が対面する者の性別を認識できていない。
「アンタが俺たちを助けてくれたのか?」
横で伸びているユウリとルリカを尻目に、その場で胡坐をかいたレイドは尋ねた。
「そんなところだね。ところでお兄さん、こんな夜更けに、何してたのさ」
「ちょっとした『依頼』の調査だ。俺も、同じ質問をそのまま返させてもらおうか」
「アハハ! いいね、いいね、強かだね。私も君と同じ理由だよ。そうだね……情報交換と行こうか。まず、私はミーナ=フォルスタンっていうんだ」
ミーナというのは女性名だ。従って眼前の人物は女性と考えていいだろう。差し出された手を取ると、ぐいと引っ張られて立たされた。
「俺はレイド=ロストマン」
「ロストマン? これはこれは……」
ミーナはキャスケット帽の鍔に触れた。その下の顔は素直に驚きを示している。
「ミーナの知っているロストマンは将軍だろう? 俺はその息子だ」
「なるほどねぇ。ま、その話は後にして、レイドくんは何をしていたのかな?」
「霧の正体を確かめていた」
「あれ、霧みたいな見た目だけど煙なんだよ。で、結果は?」
ここでレイドは選択を迫られる。それは幽霊のせいだと正直に言うか、適当に誤魔化すかということだ。
先ほどの幽霊が噴出していた『白い煙』は誰にでも視認できるはずだ。グリマーベリーで対峙したグレイズも、本体は一般人からは見えずとも、彼の扱う炎はしっかりと全員に見えていた。
ミーナに幽霊の話をして、果たして信じてもらえるかどうか。
「それはだな……」
言いよどむが、ここでもしもユウリならとふと考える。彼女は少しでも根拠があれば、幽霊の仕業だと疑い、それをさも当然のように周囲に伝える。こういった局面において、その場しのぎの嘘は意味を成さない。
「実は……俺たちはちょっとした幽霊退治を請け負ってるんだ。で、この煙も幽霊が出していた」
恐る恐るミーナの顔色をうかがう。笑われて変質者扱いされても致し方ないと考えていた。最悪、異端者として聖槌教会に突き出されるだろうか。しかし、緊張するレイドの予想とは裏腹に、彼女の反応は想定外のものだった。
「はは~ん、君たちも『霊狩り』だね。その剣、あの杖、結晶龍核でしょ。それなら私の抱いていた疑問全部に説明がつくね。どうして聖槌教会の神官と一緒にいるのかだけはわからないけど」
「待て。君たち『も』、だと?」
ミーナはキャスケットの鍔の上に乗ったゴーグルを調整し、腰から器具を取り出した。L字型の精巧な造りの機械だろうか。先端には尖鋭な爪がついたフックが顔を覗かせている。そして機械のボディには、月光を反射し妖しく翠に輝く結晶龍核が埋まっていた。
「私も霊狩りなんだ。……この際だから言っちゃうけど、私は霊狩りギルド『ヘグニ』ディンドンロア支部に籍を置いてるんだ」
「霊狩りギルド……? 霊狩りにギルドがあるのか?」
ミーナの言葉を復唱しつつレイドは疑問を呈した。てっきり霊狩りは特別な存在で、ある種の「選ばれた」「特殊な」「何らかの事情があるような」人間しかいないとばかり思い込んでいたのである。しかし、ギルドがあるということは、それなりの数が存在しているということだろうか。
「あれ、知らなかった? ダメだよ、情報は常に仕入れなきゃ」
「もしかして、ミーナもこの事態を解決しに来たのか?」
「そうそう。街の人から滅茶苦茶苦情入っててね。夜の工場地区が危険だからどうにかしてくれってさ。ま、彼らは事情を知らないけど、一応こちらは何でも屋的な感じでやってるからね」
ミーナが何者なのかははっきりしたが、まだレイドの中には疑問が多く残っている。次に何を尋ねようかと考えていると、ユウリがのっそりと起き上がった。
「う……あれ、わたし……」
「……場所を変えようか。ついてきて」
起き上がってきたことに気付いたミーナに言われるがまま、レイドは工場の屋根を伝っていく。まだ万全ではないユウリを背に負いながら。正直辛いが、ミーナはユウリと同じくらいの体躯を持つルリカを背負い、軽々しく忍者のように屋根を跳んでいる。なぜか負けられない気分になったレイド。懸命に後を追う。
工場地区を抜けて辿り着いたのは、海へと繋がっている用水路であった。街角の目立たない場所にあるマンホール蓋をこじ開け、そこから梯子を下ってゆく。地下は暗いが、ミーナがランタンで前を照らしてくれている。
横を流れる水からはかなりの悪臭がする。ディンドンロアはどこに行ってもこんな調子なのだろうか。
「この水、触れただけでも死にそう」
「そうだね。工場ができてからこの調子だよ」
「工場はいつからあるんだ? 俺がガキの頃にはなかったぞ」
「これができたのは千夜戦争以降だよ。ドリザルトはかなり甚大な戦争被害を受けたからね。いち早く復興しないと外国に攻め込まれる……そう危惧して国が急速な機械工業の発展を推し進めたんだ。おかげで生産力は向上したけど、環境と人々の健康は汚染された……って感じかな」
ミーナの口から語れる一つ一つが、直接見てきたかのような内容だ。それだけに、ディンドンロアは戦争によって壊された街なのだと解釈する。元々霧の多い街ではあったが、今では工場排煙と霧が混ざり合っている。
「そんなんで街の人の生活は大丈夫なの?」
「昼間は多少平気さ。ただ、明らかに体調不良者は増えているんだ。……私もそうだったしね」
ミーナがこちらを振り返ることはない。だが、彼女がどんな顔を浮かべているのかは想像に難くなかった。それ以降、しばらく会話が途切れる。
やがて、用水路の中腹の辺りでミーナが足を止めた。
「よし、この扉の先がギルドだよ」
「こんなところに構えているんだな。隠しているってことか」
「ご名答! 見つかったら面倒だしね」
鉄の扉は見た目に反して案外軽く、少し錆を削る音を響かせた。明るい光と共に、強烈な煙草の匂いが漏れ出す。
中はこれといって特徴もなく、椅子、テーブル、その奥に責任者のデスクがあり、一室にキッチンまで備えてある。ギルドというにはあまりにも簡素な作りだ。
「提督~帰ったよ」
ミーナは近くのソファに未だ気を失っているルリカを寝かせ、誰かに呼び掛けているようだった。
「レイド、そろそろ下ろしてくれていいよ」
レイドの背中で、おぶられていたユウリがもぞもぞと動いた。目覚めた直後は足元がおぼつかない様子だったが、もう心配は必要なさそうだ。
「ああ、わかった。それにしても、霊狩りにギルドがあるとはな」
「ね。全然知らなかった。まぁ公にできるようなことでもないから、納得かな」
小さな椅子を囲み、一人掛けのソファが座を組んでいる。本棚もあるが、中段にだけ本が入っており、他は全て蜘蛛の住処と化していた。
「レイドくん、ユウリちゃん、こっちにおいで」
ミーナの声の方に向かうと、横長のデスクが目に入った。その奥では一人の男性が煙草をふかしたまま眠っている。デスクの上に乗せられた足の下には、航海図と羅針盤が置かれていた。
「この人がここの支部長なんだけど……提督、起きてくださいよ」
「……フォルスタン。もう帰ったのか。何度も言っているが、提督と呼ぶのはやめてくれないか」
あくびと共に低音の少し掠れた声が部屋中にこだまする。どうやら眠っているように見えただけのようだ。目深に被ったマリンキャップで目を隠していた。前庇の影からレイドとユウリを一瞥する。
「何なんだこいつらは?」
「さっき知り合った霊狩りです」
「バカタレ! 幾ら霊狩りと言えど、部外者を勝手に入れるんじゃあねぇ!」
「でも提督いつも『人手が足りねぇ』とかボヤいてるじゃないですか。大体このギルド、私と提督の二人だけですし」
二人のギルドは果たしてギルドとして成立しているのだろうか。元々ここは支部であることを考えると、本部にはもう多少なりとも人がいると考えてよいのかさえわからない。
「だからと言って――わかった。話だけは聞いてやる」
男性は白煙と共に深く溜息を吐くと、デスクの端にあった灰皿をカトラスで引き寄せた。その鍔には翠に輝く結晶龍核が埋め込まれている。
男性の面倒くさそうな態度を歯牙にもかけず、ミーナは本題を切り出した。
「それじゃ改めて。私たちはこの街で霊狩り活動をやっているんだ。そして、さっき君たちが遭遇した幽霊には手を焼いていてね……。よければ手を組んでくれないかい?」
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