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第18話 工業都市

 正午のディンドンロア。潮香る港近くの学者ギルド内にユウリの悲嘆の叫びが轟いていた。遠くに臨む王城にも恐らく届いているだろう。


「そんなぁぁぁぁ……!!」


「お、お嬢ちゃん、ちょっと静かに……」


 ユウリを必死になだめるギルド長……もとい考古学者。レイドは申し訳ない気持ちを抱いた。ことの発端は数十分前に遡る。


 長い街道を抜け、ディンドンロアへと辿り着いたレイドたち一行。学者ギルドの所在地は王城からは少し離れた場所にある。

 扉を叩くと快く中に通してもらうと、鼻腔を突くのは眠気覚ましの珈琲の匂い、それから紙に沁み込んだインクの香りだ。

 グリマーベリーから持ってきた古文書を早速考古学や歴史学の専門家に見せたが、誰にも解読できないことが判明した。


「ごめんなさい……取り乱しました……」


「いや……それは構わないのだけれど……むしろ、我々の中にこれを解読できない人物がいないことが悔やまれるよ」


「あの、解読できそうな人がいる場所を教えてくれませんか?」


「そうだね。僕、実は似たような文字は見たことがあるんだ。それで、そのことについて研究しているのが……」


考古学者は古文書や論文で散らかっているデスクの中からメモ用紙と羽ペンを引っ張り出した。


「……えーっと、ユレカ地方、フュトゥーヌ王国の私立サゲーザ大学の文学部歴史学科……」


「ちょっと待ってください。フュトゥーヌ王国と言いましたか?」


 ルリカが食い気味に尋ねる。フュトゥーヌは隣国である。そもそもサドリザルト王国が島国なのに対し、フュトゥーヌは半島の国だ。つまり、大陸と接続している。どちらにせよ船に乗らなければならない。


「海外じゃないですか」


 しかし、レイドの中には僅かながら期待もあった。もしや父は他国へ行ったのではないか。もちろん、この街の中で国内に父がいることがわかればレイドはここで留まるが、もしも誰も父の行方が分からなければ、国外へ行くのも手だ。


「申し訳ないけど、そうなってしまうね」


「レイドさん、お父様の捜索は大丈夫でしょうか?」


 ルリカがレイドの方を見る。考古学者はレイドのことを舐めるようにつま先から頭までじっくりと観察した。


「ごめんよ、一つ聞きたいんだけど、君のお父さんはどんな人かな?」


「えっ?」


「いや、埋め合わせってわけじゃないけど、こんな僕でも何か力になれればいいと思ってね」


「じゃ、じゃあ、ロストマンという人を知りませんか?」


「ロストマン将軍と言うと、確か千夜戦争の時に死亡したと言われている人だよね」


 飛んだ説明口調だが、そういうところも含めて学者らしいのだろう。顎に手を当てる仕草がまさにそれを物語っている。


「はい、公式にはそうなってます。行き倒れたんじゃないかとも。でも、本当は行方知らずになっていて、死んでいるにしても骨くらいは拾いたいなと」


「それについては新たな見解を与えられそうだ。あまり大きな声じゃ言えないんだけどね……」


 考古学者は声をレイドたちにだけ聞こえる大きさに落とした。


「僕はね、見たんだ。千夜戦争が終わる直前の頃だよ。深夜、兵役の遠征から戻った時に、船に乗っていく人影を。王国騎士団の鎧を着ていたから、何の疑いも持たなかったけど、あの鎧は将軍格のものだ」


 思いがけない情報提供にレイドは目を丸くした。まだそれが父であるという確証はないが、深夜という人目を避ける時間帯であったこと、鎧の種類が高位の騎士のものであったことを踏まえると、一縷の望みに賭けてみたい気分になった。


「その船、どこに行ったかわかりますか?」


「ごめんよ、そこまではわからないんだ。でも、この港は外国へ行く船が多いから、海外に行ったのかもね」


「ありがとうございます。よし、フュトゥーヌ王国に行ってみよう」


 止まっていた歯車がようやく少し動いた気がした。レイド、ユウリ共に、地味ではあるが、着実に前進している。


「あの、わたしたちに何かお礼させてもらえませんか? どうせすぐには出発できませんし」


「ああ……確かに君たちは腕に覚えがありそうだ」


「まぁそんなところです」


「ならば、君たちの腕を見込んで頼みがあるんだけど……」


 考古学者はギルドの建物から遠くに立ち並ぶ建物群を指した。建物としてのつり合いが取れておらず、継ぎ接ぎしたような煙突が目立つが、どれも黒々とした煙が煙突から漏れだしている。


「以前、酒に酔ってあの工業地区に迷い込んだことがあってね。四方八方霧に覆われていて頭がおかしくなりそうだったんだけど、人の体のようなものが宙に浮かんでいるのを見てたんだ。なんとなく怖くて逃げだしてしまったんだけど、正体が気になって仕方がなくて……悔やんでいるよ」


「その霧の正体を突き止めてほしいということですか?」


「その通り。魔物とも違う……不思議だった。考古学の文献を読んでいると、幽霊の存在について記述されたものもあるからね。本当にいるのか知りたいんだよ。もちろん、相応の報酬は用意させてもらうよ」


 幽霊……もはや運命づけられたかのように関わって来る。霊狩りになるということは、幽霊との因縁が切れないことを決定づけるものなのかもしれない。


「わかりました。その依頼、わたしたちに受けさせてください」


「うん。よろしく頼んだよ」


 レイドたちは考古学者からフュトゥーヌ王国にある大学の住所を記した紙を貰い、ギルドを後にした。


 レイドはギルドから出てすぐに工場地区の方を見た。千夜戦争以前にここを訪れた際は、あの辺りは確かに住宅地だった。色とりどりの屋根が並ぶ散歩するだけでも気分が乗って来る場所が、今は免罪符のようにコピーされた同じ建物が煙を立てて並んでいる。


「レイド、工場が気になるの?」


「昔はあんなんじゃなかったんだ。戦後、急速に機械工業が発達して、いきなり何棟も工場を建てたと聞いている」


「何作ってるんだろうね。ま、それは関係ないし、ひとまず夜まで待とうか」


 時計の針は進む。ディンドンロアの中心に立つ時計台の短針が9つ先に進んだ頃、レイドたちは人気のない工場地区へとやってきた。既に閉場しており、人っ子一人姿は見えない。ただ、空気が悪いのは確かだ。ルリカは口元を覆っている。


「汚い空気ですね……ずっといると病気を貰うかもしれませんよ」


「注意していこう」


 夜十一時の定刻を告げる鐘の音が響く。グリマーベリーのものとはことなり、神聖さよりも重厚さが伝わる。


 あらゆるパイプが張り巡らされた工場地帯の奥へ進むほどに、空気は悪くなり、次第に周囲を白煙が覆いはじめた。これが霊の考古学者の言っていた霧だろうか。確かにずっとここにいれば乱心しそうだが、これはただの霧ではない。視界も空気も悪い中、レイドは靄の中に青白い光が浮かび上がるのを認めた。


「あそこ、何かいるぞ」


 大きさは普通の人間とほとんど変わらない。警戒しながら近づくが、逃げていく様子も、攻撃を仕掛けてくる様子もない。だが、確かに言えることはあった。地面から僅かに浮き上がった足、普通の人間とは構造の異なる光の身体。


「幽霊だ……でも、あまり強くなさそう」


 霧の中に現れた幽霊は、両の手がパイプのように変化していた。下半身はなく、数本の管が下腹部から伸び、その全てから白い霧を噴射している。


「コイツが霧を出している張本人か」


「可哀想に……何があったのでしょうね」


「さぁな。ただ、このまま放っておけば、より厄介な存在になりうるからな」


 レイドが剣を構えても尚、反抗の姿勢を見せない。罠なのではないかとも疑いつつ、レイドは幽霊の体を貫いた。剣が腹を引き裂いているのに、悲鳴も上げないのはかえって不気味だ。そのまま何事もなく幽霊の体は粒子となり、レイドの剣に吸い込まれた。


「随分とあっさりだったな……」


 拍子抜けするほど薄口の幽霊。間違いなく倒したはずだが、レイドには彼の体を貫いた感覚がなかった。それほど弱く感じたのではなく、まるで虚空に向けて剣を突き出したように手応えを感じなかったのだ。


「これで終わりなのでしょうか?」


「あっけなかったね。じゃあ帰ろ――って全然霧晴れてこないなぁ」


 確かに、霧を噴出しているのは幽霊であった。元凶を打倒した今、いくら霧が暫くは残留するとはいえ、一向に薄まらない。それどころか猶更濃度を増している気さえする。さらには、この霧はただの霧ではない。

 レイドは現時点で少し肺の底が内側から刺すような感覚に襲われた。剣を一振りした程度で内臓を痛めるなど、尋常ではない。


「あの、お二人とも、あちらを見てください……」


 ルリカの見上げた方向に目を向ける。霧の中に、無数の青白い霊魂が透けて見え、その様は白い空に輝く星々のようだ。気が付けば、360度をぐるりと一周、幽霊に囲まれていた。その全てが霧を発している。


「おいおい、何だよこの数! 見た目も全部同じだ。幽霊って単独じゃないのか!?」


「恨みが似てると見た目も近しくなることはあるけど、この数は異常だね……」


レイドとユウリは武器を取り出し、幽霊を絶え間なく倒し続けた。だが、倒しても倒してもどこからともなく湧いて出て、霧は更に濃くなる。ついにユウリが体勢を崩し、頭を抱えた。


「ヤバ……わたし眩暈してきた」


「私も少し気分が……」


 燎原の火のように広がる煙は濃度を増す一方で、いよいよ目が染みてきた。映る景色が白一色になり、前後不覚に陥った。パニックにならないよう、必死に心を落ち着けようとするが、冷静になろうとするほど、心が乱れていく。

 もうすべてが白濁している。このまま精神を侵され、死にゆくと覚悟したその時、突如として手首を引かれ、上空に引っ張り上げられた。

 その正体を確認できないほどに、霧は濃く、深いものであったが、ふっと濁りを抜けて満天の星空が目に移った。同時に、レイドの手を引いた人物が彼に声を掛けたのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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