旅の栞 その2 ユウリ
グリマーベリーとディンドンロアを繋ぐ街道は馬車が多く通っている。レイドたちもグリマーベリーを出て間もなく一台拾い、そこから何度天空のパノラマが回っただろうか。
陽も暮れ、馬車の荷台にはランプの灯が揺らめいている。破れた自身の服を修繕するレイドはふと、むき出しになっている荷台の背面を向く。月と星がゆるやかに置き去りにされてゆく光景が目に入った。
昆虫の合奏が暗夜の中に溶けるのを聞くと、心が解される。
「レイド、どうかした?」
「ユウリ……まだ寝てなかったのか?」
毛布に包まるユウリの目は冴えている。今目が覚めたというわけではないのだろう。そんな彼女の肩にはルリカがもたれかかっている。すっかり身を委ねており、一定のリズムで息を立てていた。
「すっかり仲良くなったな」
「にしし……女の子なんてこんなもんだよ」
「そう……なのか」
旅の仲間はこの先も増えることがあるのだろうか。仲間ではなくとも、今後出会う人々を夢想せずにはいられない。
「ルリカって孤児だったって言ってたよね」
「ああ。年齢から考えて、千夜戦争前なんだろうが、子どもを捨てる親の気持ちは……到底理解に及ばんな」
ルリカは道すがら様々なことを話してくれた。印象深かったのは、これまでグリマーベリーから出たことがないというものだった。今彼女の瞳に写る全てが、新鮮なもののようだ。
「何か理由があるかもしれないとは言え、本当にそれしか無かったのかな。というかレイド、お裁縫なんてやるんだ」
ユウリはレイドの足元に置かれた針山と糸巻きをまじまじと眺めている。そんな家庭的なものを、剣士を名乗る男が持っているアンバランスさで混乱しているのだろうか。
「俺が裁縫するのが意外か?」
ユウリは黙ったまま首を縦に振る。
「俺、昔からよく無茶して怪我をする方だったからな。服もすぐに破っちまう。だから自分で直すうちに、いつの間にか好きになってな」
「だから得意になったと」
「そういうことだ。ところでユウリ、スカートの裾が破れているぞ」
ユウリは慌てて自らのスカートの周囲を確認した。確かに引っ掻いたような破損部がある。
「あっ、ホントだ」
「今度直してやるよ」
「じゃあお願いしちゃおっかな」
ユウリは白い歯を見せて笑った。最初の頃に感じていた壁はもうほとんどないのだろう。少なくとも、壁の上から頭を出して、相手に挨拶することくらいはできそうだ。
「ユウリは趣味とかないのか?」
「わたしは……歌うのが好き」
確かに、以前ユウリが歌を歌いながら歩いていたことがあったが、その際の声は、普段の天真爛漫さは鳴りを潜め、自然に溶け込むがごとく美しいものであった。普段の声も、かなり綺麗なものだ。
「歌か。そういえばそれで路銀を稼いでいると言っていたな」
「昔は村の人たちにも聞かせてあげたなぁ」
「村出身なのか」
「うん。それで、『ユウリは歌上手だね~』って褒めてくれたから、それからいっぱい練習したんだ」
「なら折角だし、このロケーションに合った歌を一曲……とかどうだ?」
「いいよ。私も誰かの前でちゃんと歌うの、久々だし」
「ありがとな。じゃあ、早速頼む」
ユウリは喉を軽く鳴らすと、静かに瞼を閉じた。スーッと口から腹に空気を入れると、口の隙間から抑揚に富んだ音色が奏でられる。
「上手いな。きっと、どんなに血が通っていないヤツでも感動で涙を流すんじゃないか?」
「飼い被りすぎ。人を褒める時は真っすぐな表現のがいいよ」
「感動した。きっとこの先、ユウリよりも歌の上手いヤツには会わないと思う。この世界の、どんな場所に行っても通用すると思う。歌手にだって、なれるんじゃないか?」
「にしし……よろしい!」
相変わらず眩しい笑顔だ。こんなに輝かしい太陽のような存在が横にいてくれれば、レイドも楽しい旅ができる。これほどの娘が、呪いに身体を蝕まれていることを時折忘れそうになってしまう。
「ユウリの地元ってどんなところなんだ?」
「何も無いけど活気があって、みんな仲良く暮らしてる場所、かな。呪いとは縁遠い感じがする」
「それなのにどうしてユウリだけがそんな目に遭わなきゃならないんだ」
「どうしてだろうね。……理不尽ってやつなのかな」
「辛くないのか?」
「辛いよ。でも、考えたってどうしようもないし。それよりも解くことを考えなきゃね。みんなのお陰でようやく糸口を掴んだんだし、前向きたいよ」
果てしない絶望の中でもユウリは前を見ている。これだけ真っ直ぐな姿を見せられれば、レイドも自分の父を見つけられる気がしてくる。
感謝すべきはレイドの方だ。ユウリの姿に勇気を貰い、諦めずに旅ができる。
「俺の方こそ、ユウリと会ってなかったらどうなっていたことやら。本当にありがとうな。俺を見つけてくれて」
「やだなぁ、そんな湿っぽい感じは似合わないよ。でも、うん。悪い気はしないよ、全然」
ユウリは少し俯き気味に呟いた。その顔はどこか照れくさそうで、それでいて満足げなものであった。
夜も更ける頃、ユウリもルリカにもたれかかるようにして眠ってしまった。そろそろレイドも寝るべきだろうか。道具を仕舞って大きく伸びをすると、星々がより一層強く煌めいた。




