第17話 霊狩りの神官
グリマーベリーに蔓延っていた諸悪の根源、グレイズを打倒したレイドたち。しかし、グレイズが取り憑いていた肉体の持ち主、聖槌教会グリマーベリー大聖堂司祭のレスリーは酷い昏睡状態に陥っていた。
一同がベッドに横たわる彼を見て、ただ静かにその目覚めを祈っている。
「レイド、神様が本当にいるかどうか、わたしにはわからないけど……もしいるなら、ルリカのお願い事を叶えてあげてほしいって思うな」
「そうだな。……お?」
ふと、レイドが司祭のレスリーに目を遣ると、彼の瞼が脈動した。彼は慌ててルリカを呼ぶ。
「ルリカ、今少し動いたんだ! 呼びかけてやってくれ!」
「は、はい!」
ルリカはレスリーの手を握ると、懸命に呼びかけ始めた。
「レスリー様! レスリー様! どうかお返事してください! 私です。ルリカです! 貴方の娘です! ですから、お父さん……!」
「……ル、リカ……?」
皺に囲まれた瞼の隙間から優しく温かな目がルリカを捉えた。グレイズに取り憑かれていた時の生気の無い翠は消え失せ、活力に満ち満ちた生者の目だ。
「なんだか随分と久々じゃなぁ……」
「あ……ああっ……」
ルリカはレスリーの胸元に飛び込んだ。すると、これまでに溜め込んでいたのであろう事柄を次々に吐露していった。何とか声のトーンを保とうと、精一杯になっている。
「半年前くらいから、突然、貴方は貴方ではなくなったような気がして……免罪符なんて売り出して……私に教えを説いてくれた方が……裏切られたという思いで一杯で……悲しくて、恨めしくて……」
「……それはすまなかったなぁ。謝っても謝り切れん。よく頑張ってくれた」
レイドとユウリは少し離れた場所から様子を見守っていた。今はただ、二人だけの時間を過ごしてほしい。ただそう願うばかりだ。
数分後、あらかた言いたいことを言い終えた様子のルリカが二人を呼んだ。レスリーを囲み、レイドたちはことの顛末を話した。信じてもらえる確証はなかったが、嘘を言えば何もかもが無駄になる。
「なんと……儂が幽霊に……」
「あの、信じがたいでしょうが、どうかこの方々を異端とは言わないであげてください。私もこの目で幽霊を見ました。他にも見た方は大勢います」
「いやいや、信じるとも。ここ数か月間の記憶だけがすっぽり抜け落ちていての。儂の肉体が幽霊に乗っ取られていたというのなら、辻褄は合う。免罪符が蔓延っていたのも本当のようだしの」
レスリーがあっさりと受け入れてくれたのを見て、ユウリはホッと息を吐いた。何度も異端者扱いされて、またも異端者と言われては手詰まりだ。
「むしろ、そなたらには感謝の意を述べねばならないの。この街と、儂の命を救ってくれてありがとう。そして、娘と友達になってくれて、本当に感謝したい」
「ちょっ……! 友達って!」
「違うのかいルリカ? お前はこれまで一度も同年代の友達と遊んで来なかったじゃないか。だから、この子らの顔を見た時、儂まで嬉しくなってしまったぞ」
「うぅ……そうです……けどぉ!」
ルリカは気恥ずかしいのか、帽子で顔を覆った。だが隙間から蒸気が漏れている。それを見てユウリがケタケタと笑う。
「しばらくはこの街も混乱が続くじゃろう。儂も信用を取り戻すのは大変じゃろうが……。仕方あるまい。できることを着実にやっていくのみよ。そんな恩人殿には何か礼をしたいのじゃが……」
「でしたら、俺たち元々ここに来たのには他に理由があって……」
レイドは剣の柄頭を司教に見せた。蛇が絡み合ったような禍々しい紋章。見ているだけで忌避感と恐怖感を与える紋章を、司教はまじまじとみつめている。
「これが何なのか知りたいんです」
暫し熟考に入っていた司教であったが、急に何かフラッシュバックしたかのように目を大きく見開いた。目元だけが七十歳は若くなったかのように輝いたあと、こう続けた。
「これは……かつて聖槌教会が異端者に施したという烙印じゃぁ……しかし、剣に刻まれているのは烙印ではないかの」
「ら、烙印って!? あの、私も肩の辺りにこの紋章が呪いとして刻まれてて……」
ユウリが食いつくも、司教は呼吸を乱さずに緩慢な語り口を続けていく。
「かつては、異端認定された者が火刑に処される際にはこの印を入れたのじゃよ。しかし、呪いの紋として使われていたり、武器の装飾に用いたりなどというのは聞いたことがないの。これ以上のことは存じ上げぬ。申し訳ないの」
「そう……ですか。でも! これだけでも大進展ですよ! レスリーさん、ありがとうございます!」
「おお……これはなんとも元気の良い娘だ……ルリカも見習うといい」
かなり激しめな握手をされたレスリーは気圧されているが、それでもユウリのことは一定評価しているようだ。
「あの、この人より私の方が精神的に成熟していると思うのですが」
「ええと、俺からもう一ついいですか? 実は教会の地下施設で、この紋章に関する記述のある古文書を見つけたんです。ただ、俺たちには解読できなくて……」
「なら持って行くといい」
あまりにもあっさりと持ち出しの許可が出たため、レイドたちは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。一斉に表情が変わったのを見て面白かったのか、レスリーは吹き出しながら続ける。
「ハァーッハッハァッ! どうせ儂らにもわからんよ。ただ、ここからはマジメな話じゃ。もし古文書を解読してほしいのなら、ディンドンロアの学者ギルドを訪れるとよい。仮にそこにいる者が誰も解読できなかったとしても、解読できる人間を斡旋してくれるやもしれぬししな」
「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えてお借りします」
王都・ディンドンロア。国の東端に位置する港町だ。王が住まう地であるのも間違いないが、攻めづらい場所にあるため、千夜戦争の被害も小さい。故に目覚ましい発展を遂げているという。
「うむ。……ところでお主ら、幽霊退治のために町中でずいぶんと暴れまわったようじゃな」
優しい声音はそのままに、急激に話の舵を別方向に切って来た。なぜかレイドの背には生ぬるい汗が伝う。
「まぁ、霊狩り二人は余所者ゆえに、期限付きの立ち入り禁止でよいとして……ルリカ」
「は、はい……覚悟はしています」
「ルリカ。お主は聖地巡礼を終えるまで帰ってはならん」
「……は?」
レイドも噂には聞いたことのある聖槌教会名物の『聖地巡礼』。聖槌教会の教典に登場する「聖地」を全て巡るというかなりハードな修行だ。しかし、これを成し遂げられれば、教会内の役職が一気に数段階上がると言われている。
「そろそろ潮時かとは思っておったのだが、丁度良い機会だ。広い世界を見てきなさい」
司祭の命令にはどことなく優しさを感じた。こちらが本音なのだろう。今回の一件を通し、ルリカに対する評価が変わったのかもしれない。可愛い子には旅をさせよ、とはよく言ったものだ。ルリカもそれに気づいたのか、力強く頷いた。
そして次に向き合ったのはレイドとユウリだった。二人の顔を交互に眺めて、ルリカは声を張り上げた。
「あ、あの、もしよろしければ、お二人の旅に同行させていただけないでしょうか? 外での勝手がわからないので」
「もちろん! わたしも心強いよ」
ユウリは賛成のようだ。当然、レイドも断る道理がない。人は多い方がいい。目的がバラバラであるなら色々なところに寄り道できるので楽しさ倍増だ。
※
数日後。療養を終えた一行は、グリマーベリーの出口へとやってきた。ルリカは街の人に別れを告げ、レイドとユウリは物資の買い出しを済ませておく。見送りはレスリーただ一人だ。ルリカとレスリーは黙って抱擁を交わし、いよいよここを発つその際。
「それでは行ってきます。……こうした機会をいただけて感謝しております」
「何を言うか。これは罰じゃよ」
そしていよいよ、グリマーベリーの石畳から、土の道へと踏み出す。定刻を告げる大聖堂の鐘を餞に、再び新たな目的地を目指す。足元に落ちる影は三つに増え、この先の旅路をより頑強なものへする支柱となる。
「少し心細いですが、同時にものすごく期待している自分がいます」
「旅ってそんな感じだよね。わたしも最初はドキドキとワクワク止まらなかったし。レイドは?」
「そうだな。俺も同じだ」
仲間がいるとはこんなにも心強いものなのか。皆、目的はバラバラなのに、不思議と一体感がある。レイドは少し前を先行する二人に目を遣る。最初の険悪な様子はどこへやら、すっかり足並みを揃えて進んでいる。
この様子を微笑ましいと感じつつも、脳内ではグレイズの言葉が何度も反響していた。彼の言葉の内容に一抹の不安を覚えつつも、ディンドンロアに向けて前進を止めない。
『儂を斃したとて、この先同胞が立ちはだかる……。我らの計画を、邪魔する限り……そして、その呪われた娘と共にいる限り……』
グレイズの言葉の真意を知るため、仲間の目的を果たすために、そして父親の所在を掴むために。




