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第15話 背信者

 裏でコソコソと動いていたことがバレた日の夜。レイドとユウリは背中合わせに柱にくくり付けられ、大聖堂のお膝元、街の中心にある広場に置かれた。足元には軽い摩擦で火が付きそうな薪が敷かれている。今から火刑に処すとのことで、司祭をはじめとした高位の神官と、街の人々も見物に集まっている。


「うぅ……レイド、これヤバいって」


「確かにな」


 レイドは自分でも驚くほど冷静だった。根拠はないが、ここは乗り切れる。それどころか、この状況を逆手に取って、免罪符の闇を大衆の眼前に晒すことができるとさえ考えている。


「何なんだ……俺自身、不思議と肝が据わっているな……」


 ふと、時計台を見上げる。月光と松明の灯りで、夜なのに文字盤がよく見える。時刻は八時前。恐らく次に正刻を告げる鐘が鳴る時、処刑が開始されるのだろう。

 時計を見ていると、レイドは不思議と自身の落ち着きの理由を理解できた。


「あぁ、そういうことか」


 直後に鐘が街中に轟く。一日の終わりを告げるチャイムと共に、司教が高らかな声で民衆に語り掛けた。


「この者どもは、近頃我々を煩わせていた幽霊の存在を流布させ、それに信憑性を持たせるべく、罪なき人々を殺めた滞在人である。しかし、彼らにも我々と同等に救いの機会は与えられなければならない。そこで、儂が今から皆に問おう! この者どもの処刑に賛成の者は、手を組んでその意思を示して見せよ!」


 司教の呼びかけに対し、大衆は一斉に両手を組む。レイドも彼らの立場なら、同じようにしただろう。しかし、このあまりにも統率の取れたような動きは、ある種の狂気を感じる。


「皆の意は決した! 今より、この者どもを火刑に処す!」


 司祭の目が月光を反射し、より明るく緑を発する。松明を持つ神官が二人の足元に火をくべようとした時、これまでにないほど激しく天を衝く大聖堂の鐘が轟然と鳴り渡った。


 人々は一斉に天を見上げる。ただの誤作動か、神の降臨を告げる合図なのか。様々な憶測が一瞬で飛び交ったが、この答えをレイドは知っている。


「やっぱりやってくれたな」


 直後、空を大量の葉が舞った。右に左に煽られて、やがて民衆の一人が掴み取った。


「ユウリ、見てくれ」


 レイドはユウリとの間に落ちたソレを顎で指した。これほどの高揚感は、これまでに味わったことがない。これぞまさにトリックスターも顔負けの一世一代の逆転劇。


「これ……印刷直後の免罪符!? ってことは!」


 鐘の横には、確かに見覚えのある人影があった。彼女の横には大量の免罪符が置かれていた。縦に五枚、横に七枚、計三五枚一組のインクのにおいが染みついた紙切れを手にした民衆は困惑の表情を浮かべる。


「あれ~? この免罪符、《《繋がってる》》なぁ」


「ああ。《《まるで印刷した》》みたいだ」


 レイドとユウリがわざとらしく言いふらすと、周囲からざわめきが起こる。


「なんだこれ?」


「免罪符だろ。でも、免罪符は一枚一枚全部手書きだって聞いたぞ」


「嘘だ! こんなのは……認められないぞ」


「私たち、これまで偽物を掴まされていたってこと?」


「こんなの……敬虔な神官がやることじゃないぞ!」


 予想外の展開に、司祭も狼狽えている。人々のヘイトが一気に司祭や神官の側に向けられる。


「こ、これは……違う!」


 まさか免罪符が「一枚一枚懇切丁寧に書かれたオーダーメイド品」ではなく「低予算で大量生産された、手書きの皮を被ったただの活字版」だとこのタイミングで露呈するとは夢にも思わなかったのだろう。うわ言のように口をパクパクとさせ、ただ行き場のない怒りをこめかみの血管に集中させている。


「お待たせしました!」


 暫く混乱を眺めていると、ルリカが二人の元にやって来た。果物ナイフで二人を縛る縄を切ると、取り上げられていた武具もいつの間にか取り返してきてくれた。


「ルリカ、ありがと。でも、謹慎なんじゃ……」


「詳細は後で。やるなら今です」


「ああ。全ての嘘を白日の下に晒す!」


レイドは剣の先を司祭に向けた。


「くっ……貴様! 殺す気か!?」


「『司祭』の身の安全は保障してやる。だが、お前だけは捨て置けない!」


 素早く剣を逆手に持ち替え、司祭の腹部を柄頭で殴りつけた。司祭は一瞬で気を失ったが、彼の体の中からひゅるりと青白い御魂が飛び出した。それから司祭のものとは異なる、腹の底に響くような声が聞こえた。


『クソォ……途中まで計画は完璧だったのに……邪魔をしおって……!』


 人の体から抜け落ちた青白い光はたちまち人の形を作り出す。神官のローブを纏い、頭にはミトラを戴いている。体と一体化し、独立して靡くストラやマニプレスには、筆記体で教典の一説と思しき文字がびっしりと書き連ねられている。

 高位の神官の出で立ちをしたその幽霊は、右手に杖、左手に教典を持った。


「ぐぬぅぅぅぅぅ! 邪魔者は許さぬぞ……。我らが悲願はただ一つ……この恨みは・ヲ・」・ハ。シ・ユ・ゥ・?ヲケ?ネ・ッ・悅シ・ヨヘヘの為に!」


「取憑き(とりつき)……」


「取憑かれた人間は文字通り目の色が変わるからね。最初に見たときから『何かある』とは思ってたんだ」


 突如として現れた青白い、人のようなそうでないような得体の知れない存在に、民衆は大混乱だ。それも見える者と見えない者がいるようで、逃げまどう者、困惑する者、とりあえず周りに合わせる者など様々だ。

 幽霊は大声で喚き散らし、周囲を委縮させんと繰り返す。


「許さぬ! 許さぬぞ! このグレイズが、我らが野望を阻むならず者どもに直々に神罰を下す!」


 だが、レイドたちは違う。毅然とした態度で幽霊と向かい合う。怖さなど無い。問答は無用。為すべきことは一つ。


「神罰を受けるのは、今を生きる人間の信仰心を弄んだ貴様の方だ! お前に言われたこと、そのまま返してやるよ! 来い! 狩る前に懺悔の時間くらいはくれてやる!」


 直後、レイドの心臓が一層強く波打つ。これが初めてではない。この感覚は、幽霊と接するようになってから度々出ている。レイドは胸を押さえながらも何とか気を持ち、真っすぐ対峙する。


「……ユウリ、行くぞ!」


「うん!」


 レイドは正面から真っすぐ突っ込んでいく。グレイズは教典をめくり、高らかにその一説を読み上げる。


「『全てを得ようとせし強欲なる青年よ、皮を剥ぎ肉を削ぎ、滴る血まで業火に焼かれ、一切の心身をかの者へと受け渡せ』!」


 なんとも禍々しい一説だが、教典の内容まではレイドも把握しきれていない。教典から真っ黒なオーラが杖へと伝い、その杖から燃える烏型の火球が飛び出した。

 レイドは正面から火球を斬り伏せたが、血飛沫のように飛び散った火花が身を焼く。しかし、その程度で怯むレイドではない。腕や顔を火傷しながらもグレイズ目掛けて突進する。


「レイド! 横!」


レイドの真横にいつの間にか迫っていた火球をユウリが間に入って割る。


「『トロイメライワンド』!」


 薄い炎の幕で火球を弾く。グレイズの放つ赤い炎と、ユウリの緑の炎がぶつかり合う。


「クソ……少し隙を見せただけで、離れた場所から狙ってくる……トドメはユウリに任せた方がいいかもな」


 周囲が灼熱の海に包まれる中、不意に背面から声がした。


「『怒髪冠衝く乙女よ。その美麗な面持ちは見る影もなく、牙を剥いて目を吊り上げる。悉くを滅ぼし悪魔は、月下の遠吠えと共に沈みけり』!」


 再び詠唱をすると、グレイズの杖から超高速の火球が飛び出した。レイドは見切って体を避けたが、火球は空中で大きく旋回し、レイドの背中に向かってきた。


「後ろから!?」


 咄嗟に斬り付けるも、火球のほとんどが左腕に命中した。猛烈な熱さを感じるが、振り払って何とか消火する。

 こうしている間にグレイズとの距離がまた離れてしまった。距離を詰めなければ剣術は意味を成さない。グレイズは次なる詠唱をしようと教典をめくっている。


「詠唱が必要な以上、魔法と比べても時間が取られる。だから詠唱を中断させられればいいのはわかる……」


「レイド、やっぱりトドメはレイドに任せたい。わたしが通り道を確保するから、レイドお願い!」


 グレイズが教典を再び開いた。次は何をしてくるのだろうか。文章の内容をしっかりと吟味しようにも、考える隙を与えないほど攻撃が苛烈だ。


「『妬み狂いし魔性の女よ。羨望の眼差しの奥に宿るは醜悪なる妄執なり。終に至るは無念の蜷局。その身縛られ喉もを潰せ』!」


 今度はレイドとユウリの周囲を、まるで蛇が蜷局を巻くかのように、凄まじい勢いで燃え上がる炎が囲んだ。しかも徐々に内側に広がっている。

 完全に判断を誤った。こんなことができる相手に対し、防衛戦は無意味だ。呼吸するたびに肺の中に黒煙が溜まる。それほどまでにこの炎は、罪人を裁こうと激しく燃え上がっている。


「ゴホッゴホッ……『フレイム・クインテット』!」


 ユウリの放つ咄嗟の魔法が蛇の体を二分する。この隙を見逃さず、レイドは飛び出した。迫りくる炎を分断し、体を焼かれても怯まずに進む。着実に距離は縮まっている。

 だが、これが仇となった。グレイズは教典を開き、凶悪な攻撃を仕掛ける。


『かかったな! これでも食らえ!』


「なんだ!?」


『「かの国の王、これ真に傲慢なり。恣に政を為し、民を見下し、侵略略奪を繰り返し、数多の人、やがては神をも怒らせ、檻の獅子に食い処されよ」!』


 まるで獣が駆けてくるような速度でレイド目掛けて、火球が飛んできた。だんだんと皮膚の表面温度が上がって来る。特大の火球は、とても避けきれない。もう顔の表面が溶けそうなほど熱を感じている。レイドは本気で死を覚悟した。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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