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第14話 背信者

 聖女の幽霊を倒したことにより、グリマーベリーの連続殺人事件は幕を閉じるだろう。しかし、教会側に真犯人の正体を伝えるのは難しくなった。


 幽霊が飛び出してきた女性の体を宿屋へと運んだ。目が覚めたら話を聞かなければならない。幸い、命に別条はないようだ。


「ユウリ。この女の人に気付いた時、『取り憑き』と言っていたな。それは何だ?」


「取り憑きは、生きてる人間の体の中に幽霊が入り込むことだよ。霊感の無い人に幽霊が実害を加えたい時は、この形を取ることが多いの」


「あの、この方は平気なのでしょうか?」


「たぶん、息してるから大丈夫だと思う。でも、長い間取り憑かれてると、体を乗っ取られて……いや、自分の魂が殺されて、二度と目覚めない」


「あの幽霊はわざわざ人の体を借りて殺人を犯していたってことか。益々話がややこしくなったな」


「取り憑かれている人間を判断する方法なんだけど、目の色なんだ。暗い場所で緑色に光るの」


「だから判断できたのか。生身の人間にいきなり魔法を撃ったと思ってビビったぞ」


「それは……ごめん。焦ってた」


 幽霊にはまだまだレイドの知りえない性質が隠れているようだ。ユウリでさえ知りえないものも、存在しているのかもしれない。


「犯人を公にしないことには、街の皆さんも安心して過ごすことができません。わかってはいますが、事実が事実なだけに……」


 ルリカの視線は、ベッドで横たわる女性に向いていた。決して穏やかとは言えない表情には、疲労が色濃く滲み出ていた。


「う……ここは……」


 女性が目を覚ました。見知らぬ男女と神官、そして自分が記憶している最後の場所とは違うであろう景色に戸惑っている様子だ。


「お目覚めになりましたね。眠る前のことは覚えていますか?」


「確か、夜に大聖堂に行って、しばらく歩いていたら、急に意識が途切れて……」


 女性には取り憑かれている最中の記憶はなかった。女性はルリカが大聖堂に帰ってきた時に保護してくれたのだと思い込んでいる様子だ。


「あの、何かありました?」


「夫が免罪符を買い込んでいたのですが、先日亡くなったんです。……それで、犯人が捕まらないので、そのことについて尋ねようと……」


 夫婦のうちの夫が被害者の事件が記録にあった。もしや、その旦那の妻というのがこの女性なのかもしれない。もしも取り憑かれたのが今回初めてでなければ、夫に手をかけたのは……。


「……辛い思いをされたのですね。落ち着いたらでいいので、お帰りください」


 女性の目の下に出来たクマには辛苦が詰まっていた。そもそも、幽霊が街の人々に危害を加えるようになったきっかけは、免罪符の流布によるものだ。大聖堂の地下にあった生産工場を白日の下に晒せば、市井の人々は偽りの許しを得ていたと気付くだろうか。

 それよりも幽霊の存在を大々的に証明し、一連の殺人事件の犯人が幽霊であったと知らしめる方が先決だろうか。

 どちらもいずれは為さねばならぬことだ。しかし、順序を見誤れば、向かう先は死一択。


「もう一度大聖堂に行ってみないか? 少し、様子を確認したい」


「そうですね。私も一度戻りたいです」


「わたしも、見ておきたいことがある」


 レイドはこの時、ある疑問を胸の内に抱いた。実物を見るまでは晴れることのない雲。この謎が陽光に照らされるとき、万事が思い通りに動く。そう感じたのである。


 翌朝。朝日に照らされた大聖堂はその神聖さを一層際立たせていた。ここに疑いを持って入る人間など、この街にはいないのだろう。

 今日は祈りも無い休日ということもあり、早朝の人の流れは少ない。しかし、神官はかなり忙しなく動き回っている様子だった。


「何か特別な催しでもあるのか?」


「いえ、毎日こんな感じです」


「司祭はどこにいるんだ?」


 辺りを見回していると、慌ただしく走り回る神官とは対照的に、ひたすらに黙して祈りを捧げる人影が見えた。


「あ! あの人じゃない?」


 周囲の状況に動じることもなく、一心に手を組む様子は、高位の神官の威厳を醸し出している。両目ともに結んだように閉じられ、口も真一文字に閉められている。


 しばし様子を観察していた後、司祭は目を薄っすらと開いた。僅かに緑の光が漏れている。レイドは息を飲んだ。


「おお……ルリカか。何か用かね」


「殺人事件の捜査は今のところ順調です。それで、詳細な進捗を――」


 話を続けようとするルリカに司教は掌を向けて制した。そのままゆっくりと立ちあがり、祈りを捧げていた祭壇へと体を向ける。


「ルリカよ……今一度問おう。お前は幽霊などという存在を宣う連中に対し、どう思う?」


 司教の声音が厳しいものへと変化する。どう思うという問いなのに、答えが一つに定まっているかのようだ。蛇に睨まれたような様子のルリカはカエルのように硬直し、口元をもごもごとさせた末、弱々しい声で喉から音を絞り出した。


「……そ、そのような者は……我ら教会にとって……その教義と信徒の篤き信仰を妨げる……異端者です……」


「その通りだ」


 レイドはハッとして周囲を見回す。いつの間にか、他の神官に囲まれてしまっていた。聖職者には似つかわしくない物騒な武具の刃先をこちらに向けている。


「お前が、その異端者どもと共に行動しているとは……全く嘆かわしい限りだよ」


「ちょっと待ってください」


「なんだ? まさか連中を庇ったりするつもりじゃないだろうな? 奴らの持つ『緑の結晶』……前代から幽霊に干渉せんとする者どもが携帯していて、我らが聖槌教会にとっては異端者の象徴でもある。気付いていないとでも思っていたのか?」


 迂闊だった。ルリカは結晶龍核を見ても顔色一つ変えずに接してくれた。そもそもレイドでさえ、結晶龍核の『本来の力』を知らなかったのだ。それが引き金となって正体が露呈するとは想像が及ばなかった。


「ルリカ、今ならお前は謹慎程度の処分に留めておいてやる」


「は、はい……私は、この二人に…………そ、そそのかされて……」


 ルリカが本心から言っていないことはすぐにわかった。ユウリもそれに気づいているようで、責めるようなことは言わず、ただ凛とした顔で司教を睨みつけている。


「近頃……この街には幽霊の噂が立っている。実に馬鹿らしい。本来存在しないものの実像を観測した者がこの半年で急増した。これは、何者かが我々の信仰を侵そうと工作しているに違いない。幽霊の噂を流し、殺人を犯して人々の不安を煽る……狡猾なやり口よ……」


「そんな風に言うけど、わたしたちが幽霊の存在を喧伝して、何のメリットがあるの!?」


 ここまで言われると腹が立ったようで、ユウリはすぐさま司教に噛みつく。しかし、司教には絶対的な自信があるのか、何を言われても至って落ち着き払っている。


「それは、君たちが教会を滅ぼそうとしているからで説明がつく。人々の信仰心に疑念を持たせ、内側から壊滅させる。信者の純然たる信仰心を弄ばないでいただきたい!」


 最後だけ司教は語気を強めた。なんとも白々しいやつだ。しかし、今のこの状況では、自分たちの方が不利なのは火を見るよりも明らか。ここで下手に出れば、なおのこと崖際に追い詰められる。

 ユウリの手が杖に伸びそうになっている。レイドはすぐさま、彼女の手首を引っ張った。


「ユウリ、ここは一旦大人しく捕まろう。騒ぎを大きくすれば、逆転の機さえ失うぞ」


「……わかったよ。仕方ないから捕まってあげる」


「よし、武器を取り上げて連れていけ」


 周囲にいた神官が手際よくレイドとユウリを拘束した。三人がかりとは随分と手厚い保護である。

 本来、いち教会の持ちうる権限を遥かに超越した人間の拘束。これに誰も異を唱えないのは、それだけ教会の権威が大きいことの表れなのだろう。


 教会地下。以前にも訪れた堅牢な檻が並ぶ処刑場。しかし、この処刑台は随分と長く使われていない様子だ。見張りの神官が数時間おきに交代するのだが、誰もが交代の時間を待ちわびているようだった。


「そろそろ代わろうか」


「ああ、頼むよ。こんな薄気味悪いところ、ずっといると気が狂いそうになる」


 少し距離が開いているとはいえ、この状態ではユウリと会話することもままならない。レイドの剣は無事だろうか、あの後ルリカはどうなったのか、自分たちにはどんな処分が下されるのか、不安の種がどんどん大きくなる。


「お前たち、今夜には火炙りの刑だ。せいぜい最後の生を嚙みしめるんだな。お前たち異端者は天の園には行けない。もう二度と、喜びを得ることはできない」


 取り調べもなしに処刑が確定とは横暴極まりないが、今まで単に教会にとって都合の悪い人間を葬る時はこうしてきたのだろう。


「は? 『天の園』とかあるわけないし。てかこの聖槌教会は人殺さないんじゃなかったの!? だからあんたたちみたいな――」


 ユウリは歯を食いしばっている。何とか踏みとどまったようだが、いつまで持つかはわからない。普段は明るいだけあって、怒っているとそのギャップで身が震える。


「天の園、か。俺もあればいいとは思うが、確信は持てない」


「何を言い出すかと思えば……聞くに堪えないな」


「ならここからは俺の独り言だ。俺は自分の目で見て存在を確認したもの以外に、確信を持てなくなった」


 そうだ。父親の姿を見る日まで、父が死んだとは思わない。だが、生きているという確信もない。だからこそ、この目に事実を焼き付けるまでは、歩みを止める訳にはいかない。初めて幽霊の存在を知った時から、そう考えるようになっていた。


「つまり、何を言いたいんだ?」


「お前の信じてるモノも、本当にあることを証明できないと俺は受容できない」


 何も考えずにただ信じるだけでは盲目的だ。自分が「異端」に落ちたと自覚してから周囲に目を向けると、皆視野狭く狂ったように一方だけに思いを向けている。


「以上だ」


 レイドの中では確かに独り言だった。なぜ自分が今ここにいるのか、何を目指して歩いて来たのか、再確認できた。止まれない。ここで死ねない。まだ逆転の機はある。


「……チッどうせもう何もできないんだ。もう喋んじゃないぞ」


 以降、レイドは一言も言葉を発しなかった。断じて諦めてはいない。まだ何か策はある。終われない。


※


 その日の夜。レイドとユウリは背中合わせに柱にくくり付けられ、大聖堂のお膝元、街の中心にある広場に置かれた。足元には軽い摩擦で火が付きそうな薪が敷かれている。今から火刑に処すとのことで、司祭をはじめとした高位の神官と、街の人々も見物に集まっている。


「うぅ……レイド、これヤバいって」


「確かにな」


 レイドは自分でも驚くほど冷静だった。根拠はないが、ここは乗り切れる。それどころか、この状況を逆手に取って、免罪符の闇を大衆の眼前に晒すことができるとさえ考えている。


「何なんだ……俺自身、不思議と肝が据わっているな……」


 ふと、時計台を見上げる。月光と松明の灯りで、夜なのに文字盤がよく見える。時刻は八時前。恐らく次に正刻を告げる鐘が鳴る時、処刑が開始されるのだろう。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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