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第11話  狂信者

 ユウリはレイドに耳打ちをする。小声で会話をするのは、ルリカの耳に内容を入れさせたくないからだろう。


「レイドは気付いた? この事件の犯人が何者なのか」


「ギリギリ人間にもできそうな所業ではあるが……本当に幽霊の仕業なのか?」


レイドもできるだけ声を潜める。ユウリは何か確証を得たようだが、レイドはどうもピンと来ない。


「私はまだ、その可能性を捨ててないよ。少なくとも、私たちが無関係だってことくらいは証明しないと。まず、殺人事件自体は教会の人間の仕業じゃない。免罪符が売れなくなっちゃったら大変だし。わざわざ太客を殺す理由はない。むしろ、聖槌教会は幽霊の存在を利用して、もっと免罪符を買わせようとしてるように見えるんだよね」


「確かにな。街の人は幽霊が見えることそのものに怯えて、免罪符を買おうとしていた。殺人事件が起きているからじゃない。信心深い人ほど、大量に免罪符を買ってもおかしくない。教会は免罪符を持っている人から順番にやられている事実を知っている……のかもしれない」


購入者と売上を細かに抑えている以上、この共通点に教会側が気付いていないのはむしろ不自然だ。この「かもしれない」は限りになく「である」に近い。


「そ。筋書きはこう。街に幽霊がいることを知っていた教会関係者が、その噂を街に流して、『幽霊が見える者は異端』って言いふらして、免罪符を買わせる。殺人事件が起きたのは偶然かもしれないけど、それも上手いこと利用しているんじゃないかな」


「殺されるまでは金づるで、死んだらその話のタネを育てて他から搾取……まるで金のなる木だな。だが、どうして殺人事件は幽霊の仕業になるんだ?」


「まず、現場の特徴を思い出してみて。人間じゃあんな風に壁に磔にしたり、暗い中であんな真っすぐに文字を書けない。使われている字も古いやつだしね。それからもう一つは、免罪符をたくさん持っている人からやられているところ。レイド、前話した幽霊の特性って覚えてる?」


 レイドが出会った幽霊はまだ一体のみだ。何か譫言のようにぶつぶつと呟いていた。自らの口から洩れる「音」が意味を持っていることを理解しているのかさえわからない。


「確か、同じことしか言わなくなる、恨みをもって現世に繋ぎ留められた魂の慣れの果て……」


「あともう一個あったでしょ?」


 記憶の糸を必死に手繰り寄せる。確かに、ユウリは何か言っていた。力尽きたレイドが目を覚ました時、枕元で騒ぐ彼女が教えてくれたはずだ。


「えーっと、あ、執着。特定のものに執着する特性があるな」


「にしし……大正解! つまり、免罪符の売り上げを知らなくても免罪符をたくさん持っている人間を的確に襲えるのって?」


「幽霊なのか……免罪符に執着しているから、誰が持っているのかがそれとなくわかる……。それで、恐らく免罪符に対する恨みで行動しているから、買わせたい教会とは一応対立するんだな」


レイドが樹海で出会った幽霊は、守ることに執着していた。侵入者を容赦なく排除することにより、それを遂行していたのであろう。


「で、この仮説が正しいとして、問題はどうやっておびき出すかだけど……」


レイドは辺り一面に広がる免罪符のコピーが目に入った。危険だが、確実に幽霊を自分の前に顕現させる策を閃いた。


「ユウリ。俺に考えがある」


 レイドの提示した作戦に、ユウリは暫く難色を示していた。だが、無茶はしないという条件で、渋々ではありながらも、彼女は首を縦に振ってくれた。


「でも! 約束して。危なくなったら私を頼るって」


「ああ。約束する。……そういえば、これを見てくれないか?」


 レイドは手に持っていた古文書を見せた。ユウリの目がたちまち丸くなる。これまで探し求めていたものの片鱗が、遂に彼女の眼前に現れたのだ。


「すごい……! これってもしかして呪いのこと?」


「関係あるかもしれない。だが、有識者に内容を解読して貰わないことには……」


 ユウリはほぼ掴みかけていた手を震わせた。しかし、理性が勝ったようで名残惜しそうにレイドの手元の紙束を押しのけた。


「ひとまずはここに置いて行こう。泥棒にはなりたくないし。全部終わったら、勝手にここに入ったことを謝って、ちゃんと貸してもらおう」


「あの、皆さん。そろそろ出た方がいいかと……。いつ人が来るかわかりませんし。何より……少し休ませてほしいです」


 ルリカはかなり衰弱しているように見えた。目から光が消え、立つべき理由を失った人形だ。



 深夜。グリマーベリー某所。なるべく人通りが少ない、住宅街を避けた場所。そこに月影を伸ばす影が一つ。外套を纏ったレイドは道の真ん中を無警戒で歩いていた。邪魔であるなら武を以てどけてみろとでも言いたげに胸を張る。

 背中に月光を浴びて歩いていると、影が闇に飲まれた。どうやら雲が出ているらしい。


「そろそろかもな……」


 レイドが一歩踏み出した瞬間だった。レイドの真横をまばゆい光が横切った。掠めた頬には熱より冷たさを感じる。こちらの魂を奪い取ろうという狂気の絶対零度。


 咄嗟に剣を引き抜くと、続けざまに二発目の光が眼前に現れた。今度は真っ二つに斬る。しかし、次の瞬間、レイドは激しく地面に叩きつけられた。


「足を取られた!?」


 見えない暗闇の中、レンガの地面と衣服が擦れる感覚だけが腿の肉を這いずり回る。レイドは必死に目を凝らし、闇の中に仄暗い揺らぎを見つけた。


「見えた!」


レイドは剣の切っ先を地面に突き立て、いつでも立ちあがれる体勢を取った。それと同時に、暗く沈んだ女の声が聞こえる。


『罪深キ者ヨ……神ニ代ワッテ私ガ救イヲ与エル……救イヲ……』


 いよいよ、闇に紛れる靄が人の形を持つ。その者はナイフの形をした部位でレイドを引き裂こうとした。


「そう簡単には食らわんぞ!」


 レイドは地面を蹴り上げ、剣で攻撃を防いだ。金属同士が擦れる鈍い音。レイドの剣が捉えたのはただの包丁だった。何者かと目が合う。生気は感じられないが、間違いなく人間の目だ。妖しく翠に揺らいでいる。


「人!? 魔法か!?」


「取り憑き……! レイドッ! 離れて! 『メテオリテ・パルティータ』!」


 遠くで待機していたユウリの杖から火球が飛び出し、女性の腹にヒットした。それと同時にレイドの足も解放される。


「ウギャアァ! 炎ッ! 炎ッ! 嫌アアアアアアアアアアアアッ!」


 過剰にも思える反応と共に、女性はその場でのたうち回る。ほどなくして、女性の口から青白い光が鯉の滝登りの如く溢れ出る。


「やった!」


 青白い光はやがて人のなりを形成した。真っ白な肌は美女を想起させるが、張り付たようで表情が変わらない。おまけに閉じられた目の隙間から、色のついた涙を流している。


「……あの、あれが幽霊なの……ですか? あぁ……神よ、どうか嘘だと言ってください……」


 同行していたルリカはいよいよ意気消沈した。今自分に突き付けられた現実は嘘であると信じようとしている。


「ルリカッ! ボーっとしてないでその人を安全な場所に!」


『許サナイ……教エヲ蔑ロニスル者ハ……一人残ラズ!』


 顔を抑えながらも立ちあがった幽霊。女性的な大きな胸と尻、対照的に細い腰つきをしており、その装いは禁欲を徹底している修道女そのものだ。これだけであれば普通の人間と変わりないが、指先は針のように鋭く、背中から無数の鎖が生え、自身を縛り付けている。


「ビンゴだな。街の人が見たっていう幽霊、修道女みたいな恰好って言ってたからな」


声を荒げる幽霊は聖女と言うより魔王を思わせる。しかし、その焦げ付いた顔は不気味なまでに穏やかさを保っている。


「レイド、コイツやばいかも! ソレ、早く脱いで!」


「いや、このまま俺が囮になる」


『……邪ナル偽リノ教エニ陶酔セシ悪魔メ……今ココデ打チ払ワン!』


 幽霊は全身から鎖を生やし、金属音を立てながら鞭のように振るった。

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