第10話 大量生産
一身上の都合でここ二週間の投稿が滞ってしまったことをお詫び申し上げます。
地下に続く石造りの階段は、いかにもな雰囲気で、この下に重要なものがあるということを主張している。
「あの、もし部外者に見せたことがバレれば私諸共出禁の可能性があるのでくれぐれも注意してください」
「は!? じゃあなんで二つ返事で『構いません』とか言ったの!?」
「しーっ! 声が大きいです。それは、私がどんな手を使ってでも真実を解き明かしたいからです。教会は長いこと独自調査を続けてきましたが……ほとんど進展がないのは異様です。次の被害者が出る前に、食い止めます!」
ルリカなりの信念が垣間見える、真っすぐで素直な主張だ。そのためにレイドたちを疑いながらも、事件解決の糸口となる期待はしているのだろう。
「結局……わたしたちもルリカも、互いに利用し合ってるってことなのかな」
ユウリは天井を仰ぎ、独りごとか問いかけか判断がつかない言い方をした。
現状は仕方なしに互いに手を組んでいる。どうしても高い壁がルリカとの間に感じられるのだ。天高く聳え、地下深くに突き刺さる壁を。ルリカは一時も隙を見せようとしない。
ルリカは物暗いトーンで答えた。
「そう……かもしれませんね。あの……つかぬことをお聞きしますがお二人はなぜ共にいるのですか? 単なる打算的な関係には見えないのですが」
ルリカは顎に手を添える。無垢な疑問に、レイドも純潔な思いで答える。
「そうか? まぁ俺たちには共通の目標があるからな。それも、街や国を跨いで移動するかなり大きな目標だ。ほら、例の紋章の謎を解くっていうな。それが分かったところで、次の目的に向けて同じ道を行くか、別れるかはまだわからん」
「でもなぁ……レイド一人にするとなーんか危なっかしいんだよね~」
「地図を逆さに広げる人間にだけは言われたくねぇよ」
ユウリは少し腰を曲げ、レイドの脇腹をつついた。この前樹木に叩きつけられた時に最も深い傷を負った場所だ。
「さて、ここが書庫です。確か資料はこちらに……」
書庫の奥まで来たところで、年季の入った本棚に押し込められた真新しい羊皮紙の束を抜き出す。
今にも切れてしまいそうな紐を丁重に解き、頭から一つ一つ確認していく。
「あっ、最初の記録だ……二月二二日、グリマーベリー貴族居住区にて殺人事件が発生。被害者は富豪のレグナス=テラー。鉱山開拓事業で成功したものの、老後は一線を引いていた。人間関係に目立ったトラブルはない。現場の凄惨さは記述を躊躇うほどのものである。現場は路地裏であり、夜間に殺害されたと思われる……」
「三月十六日、庶民居住区にて主婦のカナリア=マイアが殺害された。死因は胸部を鋭利な刃物で刺突されたことによる失血死と思われる。ベッドで共に就寝していた夫が朝、遺体となっているのを発見。夫を拘束したが、次なる事件が起きたため釈放。現場の戸締りは完璧であった。信仰に篤い反面、周囲とは衝突することが度々あり……」
「三月三一日、聖職者居住地区で殺人事件が起きた。ここ何度か似たような事件が続いており、連続殺人犯がこの街に潜んでいるのは確定といってもよい。被害者は副司教のユル=ミエル様。我々の中でも特に信仰に篤く、人から恨みを買っていたという報はない。中々家から出てこなかったところを迎えに行った神官が発見。鍵が閉まっていたので破壊したと報告」
手分けをして読んだが、すべての報告書に共通していたのは、殺害現場の状況だった。
皆地面から少し高い場所にくい打ちにされ、その血で古い教典の一節と謎の紋章が書かれていた。加えて興味深いのは、所々密室事件が混ざっている。
「なぁ、俺気付いたんだが、段々事件の間隔が狭くなってないか?」
「あ~! 確かに。これだけ長いこと未解決なら、そりゃ幽霊のせいにもしたくなるよね」
「本当に……どこに潜んでいるのやら……」
これ以上のことはわからない。レイドは剣の紋章に目をやった。次に探すものは決まっている。ユウリも肩の辺りを少し気にしている。
「ねぇ、紋章についても資料も探してみたいんだけど」
「そうですね。貴方がたのためにも、私のためにも」
広く、薄暗い書庫。三人なるべく離れないように歩いているのに、レイドの両脇がやけに涼しく感じる。しかし、片っ端から見ているだけでは見つからない。ここの書架の並びは君が悪い。
「聖槌教会の目的に合った本しかないのは理解できるが……教義と一緒に書かれた紋章に関する古文書の一つくらいあったっていいと思うんだがな……」
「ルリカ、目録ないの?」
「ありますが……様子が変なんです。これは……配架が変わっている?」
勝手に配架が変わることなど普通は無いのだが、かなり特殊な状況のようだ。誰かが意図的に変更しているはずなのだが、意図が読めない。
「確かに、歴史書と神学書が隣り合わせって変だね。あれ? よく見るとここだけ出っ張ってる。こういうの落ち着かないんだよね」
ユウリは少し背表紙が飛び出した本を無邪気に押し込んだ。次の瞬間だった。押し込んだのは本だけのはずだったが、本棚ごと壁の中に食い込み、横に移動した。壁の奥には階段が伸びている。
ユウリは目を丸くしていたが、それ以上にルリカの方が動揺を隠せずにいたようだ。
「な……なんですかこの空間は……」
「さらに下があるってことか。行くしかないな」
レイドは一歩階段に足をかけた。ユウリも準備は整っているといった様子で、力強く頷く。ルリカも暫くは渋っていたが、やがて覚悟を決めたようだ。
階段は螺旋状になっており、上から下が見えない構造だった。特に罠のようなものは見えなかったが、遂に辿り着いた空間は、神を崇める空間にはふさわしくないものだった。
地面に水が滴る音が聞こえ、どこからかうっすらと光が射しこんでいる。照らされた先には小高い台と、そこにそびえる物々しい磔であった。
「なんだよこれ……火刑用の柱じゃないか。しかもこの煤……最近まで使われていたということか?」
レイドが台に触れると、指先が黒く汚れた。焦げ臭い。
「なんか周りも牢屋っぽいね……本当に教会の地下?」
「そんな……教会は決して殺生はしない筈です。異端になっても追放程度で……」
ルリカが膝から崩れ落ちた。真横にいたユウリが咄嗟に抱きかかえる。ルリカにとってこれがどれほど受け入れがたいことなのかを理解するのに、時間などいらない。
「もっと奥に空間が続いてるね」
「行ってみるか」
「……ルリカ、辛かったら待ってていいんだよ」
「いえ……何があってもこの目で見届けます」
更に奥へと進むと、また一段と重そうな扉が待ち構えていた。しかし、予想に反し、こちらは簡単に開いた。書架の隠し扉だけでここの存在を隠し通せると思っていたのだろうか。
中にあったのはプレス機のような機械と大量の紙束であった。
「これって何? ブドウ搾り機?」
「いや、コイツは印刷機だな。だが、俺も少し見たことある程度だ」
「これ……見てください」
ルリカが震える手で持ってきた長方形の紙には、縦に四つ、横に六つ、計二十四つの『免罪符』の文字が刻まれていた。切り取るだけで、完成するように思える。
「これは……免罪符! これだけの設備があるなら売るにしてももっと安価にできるはずだ」
「もしかして、免罪符の収入を印刷機に使ったのかな? あ、レイド、あれ」
部屋の隅に置かれていた本棚にはいくつか本が収められていた。ほとんどが古びた紙束だ。何気なく取り出してみると、レイドの見たことのない文字が書き連ねてあった。読めないが、文字であるとはわかるような、未知のものだ。
紙はすっかり黄色くなり、所々文字がかすれていて読めない。
「これ……古文書か?」
「ん? わ、くらくらする。全然読めないや」
ユウリは他の本を物色し始めた。何か役立つ者があればいいのだが。メモの一枚でも挟まっていないものかと、レイドは古文書をペラペラと捲った。あるページに目を奪われ、親指で閉じゆくページを抑えつける。
真っ黒な紋章。見間違える筈もない。ここで手が止まったこと。それ自体が運命によって決定づけられていることを意味していた。
「ゆ、ユウリ……これ――」
「レイド、これ見て!」
レイドが古文書のことを言う前に、ユウリが持ってきた背表紙には『免罪符購入者』と書かれている。開いてみると、免罪符の購入者と購入額が金額順に並んでいた。
「眩暈がする金額だね。うわっ、この人借金してまで免罪符買ってるの?」
「ああ……ん? ここ、レグナス=テラーって書いてあるぞ。こっちはカナリア=マイア、でユル=ミエル。さっき俺たちが確認に行った人の名前もある」
「皆すごいお金使ってるね。殺された人たちって、免罪符の購入が多い順?」
「ぽいな。最初の被害者、レグナスの購入額がかなり高い。レグナスが死んだ後にレグナスを越える購入者が出たんだろうな」
つまり、この名簿を見れば次の犠牲者をある程度予想できそうだ。
「ルリカ、そろそろ解決できるかも――」
「噓です……こんなこと……あっては……」
ルリカは目の前の光景を受け入れられず、放心状態になっていた。虚ろな目の中に宿る神に、必死に救いを求めている。
「はぁ……しばらくそっとしとこ」
ユウリの口調は冷淡に見えて、ルリカのことを思いやっていた。存外大人びた少女だとレイドは感心する。
「だが、いいのか?」
「うん。今口出しすることじゃないし。それに……後でもっと酷い『現実』をあの子に見せなきゃならないでしょ?」
言葉だけ切り取ると、何か企んでいるように思えたが、レイドはその言葉の意味するところを即座に解した。
「そうだな」
一連の事件、未だ犯人ははっきりとしない。だが、レイドの中で教会の信用は底に落ちた。そして、ルリカはそれ以上の絶望を覚えているのだろう。
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