第9話 有栖先輩
「戻りたくないって――」
不意に告げられた有栖先輩の言葉。
「そのままの意味さ、僕は部活に行きたくないんだよ。でも無理なんだよ――はは、僕は部長失格だよね」
その笑いはどこか上向きでそれでいて哀しそうな笑い声だった。
「理由は何ですか?」
「……」
「有栖先輩!教えてください」
若干の苛立ちを隠しながら冷静に言う。
望月先輩があそこまで立てた人だ……そう簡単に折れるはずがない。
何かもっとあるはずだ。
その理由が――。
望月先輩は何故先輩に会うのを拒んだんだろう。
必ず関係があるはずなのに。
藍川さんが「あ!」と納得したように手を叩く。
「もしかして、望月先輩と有栖先輩は喧嘩したんじゃないんですか?話を聞いている限り二人は付き合ってるぽかったしそれなら部活に行きたくないーって理由とわかるでしょう?」
確かに辻褄は合うけど、もっと複雑な理由な気がする。
有栖先輩は急にモジモジし始める。
えっと……。
もしかして合ってるの?
「そそそ、そんなことないよ僕と昇華は幼馴染ってだけで恋人同士なんかじゃない……よ?」
なんかもっと複雑な理由だと思ったけどこっちが正解そうだな。
ちょっとだけ拍子抜けだな。
俺は呆れたようにため息をつきながら喋る。
「喧嘩ならしっかり会って謝ればいいじゃないですか」
藍川さんはチッチッと口を鳴らす。
「琥太郎くんってもんは恋心がわかってないよね〜有栖先輩。そうですよね?」
「え?いや――はい」
有栖先輩は完全に押し潰れたように縮こまっている。
何でこんなわかった風に喋ってるんだ?
あと、なんだか普段よりハイテンションだぞ。
「わかりますよ有栖さん。その悩み名探偵藍川陽葵が解決しましょう!!」
藍川さんは近くにあった虫眼鏡で俺と有栖先輩を見渡す。
どこから持ってきたんだよそれ。
藍川さんはそのまま携帯で何かをする素振りを見せる。
「よし、準備完了!琥太郎くんの家行きますよ!」
「え?それってどういう――」
有栖先輩が戸惑っていると。
「いいんですよ有栖先輩。琥太郎くんの家はいっぱいご飯あるし遊ぶのに最適解なんですよね」
「え?ちょっと待っ――」
「それじゃあ行こう!!」
「駄目だって!!」
しかし、俺が必死に止める声は彼女の耳に入ることは無かった。
***
藍川さんに引き連れられるまま遂に俺の家の玄関まで来てしまった。
何だこの三週間に一回来る俺の家襲撃イベントは。
――どうにかしないと。
俺は目で有栖先輩にどうにか辞めるようジェスチャーするが――届かない。
本格的にヤバくなってきた。
そろそろ、妹の人感知センサーが作動し――て。
「あ」
「お帰り、お兄ちゃん。今日は藍川さんと――」
「あ、下川有栖です」
「有栖さん!よろしくお願いします。さ、どうぞ入ってくださいね」
家のリビングに案内する泰葉。
俺は小声で藍川さんに言う。
「どう言うつもりなの藍川さんこんなの全然聞いてないんですけど!?」
「まあまあ、見てなって琥太郎くん」
俺は薄々藍川さんのやろうとしていることが理解できてとても嫌になってきている。
「どうぞ、お茶です。藍川さんも客人なんですから座ってください。あとは三人でごゆっくりどうぞ」
「はーい。まあ、今日は本当に"遊ぶ"だけだからね」
本当に憂鬱だ。
高校では家族以外誰も家に入れないという密かな計画があったのに入学した数ヶ月でその記録が破られるとは。
……そして。
「何で俺の上に座ってんの泰葉」
「どうぞ、私はお気になさらずに」
「いや、気にするから!一応、思春期の男の子ね俺」
藍川さんの目が怖いって。
有栖先輩はなんかほんわかした表情で見ている。
有栖先輩も妹思いだからか、何か思うところがあるのかもしれない。
それにしても――恥ずかしいな。
「……」
「……」
何だろうこの時間。
途轍もない空間だな。
早く逃げ出してラノベ読みたい。
「素朴な質問なんだけど琥太郎くんの両親って何してるの?」
有栖先輩がこの場の空気を割くように質問する。
「俺の母親はごく普通の職場で、父さんの方が今、船の方で船医をしている筈です」
「へぇ、船医か。それじゃあお父さんは中々帰って来ないんじゃないか?」
「そうですね。大体一年に二、三回ですかね」
「ふーん、私ならパパがいないだけで超気分下がるわ。琥太郎くんはそんなことないの?」
藍川さんがお茶を啜りながら聞く。
「寂しいですけど、俺はそんな両親に誇りを持ってるんです。母親はいつも優しくて俺と泰葉の事をいつも守ってくれるし、父さんはたまにしか帰って来ないから、俺が作った料理はこれ以上ないぐらい喜んでくれるんですよ。だから、そんな両親が俺は大好きなんですよね」
「そうか、悪いねこんな話させて」
「いえいえ、やっぱり俺は西條家じゃないと生きていかないんだなぁーって思い返しましたよ」
「そんなに?」
俺は食い気味に頷いた。
有栖先輩は俺に若干引きつつ頭を掻く。
こんな話をして申し訳ないな。
切実な思いを心に留めておきながら、俺は一つのトランプを持ってくる。
「せっかくなんでババ抜きやりません?」
藍川さんの待つ"あの人"が来るまで有栖先輩を逃げないようにしないと。
「賛成!絶対に勝つぞ〜」
「あー、うん。いいよ」
藍川さんがメラメラと俺の方へ視線を向けている。
こんな時に対抗心出さないで……頼むから。
俺は二人にカードを配っていく。
そして……俺がジョーカーか。
これはただのあの人が来るまでの時間稼ぎだ。
こんなの勝っても負けてもどっちでもいいんだ――けど、やるからには絶対勝ちたい。
俺は順々にカードを揃えて捨てていく。
だが、まだジョーカーが手元にある。
「どっちがジョーカー持ってるのかな?」
ニヤニヤしながらこちらの方を見てくる。
ああ、そうですとも俺ですとも。
だが、藍川さん。
俺は負けないよ。
――数分後
「お、揃った。僕が一抜けだね」
「ぐぬぬぬ、私の一抜けが……でも、琥太郎くんが残っているね」
……ック。俺の手札があと2枚。
藍川さんがあと一枚。
このジョーカーじゃないスペードのクイーンが取られたら俺の負けだ。
……負けたくない。
藍川さんが俺に対抗心を燃やすように俺は藍川さんにだけは負けたくない。
藍川さんが俺の手札を睨む。
「……どっちだ?こっちがジョーカー?」
俺は指を指された方にジョーカーがあるがポーカーフェイスで乗り切る。
「それともこっち?」
そして、俺はさらにカマをかける。
「こっちがジョーカーだよ」
俺は二枚持っているうちの左の方を指す。
勿論、これは嘘。
さあ、藍川さん。
どっちも選ぶ……。
「――わざわざ教えてくれるなんて……どうしてわざと負けようとするのよ」
俺は侮っていたのかもしれない。
……藍川陽葵という女を。
そのままジョーカーを取る。
「え?」
「うわぁあああ。琥太郎くんのバカ!信じてたのに……」
「藍川さんトランプってこういうゲームだから」
「クソぉぉぉおおおお」
まるで大会で負けたかのような雄叫びを出す。
ピンポン、ピンポン。
音が鳴り響く。
遂に来たか。
藍川さんは項垂れたように倒れている。
「じゃあ、俺が出ますから有栖先輩は座っててくださいね」
玄関の先には……。
「琥太郎。藍川さんもここにいるの?何も一生の願いってことだから来たけどさあ私もすぐ帰らなきゃいけないから早めにね」
一生の願いここで使うな。
だが、ここまで計画通りだな。
「はい、いますよ。さ、上がってください望月先輩」
望月先輩が家に上がる。
「うわ、どうしたの陽葵。そんなところで寝て」
見ると、リビングに続く廊下に藍川さんが倒れている。
「望月先……輩、あっちです」
流石にダメージ受けすぎでしょ。
俺は藍川さんの指を刺す方へ先輩を誘導する。
遂に邂逅する。
二人一体どんなことに――
望月先輩は「ゲッ」と一言出して頭を抱える。
有栖先輩もこの状況を察したのか俯くことしかできない。
何この雰囲気。
「有栖……久しぶりだね。あの時以来かな?」
「そう……だね」
しばらく気まずい雰囲気が流れる。
そんな中先に口を開いたのは――。
「……あの時はさ――ごめん」
「うん、私も言いすぎた。ごめん」
二人が何に謝っているのかは何もわからないが多分、謹慎関係のことなんだろうと勝手に想像している。
「お金の使い方今後はもっと考えるよ」
「うん、そうした方がいい」
ん?
お金の使い方ってどういう話題?
藍川さんがやっとよろよろと起き上がり。
「どういう理由で喧嘩したんですか?」
「いやね、有栖は昔から猫好きなんだ。よく、猫カフェに通っててね」
「えっと……質問してもいいですか?まず、どうしてそれで喧嘩に?」
「有栖がねお母さんの猫アレルギーのせいで猫が飼えないからって、どんどん猫カフェをハシゴするのよ。それで一緒に遊ぶ時とかも猫カフェしか行かないからさ私が一回ガツンといったらそこから口論になって」
「「夫婦やん」」
「ボドゲ部に帰ってきてくれないか今後の私たちの為にも――」
「ああ、わかった。戻るよ」
二人は見つめ合いながら誓い合う。
「「夫婦やん」」
「有栖先輩妹さんは無事に進学できましたか?」
「うん、しっかりとしたところにね」
「……そうすか」
今度は藍川さんが。
「二人は付き合ってないんですか?」
「ええ、そうよ。"まだ"付き合ってないわね」
「……そうすか」
俺はその場に立って呟く。
「じゃあ、皆さんお引き取りください」




