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盤上の翼  作者: なぎさ
44/45

第44話 宮内家


「……んんぅ」


 朦朧とした意識の中、少し開いていたカーテンの隙間から日光が俺を集中的に照らしてくる。

 俺は秋の肌寒さを感じながら、ムクっとゆっくり起き上がる。


「もう七時か……」


 起きようと立ちあがろうとした時……。

 腕にまとわりつく小さくて暖かい手が立ち上がらせるのを阻んだ。


「ご飯食べた後、すぐ寝ちゃったのか」

 

 いつもならそんなことはないが――。

 船による疲れと、この頃色んなことを考えていたせいなのか……今日はスッキリ起きることができた。

 泰葉の手をそろりと躱して毛布をかける。

 朝ごはんは……、いいか。

 今日は休みだし、帰ってくる頃には母さんが作っていてくれるか。

 俺は顔を洗いに洗面所へ向かう。

 バシャ、バシャと勢いよく顔を殴り洗い、そのままタオルで拭き鏡を見ると、背後に父さんが仁王立ちしていた。


「何してるの父さん」


「いや俺も顔を洗おうと、な。それより琥太郎。……行くのか?」


「あぁ、いくよ。もう行くつもり」


「そうか、これだけは忘れるなよ。俺は義理の父さ――」


「それ昨日も聞いたよ……」


 やれやれとため息を吐いた。

 父さんはしょぼんとした顔で肩を落としている。


「言われなくても、わかってるって――」


 俺はニコッと父さんに向けて、微笑んだ。

 父さんは、はぁとわざとらしく大きく吐かれたため息をして言う。


「……くれぐれも迷惑にならないようにな。一応、お前のことは伝えたが、いまいちどんな反応されるかわからん」


 はいはいと軽くあしらいつつ、俺は玄関の前に立つ。

 顔だけ振り向かせて挨拶を言おうとするが――。

 角から現れた"存在"により、視線を奪われる。


「お兄ちゃん……」


 その声は悲しみに色を染まらせた。そんな声音だった。

 俺は複雑さに思わず顔を伏せてしまう。

 泰葉に悟られず行きたかったんだけどな、……そう言うわけにもいかないか。

 少しだけ、苦笑の笑みを見せると。


「行っちゃうの?」


 今にも泣き出しそうなくらい震えた声が俺の心を抉る。


「どこにもいかないでよ。お願いだから……」


 懇願したように俺の服の裾を掴む。


「どこにもいかないよ……。義理の兄だっていい。泰葉は俺の妹なんだ。それが変わることはない」


 父さんの方を見ると、ギリギリと歯を軋ませて怪訝な表情を見せていた。

 泰葉は少し安心したような表情を見せるが、まだ体が小刻みに揺れている。

 ふと昔のことが記憶から甦ってくる。

 それは泰葉と交わした会話――。

 俺はギュッと、泰葉の手を握る。


「……いつの日か、遊園地に俺と行ってみたいって言ってたよな?」


 泰葉がコクっと頷くことを確認すると。


「今度のこれが終わったら"二人で"行くんだ!」


「二人で……」


「あぁそうだ。二人でだ!」


 泰葉やっと緊張がほぐれたか、服の裾の部分を離して少しだけ笑みを漏らしていた。

 俺は再び背を向けて、ドアノブを捻る。

 少し開いたドアから風が流れ込んでくる。

 その風を直に受けながら、振り向く。


「いってきます」


「「いってらっしゃい」」


 ***


 だいぶ人っ気のないところだ。

 朝だからということもあるだろうが、ポツポツと一軒家らしきものは伺えるものの、人らしき人がまったく見当たらない。

 すると、一際大きい家がどっしり構えていた。


「あれだ……」


 ……父さんからの写真と同じだ。

 特別外観に派手な模様があるわけでないが、その真っ白で新築のような外観に思わず呆気に取られてしまう。

 そのまま玄関に足を進めていく。

 玄関の前まで立ったはいいものの、いざインターホンを押すとなると緊張が俺に襲いかかってくる。


「は、はあぁ」


 もはや吐くため息ですら震えている。

 覚悟を決めて、インターホンに指を掛ける。

 ……もう逃げない。向き合うんだ。

 押そうと、力を込めようとした刹那――。

 ガチャリと、先に"ドア"が簡単に開いた。

 欠伸をしながら、携帯をいじっている黒髪の少女が出てくる。

 そして、目が合った……。


「……え?」


 その少女は驚きのあまり、携帯を滑らしてバンっという大きな音を立てて落とす。

 あぁ!と大きな声を出して、携帯を拾い上げる。

 携帯は見るも無惨にバキバキに割れていた。

 そして、暫くの沈黙――。


「……」


「……」

 

 あまりに不意だったため、どう声をかけようか相手の表情を見る。

 少女はひたすらに困惑した顔で呟いた。


「幸太郎……。来たんだねここに」


「うん。もう決めたんだ。逃げないって――」


「そう……。とりあえず、入って。あ、今日は休日だけど両親が朝から仕事だからいないから安心して」


 黒髪の少女――澪は踵を返して、家の中に入っていく。

 俺はそれに続いて家に入っていく。

 不思議と前ほどの怖さや不安はない。

 ……やっぱり、覚えがない。

 どれもこれも頭の奥がチクリと痛む感覚はあるが、決定的な"きっかけ"にはならない。

 澪は指を指して椅子に座ることを促す。


「待っててね。今お茶出すから」


「あ、うん……」


 そう言って、澪は台所からお茶を注ぐ。

 その間にもチラッと俺の方を見たりしていたが、いざ目が合うと慌てて視線を伏せる。


「はい、どうぞ」


 視線を逸らしながら、コップに入ったお茶を差し出してくる。

 それを受け取ると、前の椅子にちょこんと座る。


「それで、今日来たってことは――」


「……全部思い出しに来た」


「そうなんだ……」


 澪は顔を俯かせてどこか遠くの方を見つめるような。

 そんな表情をした。


「なんで澪がそんな顔するんだ……澪は俺の記憶が戻って欲しいんだろ?」


「幸太郎。悪いことは言わない。私から仕掛けたことだけど、もうこの件に関わらない方がいいよ……。幸太郎の身が持たないよ」


 澪の本当に心配するような声音に思わず笑みを溢れる。


「澪は優しいんだな……」


 俺はスッと手が澪の頭に向かったのをもう片方の手で止める。

 ……危ない。いつもなら普通に撫でてた。

 俺はゴホンッと咳を一つ挟む。

 澪は一瞬だけ顔を赤らめたが、すぐに顔を引き締める、


「……わかった。私が知っている"全て"を話すよ」

 

 


 


 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 


 


 

 

  

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 



 

 

 

 


 


 

 


 

 

 

 

 

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