第44話 宮内家
「……んんぅ」
朦朧とした意識の中、少し開いていたカーテンの隙間から日光が俺を集中的に照らしてくる。
俺は秋の肌寒さを感じながら、ムクっとゆっくり起き上がる。
「もう七時か……」
起きようと立ちあがろうとした時……。
腕にまとわりつく小さくて暖かい手が立ち上がらせるのを阻んだ。
「ご飯食べた後、すぐ寝ちゃったのか」
いつもならそんなことはないが――。
船による疲れと、この頃色んなことを考えていたせいなのか……今日はスッキリ起きることができた。
泰葉の手をそろりと躱して毛布をかける。
朝ごはんは……、いいか。
今日は休みだし、帰ってくる頃には母さんが作っていてくれるか。
俺は顔を洗いに洗面所へ向かう。
バシャ、バシャと勢いよく顔を殴り洗い、そのままタオルで拭き鏡を見ると、背後に父さんが仁王立ちしていた。
「何してるの父さん」
「いや俺も顔を洗おうと、な。それより琥太郎。……行くのか?」
「あぁ、いくよ。もう行くつもり」
「そうか、これだけは忘れるなよ。俺は義理の父さ――」
「それ昨日も聞いたよ……」
やれやれとため息を吐いた。
父さんはしょぼんとした顔で肩を落としている。
「言われなくても、わかってるって――」
俺はニコッと父さんに向けて、微笑んだ。
父さんは、はぁとわざとらしく大きく吐かれたため息をして言う。
「……くれぐれも迷惑にならないようにな。一応、お前のことは伝えたが、いまいちどんな反応されるかわからん」
はいはいと軽くあしらいつつ、俺は玄関の前に立つ。
顔だけ振り向かせて挨拶を言おうとするが――。
角から現れた"存在"により、視線を奪われる。
「お兄ちゃん……」
その声は悲しみに色を染まらせた。そんな声音だった。
俺は複雑さに思わず顔を伏せてしまう。
泰葉に悟られず行きたかったんだけどな、……そう言うわけにもいかないか。
少しだけ、苦笑の笑みを見せると。
「行っちゃうの?」
今にも泣き出しそうなくらい震えた声が俺の心を抉る。
「どこにもいかないでよ。お願いだから……」
懇願したように俺の服の裾を掴む。
「どこにもいかないよ……。義理の兄だっていい。泰葉は俺の妹なんだ。それが変わることはない」
父さんの方を見ると、ギリギリと歯を軋ませて怪訝な表情を見せていた。
泰葉は少し安心したような表情を見せるが、まだ体が小刻みに揺れている。
ふと昔のことが記憶から甦ってくる。
それは泰葉と交わした会話――。
俺はギュッと、泰葉の手を握る。
「……いつの日か、遊園地に俺と行ってみたいって言ってたよな?」
泰葉がコクっと頷くことを確認すると。
「今度のこれが終わったら"二人で"行くんだ!」
「二人で……」
「あぁそうだ。二人でだ!」
泰葉やっと緊張がほぐれたか、服の裾の部分を離して少しだけ笑みを漏らしていた。
俺は再び背を向けて、ドアノブを捻る。
少し開いたドアから風が流れ込んでくる。
その風を直に受けながら、振り向く。
「いってきます」
「「いってらっしゃい」」
***
だいぶ人っ気のないところだ。
朝だからということもあるだろうが、ポツポツと一軒家らしきものは伺えるものの、人らしき人がまったく見当たらない。
すると、一際大きい家がどっしり構えていた。
「あれだ……」
……父さんからの写真と同じだ。
特別外観に派手な模様があるわけでないが、その真っ白で新築のような外観に思わず呆気に取られてしまう。
そのまま玄関に足を進めていく。
玄関の前まで立ったはいいものの、いざインターホンを押すとなると緊張が俺に襲いかかってくる。
「は、はあぁ」
もはや吐くため息ですら震えている。
覚悟を決めて、インターホンに指を掛ける。
……もう逃げない。向き合うんだ。
押そうと、力を込めようとした刹那――。
ガチャリと、先に"ドア"が簡単に開いた。
欠伸をしながら、携帯をいじっている黒髪の少女が出てくる。
そして、目が合った……。
「……え?」
その少女は驚きのあまり、携帯を滑らしてバンっという大きな音を立てて落とす。
あぁ!と大きな声を出して、携帯を拾い上げる。
携帯は見るも無惨にバキバキに割れていた。
そして、暫くの沈黙――。
「……」
「……」
あまりに不意だったため、どう声をかけようか相手の表情を見る。
少女はひたすらに困惑した顔で呟いた。
「幸太郎……。来たんだねここに」
「うん。もう決めたんだ。逃げないって――」
「そう……。とりあえず、入って。あ、今日は休日だけど両親が朝から仕事だからいないから安心して」
黒髪の少女――澪は踵を返して、家の中に入っていく。
俺はそれに続いて家に入っていく。
不思議と前ほどの怖さや不安はない。
……やっぱり、覚えがない。
どれもこれも頭の奥がチクリと痛む感覚はあるが、決定的な"きっかけ"にはならない。
澪は指を指して椅子に座ることを促す。
「待っててね。今お茶出すから」
「あ、うん……」
そう言って、澪は台所からお茶を注ぐ。
その間にもチラッと俺の方を見たりしていたが、いざ目が合うと慌てて視線を伏せる。
「はい、どうぞ」
視線を逸らしながら、コップに入ったお茶を差し出してくる。
それを受け取ると、前の椅子にちょこんと座る。
「それで、今日来たってことは――」
「……全部思い出しに来た」
「そうなんだ……」
澪は顔を俯かせてどこか遠くの方を見つめるような。
そんな表情をした。
「なんで澪がそんな顔するんだ……澪は俺の記憶が戻って欲しいんだろ?」
「幸太郎。悪いことは言わない。私から仕掛けたことだけど、もうこの件に関わらない方がいいよ……。幸太郎の身が持たないよ」
澪の本当に心配するような声音に思わず笑みを溢れる。
「澪は優しいんだな……」
俺はスッと手が澪の頭に向かったのをもう片方の手で止める。
……危ない。いつもなら普通に撫でてた。
俺はゴホンッと咳を一つ挟む。
澪は一瞬だけ顔を赤らめたが、すぐに顔を引き締める、
「……わかった。私が知っている"全て"を話すよ」




