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盤上の翼  作者: なぎさ
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第45話 過去


「幸太郎!……朝だよ、起きて!」


 澪ちゃんは俺の体を揺らしてくる。


「まだ眠たいよぉ」


「ほらぁ、ちゃんと起きなさいってば!翼兄も起きてるよ」


 ――まだ眠ってたいのになぁ。まぁ、翼も起きてるならしょうがないな、起きるか。

 俺は上に向かって大きく手を伸ばすと、澪ちゃんが無理やり手を引っ張ってくる。


「も、もう!やめてってば、何をそんなに急いでるの」


 俺はつい、しつこく引っ張る澪ちゃんの体を突き飛ばしてしまった。

 その拍子にドテドテと大きな音を立てて畳にに二、三回転がった。


「あ、ごめ――」


 そう言おうとした時にはもう遅かった――。


「うわぁぁあああん!い、痛いよぉ」


 泣き転がる澪ちゃんを宥めようとするが、あわあわと怖くなって後退りしてしまう。

 助けを呼ぼう――。

 そう思った時、まるで"翼"が生えたように颯爽とその姿を現した。


「澪!!大丈夫か……」


 ぐったりとわんわん泣いている澪ちゃんの頭を優しく持つ、まるで囚われていたお姫様を抱っこするみたいだった。

 澪ちゃんは泣きながらもコクっと小さく頷くと、翼は顔を綻ばせる。

 そして頭を二、三回撫でた後、手を取って立ち上がらせる。

 ――かっこいい。

 男の俺ですらそう感じてしまう魅力が翼にはあった。

 翼は俺の方を見ると、ギロりと氷のような冷たい視線が俺を襲う。

 背筋が凍って、動けなくなる。

 ――怖い。本気で怒ってる時の翼だ。

 次の瞬間、スッと手が俺に伸び、ギュッと強く、俺の手を握ってくる。

 以前として怖い目をしている。

 

「……幸太郎。一体、どうしたんだ。なんで、澪が泣いてるんだ」


「俺が悪いんだ。その、澪ちゃんを……。突き飛ばしちゃって」


 俺は罪悪感で顔を俯かせる。

 すると、翼は怒るでもなくジッと俺を見つめる。


「じゃあ幸太郎は澪に謝らないとな。澪も優しい子だから許してくれるさ」


 片目でウィンクしながら、澪の方を視線を向ける。

 未だ涙目の澪ちゃんと目が合う。気まずさから顔を逸らしてしまう。


「ごめんなさい。俺が悪かったよ……」


「ううん、私が悪いの……。私が幸太郎にしつこく嫌なことをしちゃったから」


 俺は照れ臭そうに鼻を擦る。

 翼はニッコリと俺たちを見て満足したのか、よしっと手を叩く。

「それじゃ、仲直りも済んだことだし……。飯にするか」


「「うん!」」


 ***


「ほーんと、暇だよね〜」


 澪ちゃんが髪をくるくる触りながら、文庫本をぼんやりと眺めていた。


「そう言うと思ってな。今日は父さんに貸してもらったゲームがあるんだ……」


「ゲーム!!」


 読んでいた本をポイっと投げ出して勢いよく飛びつく。

 ――その本、俺が貸したやつなんだけど。

 俺は投げ捨てられた本を拾い上げ、埃をはたき落とす。

 翼の方を見ると、ガサゴソと鞄から何か大きいものを取り出している。


「あ……」


 その独特な盤面と子供心をくすぐられるかっこいい駒たち。俺はそのゲームに見覚えがあった。

 父さんと翼がカタッと打ち合っている姿を何度か見たことがあり、だいたいルールは把握している。

 確か名前は――。


「チェスだ……」


 俺たちを交互に見てニヤッと笑みを漏らす。


「えぇ……」


 澪ちゃんはさっきの興味津々な姿とは程遠いほどに、テンションが下がっていた。

 げんなりとした表情でチェスを見まわすと、はぁとため息を吐いてソファーに座る。

 その姿に翼はあたふたと頭を抱えていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ、澪。これはな――」


 必死に説明を始めようとするも、澪ちゃんはまるで聞く耳を持たない。

 少々可哀想に思えて来るので、重い腰を上げて翼の元へと駆け寄る。

 

「俺、やってみたい……」


「さすっが幸太郎の兄貴。澪とは"違って"わかっていやすねぇ。……ぐふふ」


「兄貴は翼だろ」


 気味の悪い笑い方をするな翼を横目に俺は駒一つ一つの違いなど、触ったりしていた。

 翼はチラチラと澪ちゃんを見る。

 なんでわかりやすいんだろう。この人は……。


「さぁやるぞ。幸太郎。この楽しい楽しいゲームをな!」


 わざとらしすぎて逆に鬱陶しい。

 一緒にやりたいなら、直接そう言えばいいのに。

 そんなんで釣られる奴なんて――。


「うん……」


 ……い、いたぁ。

 ソファーから目だけを出して、視線を俺たちに向ける。

 澪ちゃんは俺たちの視線に気付いたのか、あわわと唸って、一気にソファーに隠れる。


「見るだけ、だから……」


 表情は見えないが恥ずかしそうに震えた声音だ。

 俺は翼と顔を見合わせると、思わず吹き出してしまった。

 ひとしきり笑った後、翼がニヤッと俺を正面で見据える。


「さて、幸太郎。チェスのルールはわかるね?」


 俺はコクっと頷くと、翼はカチカチと駒を配置し始める。


「翼、一つ頼みたいことがあるんだけど……」


「あ、あぁ。いいぞ」


「一応、翼は中学三年生。俺は小学四年生だけど、……」


「わーってるって、手加減だ――」


「絶対に手加減しないでよ。……年の差なんて関係ないから」


「もちろん、そのつもりだが、――」


 翼はふんっと鼻を鳴らす。

 まるで自分は負けるわけがない。そんな圧倒的な余裕が翼にはあった。

 ……そんな顔していられるのも今のうちだ。

 さまざまな思考を盤面に巡らせながら、俺はキングを自分の陣地に置く。


「よし、じゃあやるか……」


「うん……」


 澪ちゃんが見守るなか兄弟の熱戦が始まろうとしていた。

 勝てると本気で思っていたんだ。

 始まる前までは――。


 ***


 俺は項垂れるように膝をつく。必死に絶望を隠そうとするが、ポロポロと瞳から涙がこぼれ出てしまい、隠しきる術がない。」

 翼は少し、バツが悪そうな顔をする。

 別に、翼は悪くない。俺の言った通り、手加減しなかったんだから。いや、これでも翼にとっては充分なほどの手加減だったのかもしれない。

 ――始まる前の俺のは発言を心底憐れむぞ。


「ま、まぁ幸太郎。その、なんだ。今は勝てなくってもいつか俺に勝てるって――」


 全然慰めになっていよ、それ。

 ぐすんと、泣いているとスッと俺の服の裾が掴まれた。

 視線を落とすと、澪ちゃんがちょこんと頬を赤らめながら引っ張っていた。


「幸太郎兄。元気、だして?」


「「かわいい」」


 凜とした上目遣いに俺と翼は思わず、本音が漏れてしまった。

 手をポンっと頭に乗せると、嬉しそうに頭をゆらゆら揺らしてくる。

 この子は何なの?天使なの?


「……案外、チェスって面白いんだね」


 澪ちゃんが興味深そうに、俺がボコボコにされた盤面を見つめている。


「そうだろう、そうだろう。面白いんだよチェスって!だから、澪も一緒に――」


「いや、私は実際にやるより見てるのがいいかな。だから――」


 恥ずかしそうに顔を逸らしながら、そっと囁く。


「……もう一回、見せてよ」


「よ、よし。幸太郎やるぞぉ!」


 翼は俄然やる気を出すと、再びチェスの駒を配置していく

 ここまでわかりやすい男いるのか。

 だが、負かされた借りは返さなければならない。けど、これ。勝てる気がしないと言うか、実力差がありすぎると言うか――、勝てるわけないじゃん。

 思えば当然の帰結だった。

 翼は俺たちに対して、抜けているところはあるが、側から見た翼は完璧超人なのだ。

 好青年イケメンで優男の他、成績優秀。おまけに運動神経抜群ときた。

 対して、俺は翼のまったくの逆を行く人間。

 ……こんなの天と地の差じゃないか。


「じゃあやるか。二回戦目だ。手加減は――、いらないよな」


 ニヤッと、翼は俺に笑いかける。

 いや、年の差とか考えてやっぱハンデ有りでお願いしまーす。なんて言えるはずもなく、ガチンコ勝負の二回戦目が開幕してしまった。

 バカ野郎、やる前に負けを確信するやつがいるか。

 俺はこの勝負――。絶対に勝ってやる。


 ***


「対戦あざした……」


 ペコリと頭を下げると、近くにある椅子に座り込む。

 対戦結果は勿論――。負けましたよ。負けましたけど何か?

 だいたい、翼が強すぎるんだよね。さっきの負け具合も酷かったけど、今のはもっと酷い。

 俺の陣営にあった駒がほとんど翼の取られていた。

 ……やっぱ、さっきの手加減してたのか。

 しゅんと悲しさを顔に滲ませていると、翼はハハッと頭を掻く。


「さすが、翼兄!大好きぃ」


 澪はがばっと翼に抱きつく。

 ……けっ、この家は実力至上主義なの?

 俺は励ましをもらうべく、台所へと足を運ぶ。


「母さん……」


「うん?」


 母さんの服の裾をスッと引くと、俺の目線までしゃがんでくれた。

 俺のうるうるとした瞳に気がついたのか、何も言うこともなく抱きしめてくれる。

 ……落ち着くいい匂い。

 不定期に帰って来る父さんの目は、いつも勝者である翼と、華やかな澪にだけ向けられていた。その視界に、敗者の俺が入る余地はなかった。

 母さんだけだ。俺を唯一、心の底から愛してくれるのは――。

 少し間をとってから、再び俺に聞く。


「どうしたの……。何かあった?」


 俺はふるふると首を横に振り、事の顛末を母さんに話す。


「ぷ、ぷぁはははは。なにそれぇ……」


 ついには母さんまで笑われたよ。そろそろ泣くよ俺。

 瞳を震わせていると、さっきまで大笑いしてた母さんが申し訳なさそうにごめんごめんと頭をポンポン触ってくる。


「要するに、チェスで翼にボコボコにされて、泣きついてこっちに来たってわけね」


 ……言い方に悪意があるぞ。

 母さんはしばらく考える素振りを見せる。


「幸太郎。あなた翼に負けたままでいいの?」


「もちろん勝ちたいよ。でも、勝てる未来が思い浮かばないんだよ……」


 けど、どうやってあの化け物に勝つんだよ。子猫が虎に戦いを挑むみたいなもんだぞ。あれ。

 母さんはチッチッと指を左右に揺らす。

 どうやら、母さんには俺が勝つ未来が浮かんでいるらしい。


「翼が唯一できないことがあるじゃない!」


 え、なにそれ。翼ができないことってあんの?

 俺はジッと、母さんの次の言葉を待つ。


「それは――、料理と裁縫よ」


「え?」


 思わぬ回答に唖然としてしまう。

 それ翼ができないことじゃなくて、母さんができることだろ……。


「か、母さん。前に翼、朝ごはん作ってなかったっけ。それに、裁縫も俺と澪ちゃんを真似て作ったぬいぐるみを一昨日作ってたじゃん」


「うーん、でも私よりは下手なんでしょう?……だったら、私がみっちり指導してあげるから安心しなさい!」


 仁王立ちで腕を組んでいる母さん。

 まったく、どっからその自信が湧いて来るんだか。

 だが、不思議と母さんの言うことがまるっきり"不可能"とは思えなかった。


「わかったよ。母さんとの特訓だから、翼と澪ちゃんには言っちゃ駄目だよ」


「わかってるってば」


 ここから、母さんとの秘密裏に行われる特訓が今始まった――。


 

 

 

 


 




 

 

 

 


 


 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 





 


 

 

 

 



 


 


 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



 


 

 

 



 

 



 

 

 

 

 




 

 

 

 

 


 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 


 


 

 

 

 

 


 

 



 

 

 

 

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