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盤上の翼  作者: なぎさ
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第43話 和解


 今日は暑いと予報が出ていたはずだが、秋風と海のひんやりとした空気が体をブルっと震わせた。

 船の端にいる俺は不意に変な"違和感"にさらされる。

 気持ち悪いと言うか、目が回ると言うか、普通に吐きそうだ。

 父さんは操縦席でハンドルをぐるぐると回しながら、俺に向かって小首を傾げて呟いた。


「お前、船酔いは克服したのか?……随分平気そうじゃないか」


 あー、それ言わないで欲しかった。

 スポーツなどで相手チームの有名選手を知らない方が、細かいことを気にせずにいいパフォーマンスができるように、今、船酔いと言われたことで再び自分が"船酔い"だということを思い出してしまい、再び俺に"酔い"が猛威を振るってしまった。

 さすがにこんな静謐な海で吐くわけにはいかない。

 ……どっちにしろ少しの辛抱だ。

 グラグラと揺れる船体に耐えながら、父さんの方を一瞥する。

 父さんはあ!となにか思い出したように俺の方を見る。


「……まだ言ってなかったな。『お前の目で見てみろ』とは言ったけど。それじゃ見ようにもわからないもんな。うーんと、待てよ。今、送るから」


 父さんが片手でハンドルを握りながら、もう片方の手をごそごそとポケットに突っ込む。

 暫くすると、ピコンと携帯の通知が鳴る。

 父さんからだ……。

 俺はスワイプして内容を確認すると、ある場所が記載されている事に気づく。

 そこにはポツンと普通の一軒家。

 家からもそんなに遠くはなく、徒歩二十分ぐらいだろうと推測する。

 俺は父さんに視線をやると、ニコッと微笑みかける。

 再び、携帯に目線を落とすと写真の下にメールがポツポツと送られてくる。

 

『そこにお前の知りたいもんが全部ある。ま、いくもいかないもお前の自由だがな』

 

「直接言えばいいの――」


 いいのに。

 そう言おうとした時だった。

 胃に溜まっていたものが、体を逆さにされるように滝のように流れ出てしまった。

 その流れに逆らえず、海に突っ伏した。

 父さんは優しく背中を撫でてくれる。――そんなわけではなくてあちゃー、という哀れみの声音が背後に響くだけだった。

 あらかた吐き終わり、スッと溜飲が下がったような感覚に陥る。

 港へと着岸した俺たちは浴びるように風に打たれていた。


「うぷ、少しだけだけど。スッキリした」


「……随分と、まぁ大量だったな」


 俺はギロリと父さんを睨むと、手で抑えるポーズをとりながら苦笑した。

 ビュービュー吹いてくる風を正面で浴びながら、胸に手を当てる。

 これは――。

 吐いた事で自分のモヤモヤとした"胸の支え"も一緒に流れ出た。……そんな気がした。

 その証拠にいつもより足が軽い。

 俺が軽めにジャンプしていると、父さんに何してんだお前みたいな顔をされたのでごほんっと咳を一つ挟んでから、再び父さんに呟いた。


「そんなことより早く家に帰ろう。母さんと泰葉が待ってる」


 父さんは、あぁと短い返事で歩いていく。

 俺はその筋骨隆々の背中を追いながら、送られた写真をもう一度見る。

 澪……。

 お前にも、ちゃんと面と向かって話さないとな。

 決して悪い奴じゃないと思う……。たぶん。

 はぁ、と父さんに聞こえるか聞こえないかくらいのため息をついて、軽くなった足取りで距離が離れてしまった父さんとの"距離"を埋めていく。


 ***


 ガチャっと、ゆっくりとドアノブを捻ると食欲をそそる匂いがすうっと鼻を通り抜ける。

 きっと母さんと泰葉が豪華な料理を作ってくれているんだろう。

 ……どうせなら、二人にも見せてやりたかったな。

 そんなことを考えていると、父さんが目を輝かせてズカズカと部屋に入っていく。


「ただいま〜、いい匂いだな」


 母さんは父さんの方を向いて、優しく微笑む。


「おかえり。ご飯できてるから早く手を洗ってきなさい」


「へいへい」


 父さんは淡白な返事をすると、洗面所へ足を運んだ。

 母さんは父さんが行くのを確認すると、俺の方に視線を向けて、優しく包むように俺を抱きしめる。


「辛かったね……。一人で抱え込んでさ、」


 うるっと瞳が揺れる。

 だが、グッとその気持ちを堪える。

 そして、母さんは俺をゆっくりと離すと背後をジッと見てニヤッと不敵に笑った。

 俺は半強制的に"そっち"の方向を顔を向かせられる。

 そこには金色に輝いた髪をいじりながら、頬を赤らめている少女がいた。


「……」


「……」


 気まずさからかお互いの顔を見ようとはせず、俺たちの時を進ませるのは沈黙だった。

 そんな俺たちを見かねたのか、はぁとあからさまなため息を吐かれた。


「……うぅ」


 ずるずると押されていく俺の体。

 泰葉の背中にも、いつの間にか戻ってきた親父の大きな手が添えられていた。その手に促されるように、俺たちの距離は一気に詰まっていく。

 やがてその距離は"いつも"の距離まで近づく。

 深く、長く溜めていた息を吐き出して、呟こうとした時――。


「ごめ――」


 がばっと、俺の胸に飛びついた。

 その重さに泰葉を抱えながら後ろに尻餅をついた。

 俺は胸に顔を埋めている泰葉の表情を覗き込むと、ニコッと俺に破顔した。

 そしてごく"普通"のやり取りをする。


「お兄ちゃん……。おかえりなさい!」


「……あぁ、ただいま」


 これ以上の"言葉"は必要なかった。

 母さんと父さんは俺たちを背後から支えるようにしてギュッと優しく抱擁した。

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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