第40話 打開策
「ほうほう、ざっと要約すると兄ちゃんと話せないほどの喧嘩をしたってわけね……」
これは昔からよく相談に乗らしてもらっていたころちゃんだから、信用できる人間だからこそ話せた。
ころちゃんは少し顎に手を当てて考えるような素振りをする。
「そうだね……、昔から喧嘩したことだってなかったもんね。時間が解決してくれる――っていうのは根本的な解決にならないのよね……」
ころちゃんは珍しく考え込んで俯いている。
暫くの沈黙が空気を重くする。
そして――、ころちゃんはふぅっと小さく、そして細い息を吹くと、泰葉の目を真剣な眼差しでジッと見つめる。
「ご、ごめん。私にはあなたたち"兄妹"のことをあれこれ言う義理はない。――けど、あなたの友達だから、親友だから言わせてもらう!やーちゃんとお兄ちゃんの喧嘩となった"その原因"をお兄ちゃんと洗いざらい話すのよ。話して、話して、話しまくれ!それしかないでしょ!」
「そう、だね。話す、ね」
ころちゃんは熱くなりすぎたのか、パタパタと手を仰いでいる。
……そして「ハッ」と我に返ったように照れ臭そうに視線を逸す。
「あはは、ごめんねー。ほら私にもお姉ちゃんがいるじゃん?だから喧嘩をして仲直りする時はいつも本音でお互いのことを話してるの……そしたら、いつの間にかに仲直りしてたから、やーちゃんも同じこと言えるんじゃないかなーて」
「ころちゃんに相談してよかった。私、ずっと逃げてたのかもしれない。だって、だって――」
言葉が続かない。
泰葉はグッと拳を強く握り、途切れ途切れに呟いていくと、ころちゃんが優しく背中をさすってくれた。
「こた――お兄ちゃんがいなくなるのが怖くて、……でも向き合わなきゃ、私とお兄ちゃんとの関係はずっとこのままだと思うから――」
泰葉は瞳に溜まった涙を手で拭うと、ニコッと、ころちゃんに向かって微笑む。
ころちゃんは頬を赤らめながらモジモジしている。
「そ、そう?なら、よかったんだけど……。あ、あぁ、私用事あるんだったー!そ、それじゃあね。私もういくからね!」
あわあわと挙動不審に動きながら、笑顔で手を振っている。
泰葉もそれに応えるような笑顔を返す。
そしてふっと振り向いて、泰葉に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で囁いた。
「……また遊ぼうね」
その言葉に思わず笑みが漏れる。
「ころちゃん緊張しすぎだよ」
誰もいない公園に、決意だけが静かに響いた
小さく笑って、もう一度だけ頷いた。
「待っててね。私はもう逃げない!」
先ほどまで鉛のように重かった足取りは、嘘みたいに軽くなっていた。
***
家に帰り台所へと目線を回すと、淡々と料理をこなしている琥太郎の背中があった。
だが、その背中はいつもより猫背で覇気がなく、弱々しく見えた。
琥太郎は呆然と立ち尽くす泰葉を一瞥すると、"おかえり"と一言、言ってまた作業に戻る。
泰葉はふぅっと細長い息を吐くと、琥太郎へ……いやお兄ちゃんへと、がばっと飛びついた。
「うわぁ!」
お兄ちゃんは思いも寄らぬ事態に呼吸を荒くして泰葉の手を掴んで、振りほどこうとする。
その振りほどこうとする力の強さが、如何に拒絶しているのかがわかる。
「ちょ、やめ――」
「やめない!!」
「え……?」
初めてだ。
お兄ちゃんにこんな語気を強めたのは……。
バシャン、と音がした。お兄ちゃんは動揺したように、片手のペットボトルから水が零れていた。
だが泰葉は逃すまいと首に強く腕を巻いた。
「お兄ちゃん……。明日、お父さん帰ってくるね」
「?」
言葉の意味がわからなかったのか、言葉の返答はなく、ただお兄ちゃんの激しい呼吸音だけが台所に響いていた。
……対話だ。絶対に逃げちゃダメだ。
「ほら、連絡なかった?お父さん何ヶ月ぶりか、明日に帰るってさ。楽しみだよねー。勿論、お兄ちゃんも迎えにいくよね?」
「……」
相変わらず返答はないが、こくっと小さく頷いたのを見逃さなかった。
泰葉は強く抱きしめた腕を徐々に弱めていく。
「じゃあ、明日の昼頃にいつもの場所でね……」
「いつもの場所か」
それは二人だけの空間でも小さな囁き声が聞こえた。
泰葉は一歩一歩"兄"の背中を見ながら後ずさる。
そして最後にお兄ちゃんに一矢報いるように囁く。
「大好きだよ……お兄ちゃん。待ってるからね」
結局お兄ちゃんは最後まで振り向こうとはしなかった。
でも、なんとなく表情はわかった。
先ほどのペットボトルの水に紛れるようにポタポタとお兄ちゃんから零れ落ちていた。




