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盤上の翼  作者: なぎさ
39/45

第39話 隠し事


「お兄ちゃん。今日も部活行ってないの?」


「あ、あぁ。ちょっと、な……」


 取り繕った笑顔で泰葉に微笑む。

 "あの時"からお兄ちゃんは顔色が悪く、部活にも最近行っていない。


「真白姉とか陽葵さんとかみんな心配してるよ?……そろそろ顔出した方が――」


「俺。部活、辞めるよ……」


「え?」


 その言葉の意味を理解するのが数秒遅れる。

 泰葉はポカンと口を開く。


「色々、考えたくてさ部活に行くことも出来ないんだ。今のまま行っても部の雰囲気悪くしちゃうだけだし、このままズルズル幽霊部員になるくらいならスパッと部活辞めた方がいいんじゃないかなって……」

 

 お兄ちゃんは自嘲したように呟く。

 そろそろ、包み隠さず本当のことを――。

 泰葉は言う寸前の所で踏み止まる。


「そんなこと――」


「ごめんな泰葉。もう俺はお前がよく知っている"お兄ちゃん"にはなれない」


「……ッ」


 スッと部屋のドアを捻ろうとする。


「お兄ちゃん!」

 

 泰葉はギュッと強く、お兄ちゃんの手を握りしめた。

 思わず手に力が入る。

 だが――。

 無惨にも握りしめた手は払われてしまった……。


「俺はもうお兄ちゃんじゃない――。琥太郎でいいから、お兄ちゃんっていう呼び方はしないでくれ」


「そ、そんなこと、言わないでよ……」


「俺、少し思い出したんだ。俺は宮内澪の兄で西條家の息子じゃなかった。……泰葉の"大好きな兄"じゃなかったんだ。信じたくないけど」


「わ、私はお兄ちゃんのことを本当に――」


「勿論、わかってるよ。泰葉が記憶のない俺のことをまるで"本当の兄"のように慕って好いてくれた。俺も泰葉のことは今でも大切に思っているし、幸せになって欲しいって……思ってるんだ。でも、これ以上は――」


 お兄ちゃんは背を向けながら体を小刻みに震わしている。

 いつもならその背を優しく抱きしめるところだが。

 ……出来ない。


「大丈夫、この一件は両親には話さないし、澪がもう一度来る気配もない。……これで全てが終わりなんだ」


「うん……」


 お兄ちゃんはスッと振り向いた。

 ……泣いてる。

 その顔はなんとも不思議で、泣き崩れているのに優しい笑顔を保てていた。

 そして、優しい声音で――。


「お兄ちゃんって……呼ぶんじゃ……ないぞ」


 ガシャリというドアを閉める音がいつもより長く聞こえた。

 ポロポロと瞳から溢れ落ちて床がじんわりと濡れていることで初めて涙を流していることに気づいた。


「……お兄ちゃん」


 そう呼ぶことが最後であろう呼び名を噛み締めながら囁いた。


 ***


「はぁ……」


 今日は風が強く金色の髪がゆらゆらと視界を遮る。

 泰葉はその靡く髪を押さえながら近場の公園まで歩く。

 ……こうなってしまった以上、兄との――いや琥太郎との"いつもの"関係は取り戻すことが難しい。

 泰葉は俯きながら歩みを進める。

 最近、こうやって行き当たりばったり歩いているのも、そうやって頭から琥太郎という存在を引き離して、誤魔化しているのかもしれない。

 ……しかし、泰葉は"散歩"という口実でどうしたら琥太郎を元気にしてあげれるか考えていた。

 深く思案しているせいか角に曲がる時にいた黒い影に気づく速度がワンテンポ遅れる。


「わっ!」


「うわっ!」


 若く甲高い声が辺りに響いた。

 泰葉はあわあわと慌てふためきながら、ぶつかった影に近づく。


「もしかして、――やーちゃん?」


「うん?」


 聞き覚えのある声を誰かと模索しながら座り込んでいる女性の顔を覗き込む。

 泰葉は「え!」と口に出してしまうほど驚愕する。

 髪は綺麗な紫色のおさげで制服姿の高校生が泰葉を下から見上げている。

 泰葉は久々の再会ということもあり、なかなか喋り出せずにいた――が、先に動いたのは「よいっしょ」と腰を上げてニコッと笑って見せたころちゃんだ。


「や、やーちゃんだよね?」

 

「久しぶりだね、ころちゃん!」


「……小学生以来かな。やーちゃん。元気にしてた?」


「う、うん。元気だよ……」


「昔はいつも遊んでたもんね〜。……また遊びたいな!」


「うん、――そうだ、連絡先交換しようよ」


「うん!」


 泰葉が連絡先のコードを出すと、ころちゃんがウキウキにそれを読み取る。

 ころちゃんは泰葉の顔をジッと見つめ「それにしても」と話を変える。


「やーちゃん。……可愛くなりすぎよ……」


 ころちゃんは泰葉の体を上から下に舐め回すように見て、うんうんと腕を組んだ。

 ……なんで誇っているんだろう。

 特に変わった部分はないと思うのだが、……久々だからか、もしくは女性同士がが久々に会った時の通過儀礼のようなものだろうか。


「ころちゃんも前と変わらず可愛いね!」


「やだもう。そんなお世辞言わないの!――あれ?今日はお兄さん一緒じゃないの?」


 ドキッと、心臓が大きく揺れる音が聞こえた。


「きょ、今日は一緒じゃ、……ないかな、うん」

 

 泰葉は少し俯き、それでも悟られないよう明るい声で呟く。

 しかし、ころちゃんは怪訝な表情を泰葉に向ける。


「やーちゃん、……なんか隠してるでしょ。伊達に親友やってないから、そんなの一発でお見通しなんだからね!」


「……うぐぅ」


「多分やーちゃん。お兄さんのことで何か悩み事があるんでしょ?」


「……」


 昔から観察力が強くて、琥太郎と喧嘩して落ち込んでいた時など、いつも見破られていた。

 ころちゃんは全て見透かしたような、そんな笑みを浮かべた。

 


「ころちゃんはなんでもお見通しなんだね……」


「親友ですから!」


 えっへんと胸を張るころちゃんに泰葉は「はぁ」と大きく息を吐くと、こうなった経緯を大まかに話すことにした。


 

 


 

 

 

 


 

 

 


 

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