第37話 勝負
「奇遇だねぇ幸太郎。運命感じちゃうよ。さすが私の――いや、まだ言うべきじゃないか……」
澪は言葉に詰まるように顎に手を当てる。
「お前。俺のことずっと付き纏ってたんだろ!」
「どうかなぁ」
澪はゆらりと少しずつ俺に近づいてくる。
……逃げなければ。
俺は必死に足を動かすが、両足とも反応が鈍い。
それになぜか視線を澪から外せない。
澪の黒目が近づいて来る度に大きくなり、思わず"闇"に引き込まれそうになる。
一歩、また一歩と、歩みを進める澪。
呼吸がなかなか整わない。
澪は俺の三歩先というところまで来た。
そして俺に手を伸ばそうとした刹那――。
「……澪!」
荒々しい声で叫んだのは誰でもない。
……泰葉だった。
俺は涙目になりながら泰葉の元へ必死に縋り付き、澪への恐怖を紛らわそうとする。
泰葉は優しく頭を撫でてくれる。
「……全く、情けないなぁ」
「どういうつもりなの……」
怒りを最大限に抑え込んでいるからか、切歯しながら澪を睨んでいる。
依然として余裕の笑みを浮かべる澪は「まあまあ」と手を仰ぐ。
「遊びに来たの……続きをやろうよ」
「は?遊びって――」
「そうそう、遊び」
「一生、私たちに関わらないで……」
「私に"勝ったら"その相談も呑んであげてもいいわよ」
なんだと……。
そんなの罠に決まってる!
泰葉は思案した表情で悩んでいる。
「ダメ――」
「……受けるよ。その勝負」
「……ッ」
「そうこなくっちゃ」
澪は満面の笑みで微笑む。
その表情はいつも見せている不気味な笑みではなく、言わば、"本当"の澪の笑顔が垣間見えた。
思えば記憶の中の澪は、"こんな奴"じゃなかった。
もっとこう、穏やかで優しくて俺に甘えてくるような――。
"まるでいつもの泰葉みたいに"。
「で、勝負の内容は?」
「……ボドゲ部らしく、ボドゲ勝負というのはどう?」
「「え?」」
俺が思考を張り巡らせていると、澪がふふっと笑みを漏らして話を次に進める。
「幸太郎たちが勝ったら、もうあなたにちょっかい出すのをやめる。勿論、負けたら"全部"思い出してもらうよ」
「なん、だと……」
その言葉は嘘か真か定かではないが、澪のその真剣な瞳が嘘ではないという事を証明してくれる。
……ボドゲ勝負となると、大きく俺に有利になるわけだが、なにか裏があるのか?
「ち、ちなみになんのボドゲで勝負するんだ?」
「うーん、そうだね。正直ボドゲは散々見てきたけど、実際にやるとなると、――ブラックジャックでどう?」
「な、ブラックジャックって、そんな運要素があるボドゲなんて――」
そういえば、澪はブラックジャックが昔から異様に強かったような――クソ、わからない、一体何が狙いなんだ!
「私は幸太郎がそんな顔なんて見たくないの……だから、だからこの勝負は絶対にしなきゃいけないの」
澪がここにきて初めて声を荒げた。
笑っているのに、その指先だけが小刻みに震えているのだ。
澪にも曲げられない信念があるのか、俺を憐れんだ瞳に涙を浮かべたまま、視線を逸さぬままジッと見つめている。
「……わかったよ。ここで終わらせる」
俺はやっと動くようになった足を上げて立ち上がる。
澪は「ん?」と疑問を持った様子で小首を傾げていた。
「なんか勘違いしてない?……今回勝負するのは幸太郎じゃなくて――"西條泰葉"あなたよ」
「……は?」
突然の宣言に呆然と立ち尽くすことしかできない。
そんな俺より先に動きを見せたのは勝負を仕掛けられた泰葉だ。
「……それで構わない」
「そうね、じゃあ明日の昼頃、またここに集合できる?」
コクっと頷くと俺の手を引き重い足取りで去る。
澪のなんともいえぬ悲しげな表情を見ながら、俺の中のもどかしさ少しずつ膨れ上がる……。




