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盤上の翼  作者: なぎさ
35/45

第35話 逃げの選択


「……おーい、澪。お前も一緒にやろうぜー」


「いやいいよ。私は二人がやってるの見てるだけで楽しいからさ……」


 澪は遠慮気味に苦笑する。

 翼はムスッと頬を膨らませて頭を掻く。


「……絶対やった方が楽しいのになぁ」


「いいって、翼にぃの高度すぎるボドゲに私がついていけるわけないもん」


「手加減するよ?」


 俺はまるで馬鹿にしたように澪を煽る。

 澪は「はぁ?」と蛸のように顔を赤くさせて、俺の事をポカポカと叩いてくる。


「わ、私が本気出したらあんた達なんか、あんた達なんか――勝てる、よ?」


「せめて言い切ってくれよ!」


 翼がやれやれと肩を竦めて言う。

 澪は「えへん」と謎の自信を持ち、俺に指を指す。


「でも幸太郎なら勝てるかも、毎回、翼に負けてるじゃん」


「……ッ、そ、それは」


 痛いところを突かれたと、俺は悄然と俯く。

 翼は俺の頭をガシガシと揺らし、破顔とした顔で俺の心を落ち着かせる。


「普段、私はあなた達みたいにボドゲを狂ったようにやっていないけど。いざやったら強いから!」


「じゃあやってみるか?」


「……え?」


 数十分後。


「うわあああ、負けたぁあああ」


「ふん、甘いよ。澪ちゃん。俺に勝とうだなんて――」


 澪は頭を抱えながら地団駄を踏む。


「ブラックジャックなら勝てたのに!もう一回」



 今思い出したが、澪のブラックジャックの勝率は翼をも上回るほどに強い。――いや、運がいいって言った方がいいか。

 俺は勝ち誇ったように澪の頭をポンポンする。


「澪ちゃん、真剣勝負に二回目など存在しないのだよ」


「クソォォォォ」


 澪の雄叫びが地区センター辺りを響かせる。


「全く、誰に似たんだか、この負けず嫌い……」


「「お前だよ……」」


 俺たちは顔を見合わせてゲラゲラと大笑いする。

 あぁ、ずっとこんな毎日がいいなぁ――。

 その刹那、頭の隅々がズキっと痛みに支配される。

 目の前にあった光景が一瞬にして変わってしまった。

 辺りには雨が降りしきっていて、救急車のサイレン音がうるさい。

 俺は雨の暗い中で倒れて俯いた一人の男を見つける。

 ズキズキと近づく度に前に進むことを"俺自身"が自然と拒絶反応を起こしていた。

 前に進んだら、一気に"自分"が自分じゃなくなってしまう――そんな気がする。

 だが止まらない――止められない。

 まるで誰かが俺を操っているみたいに――。

 やけに重い。靴の裏に絡みつくみたいな、嫌な感触。

 だが俺はその痛みの中よろめく体をどうにか制御して、男の元へ向かう。

 暗くて顔がよく見えない。

 俺はやっとの思いで男の顔を見る――。


「……え?」


 俺はあまりの衝撃に腰を抜かす。

 それは高校生ぐらいだろうか、顔立ちが整った美少年が顔をほこらばせて――死んでいた。

 なんで気づかなかったのか、この目の前にある水溜まりが水だと思い込んでいた。

 赤が靴底にまとわりついていたことに今しがた気づいた。

 見ると、鉄パイプのような物があたりに突き刺さっていた。

 どす黒い血が跳ねて全身が濡れる。

 腹のあたりが、やけに重い。

 濡れている。

 違和感だけが、やけに鮮明だった。

 触れる。

 ぬるい。

 指先が沈む。

 引き抜くと、糸を引くように赤が伸びた。

 ポタポタ流れる俺の掌から流れているのは雨なんかじゃなかった。

 熱が止まらない。

 流れ落ちてくる。

 震えた手で血を振り払うようにする。

 その一瞬、男は俺の足を強く握りしめる。


「……ッ」


「お前が俺を殺したんだよ」


 高校生とは思えないほどの冷たく、ドスの効いた声で囁かれた。


「翼が死んでるんだ……」


 見覚えがないはずなのに――。

 その瞬間視界が真っ白に弾けた。


 ***


「うわぁあああああ」


 朦朧としていた意識がこの叫びによって一気に覚める。

 見覚えのある天井、このフカフカなベット――。

 消毒液の香りが辺りに充満していた。

 病院か――。

 その刹那、俺を抱きしめる人影に押し倒されてしまう。

 ……この匂いと、勢いよく抱きしめてくる感じ思い当たる節が二人しかいない。

 今回は――。


「か、母さん……」


 母さんは俺を見るなり、その瞳から大量の涙を溢れていた。


「……生きてた、生きてたよぉ」


 耳元で、かすれた声が零れた。

 涙で濡れた声。

 ゆっくりと視線を落とす。


「勝手に俺を殺さないでよ」


「あんた合宿の帰りに気を失ってから四日は寝てたんよ」


「四日間。そう、なんだ」


 妙に自分の中で納得してしまった。


「泰葉に連絡して今来てもらうから――」


「待って!」


「え?」


 母さんはキョトンと目を丸くして、動きが止まった。


「暫く、一人にしてくれない?」


「……そう、分かったわ」


 母さんはそういうと悲しそうな表情をして病室を出ていく。

 泰葉が来てくれるのは勿論嬉しい。

 が、今は――まだ心の整理がついていない。

 幸太郎という呼び方が、頭にこびりついて離れない。

 翼という人物は――。


 もうこの世にはいない……。


 これからどうやって"宮内澪"という人物から逃れるか。

 今までは朧げなフラッシュバックだったのに、澪という人物に会ってから"それを"さらに鮮明に思い出してしまった。

 アイツの顔が、離れない……。

 ――アイツにさえ、会わなければいい。

 それだけで、全部なかったことにできる。

 ……できるはずだ、


 

 


 

 

 

 


 

 



 

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