第32話 千宮の再起
西條琥太郎
「さて、どうしたものか……」
俺が項垂れる千宮にゆらりと近づく。
俺含めボドゲ部と生徒会のメンバーがその様子をジッと静かに見つめていた。
……ふぅ、危なかった。
本当に強敵だった。
一歩違えばこの状況は全く正反対になっていたわけで。
額にかいた冷や汗をタオルで拭う。
「もう終わりだ。これ以上関わるな」
千宮は負けたのが悔しかったのか涙を大量にこぼしながら俺を見ると一歩また一歩と後退りする。
千宮の顔色が、一瞬で消えた。
「や、やめてくれ、く、くるな!」
俺は千宮の視線を無理やり上げさせる。
「勝ったらなんでも願いを叶えてくれるんだったな」
「……ッ」
ガタガタ震える千宮をよそに泰葉が背後からギュッと服の袖を掴みながら抱きしめて垣間見る。
……性格は最悪だが、実力だけは否定できない
性格さえまともなら、こいつがトップでもおかしくない。
先ほどのボドゲでも俺ほどではないものの……。
強かった、認めるしかない。
俺は語気を強めて言う。
「俺からの願いは二つだ。一つ、二度と泰葉に近づかない事。二つ、天城さんにこれまで言ってきた罵詈雑言を謝罪しろ。それと同時にこれ以上そんな愚行を起こさないとここで誓え」
「あ、う。……わかったよ約束通り言う通りにするよ」
千宮は生徒会の一人である静香と呼ばれていた女性の肩を借りながらよろよろとその場から逃げるように立ち去ろうとする。
「おい、待て」
「え……」
ビクッと戦々恐々と振り向く千宮に俺はこの因縁に決着をつけるべく一人連れてくる。
「し、昇華?」
「義弘……」
それは望月先輩だ。
千宮の元カレ望月昇華にこの因縁にケリをつけてもらうしかない。
数々のボドゲ部への嫌がらせ行為。
先輩方はさもメンタルが傷ついただろう。
だが、望月先輩の場合解決するのは言論ではなく……。
バチンッ。
心地よく乾いた音があたりに響いた。
唖然とする千宮の頬には赤に染まっていた。
そして決め台詞にこう呟く。
「大っ嫌い!もう私たちに関わらないで」
辛辣な言葉が千宮に飛ぶ。
うるうると瞳を震わせる千宮。
しかし望月先輩はポンっと千宮の肩に手を置いて「でも」と続ける。
「貴方は優秀な人。その力を自分のためじゃなくてもっとみんなの為に使ってあげてよ。少なくとも"私が好き"になった貴方はそうだった……」
「……ッ」
千宮はすんでの所で我慢していた涙を滝のように噴き出していた。
「だから私が好きになった貴方に早く戻りなさい!まだ高校生、やり直しなんていくらでも効くから!私にかっこよくなったねって言わせるぐらいに――頑張ってよ」
その言葉を受けた瞬間――
千宮は、崩れた。
声にならない嗚咽が、漏れる。
望月先輩も過去を思い出したのか、その瞳が、わずかに揺れた。
千宮は絞り出すような声で囁く。
「ありがとう……」
望月先輩は「はあ」と大きくため息を吐いて、千宮の脇腹を肘で突いて、俺たちの方に走ってくる。
そして、また振り返って声を大にして言う。
「次、会うときはその泣きっ面どうにかして改心してから来なさいよ。絶対だからね!だってあんた、性格以外は完璧なんだから……」
望月先輩は、もう振り返らなかった。
***
「みなさん、本当にありがとうございました!」
俺は深々と頭を下げる。
「ありがとうございました!」
泰葉も小さく続く。
――終わった。
……終わったんだな。
あれだけ張り詰めていた空気が、ようやくほどけていくのが分かる。
誰も何も言わない。
ただ、静かにこの時間を噛み締めていた。
と、その時。
「……で、なんで水着なの?」
藍川さんがぽつりと呟いた。
「え?」
俺と泰葉は顔を見合わせる。
「なんでって――」
「そんなの――」
「「海で遊ぶから」」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
「……いや空気!!」
誰かのツッコミが飛んだ。
俺は構わず砂浜を蹴り出す。
「合宿はまだ終わってないよ!」
「ちょ、待ってよお兄ちゃん!」
背後で呆れた声と笑い声が混ざる。
波の音が、やけに軽く聞こえた。




