第28話 千宮という男
「さて、どうするかな」
有栖先輩が腕を組みながら呟く。
優子さんの家に帰宅した俺達はなんとも言えない気まずい雰囲気になっていた。
泰葉は疲れ切っていたのかスヤスヤと部屋で眠っている。
俺は椅子に座りながら沈黙の時間を過ごす。
「どうするって……千宮との勝負のことですか?」
「もう当たり前のように呼び捨てだね。ま、そうかな」
「……千宮と有栖先輩って何か関係があるんですか?」
「……」
"それを"口にした瞬間、有栖先輩と望月先輩の顔をがみるみるうちに曇るのがわかった。
どうやら過去に何かがあったことは確かなようだ。
「私の……元カレなの」
「「え?」」
その一言で、部屋の空気が凍りついた。
この沈黙に最初に口を開いたのはまるでトラウマを思い出すかのような震えた声で呟く望月先輩だった。
……?
俺は思わず有栖先輩を一瞥する。
有栖先輩は気まずそうに俯く。
「僕たちが一年だった時だ。確かに昇華と千宮は付き合っていた……けれど、今は勿論別れている」
「いや、それはわかってるんですよ。彼氏って……」
「簡単に説明するけど、まず普通に千宮と昇華が付き合ってた。昇華の方から別れを切り出して別れ――ってことなんだ」
「後半早口すぎて何言ってるのかあんまり理解できなかったですけど!?」
藍川さんが肩をすくめて一生懸命今の難題を必死に紐解こうと思案する。
まあ、俺はなんとなく理解できた気がする、多分。
「つまり千宮と別れてから陰湿な手でボドゲ部を困らせてたってことですよね」
有栖先輩は「そうそう」と頷く。
「それで天城さんの定期的な部内調査に繋がっていたと言うわけですか……」
「いや、それは普通に部員がいないからであって」
なんだか悲壮感漂うBGMが流れそうだな。
「私はまだ望月先輩に元カレがいたという事実の方が印象強いですけどね」
真白さんが苦笑する。
それはそうだ。
望月先輩が有栖先輩以外の人と付き合っていたなんて……チッ、顔だけはいいな、顔だけは。
「とにかく!私達はアイツが超大嫌いで関わりたくないのだから、だから、西條くん。……絶対勝ってちょうだい」
望月先輩があまり触れられたくないのかゴリ押しでまとめにかかる。
……わかってますよ。
俺は負けない。
いつでも自分が優位に立っていると思うなよ。
成績優秀者?そんなの関係ない。
「捻り潰しますよ。泰葉を泣かせたこと、そして天城さんへの侮辱発言。完膚なきまでにプライドをぐちゃぐちゃにへし折って土下座させてやりますよ」
その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
口元が自然と吊り上がる。
望月先輩は嘆息する。
「……普段、超が付くほど温厚な君が妹が危険に晒されるとまるで人が変わってように豹変するね。そう、あの千宮との時だっていつもの西條君じゃ考えられないほど怖い目をしていたよ。その場で千宮を殺さないか心配したくらい」
「さすがにそれはよっぽどのことがない限りは……しませんよ?」
「よっぽどのことがないよう祈るばかりだね」
「俺は基本的に泰葉一筋ですからね」
「シスコン、キモい」
藍川さんでジト目で、凄い悪口を吐き捨てる。
「確かにブラコンは認めるけど、キモくはないから!」
「認めるのか……」
有栖先輩が苦笑しながら頭をボリボリと掻いている。
「じゃあ、明日の作戦会議としませんか?」
真白さんが可愛いらしく手を挙げている。
……作戦会議?作戦会議ねぇ。
うんうん、そんなの勿論。
「いりませんよ。作戦会議とか……」
「一つぐらい戦術の一つくらい覚えておいて損はないと思うけど」
真白さんが少し不機嫌に頬を膨らませながら呟く。
何その仕草かわよ。
だがもう俺の中で決めたことだ。
たとえ真白さんの小悪魔的な提案でもホイホイうんと答えるわけにはいけない。
何故なら俺は……。
「千宮のプライドをへし折るのが目的なので今回は俺のやり方でやらせてもらいます。ごめんなさい」
俺は深々と頭を下げる。
一同が沈黙する。
視線だけが俺に集まった。
みんなは理解できなかったのかハテナと首を傾げている。
「ちなみに千宮はテストで学年一位以外の成績を取ったことがないまさに天才だ。……それは勿論ボドゲでもだ。まあ、でも琥太郎君のことだ作戦ぐらい一つや二つあるでしょ」
有栖先輩は「ふう」と大きく溜め息を吐く。
「いや作戦なんてないですけど……」
「じゃあ、今日は明日の為に琥太郎くんのお別れ会を先に開きましょうか」
藍川さんは満面の笑みで悪魔みたいなことを呟く。
重苦しい空気を、誰かが誤魔化すように笑った。
「勝つから!……勝つからね?信じてくださいよ!!」
***
「スピー、スピー」
可愛い寝息を立てる我が妹こと泰葉。
相変わらず可愛いなぁ。
……うん、部屋に帰ったはいいんだけど何故毎回といっていいほど俺の部屋で寝ているのかな。
そんなとこで寝てると俺が襲っちゃうぞ。
「……お兄ちゃん。一人にしないでぇ」
寝言かな。
勿論一人にしないよ。
「お兄ちゃん……大好きぃ」
俺も大好きだぞ。
俺は優しく泰葉を撫でる。
「お兄ちゃん手汗ビチョビチョで気持ち悪い」
「絶対起きてるよね!?」
それに割とガチ目に気にしてることを……。
緊張するとすぐに手汗が出るのは昔からだ。
これから付き合う人とかと手とか繋げないんだろうな。
……俺って付き合える人いるの?
俺の人生の中で最大の難題を解こうとするが、無理だわ、俺が付き合う想像ができない。
泰葉は大きく欠伸を吐きながら俺に対して微笑み視線を交わす。
「お兄ちゃん、今日はここで寝るから」
「ふ、ふーん、そうなんだぁ。ま、まあ泰葉がここで寝たいって言うなら別にここで寝ていいけど」
「何そのキモい反応。嬉しいなら最初からそう言ってよね」
「べ、別に嬉しくないから……」
やった、やった、久々に泰葉と寝れるぞ。
両親に添い寝禁止令か出されてからもう何年くらいだ?
俺は心の中でひたすらに喜びのダンスを披露する。
「さ、そろそろ夜ご飯の時間でしょ?早く行こ」
「それもそうだな、それじゃあ行こうか」
喜びを胸に膨らませて清々しい気持ちで歩く。
なんか途中で藍川さんに何故か横腹殴られたけど。
それでも嬉しい気持ちの方が大きい。
真白さんは「ベー」と舌を出しながら無視されたし、なんか凄い悲しい気持ちになりました。
何故かわからないけど最近二人の俺に対して冷たいのは気のせいだろうか。
……気のせいってことにしておこう。
悲しいからね、うん。




