第27話 明日に向けて
「はは、それじゃあ、そろそろお暇させてもらおうかな」
不気味な笑みを浮かべながらゆらりと立ち上がる千宮。
俺は心底ムカついていた。
それは天城さんへの侮辱行為然り泰葉への気持ちが悪い行為。
正直二、三発ぶん殴りたい気持ちではあるが、グッと心の中だけに収める事ができたのは背後にいる泰葉がぎゅっと服を握りしめていたから。
「どういう事なんだよ琥太郎くん……この状況は」
集団の端の方でいまだ唖然としている有栖先輩が立ち尽くしている。
……俺は千宮を数秒ほど見ていなかったその隙に。
「じゃあね、泰葉ちゃん。また明日会おうね」
俺の横で泰葉に手影がスッと伸びてくる。
俺はすんでのところで手を振り落とす。
そして、千宮の胸ぐらを掴みながら睨みつける。
「おい、近付くなって言ってんだろお前。殴られないとわからないのか?」
胸ぐらを掴んでいない方の手をワナワナと手を振るわせていた。
「おいおい、挨拶しただけじゃないか。何をそんな怒る」
俺はさらにもう一段階強く胸ぐらを握りしめる。
どんどんと怒りが込み上げてくる。
すると――。
「何してるの。やめて!!」
甲高い女性の声が辺りに響き渡る。
その声の主は赤い髪をゆらりと揺らす女性がポツンと突っ立っている。
確か、あの女性にも見覚えがある。
俺は一瞬だけその女性に視線を奪われるがすぐに千宮の方を睨みを利かせる。
その瞬間のことだった……千宮はポロッと涙を流す。
「た、助けてくれぇ、静香!」
千宮は一転まるで被害者のように涙を流し始める。
「……ッ。お前ぇ」
我慢の融通が効かず遂に一発殴ろうと思っていたところ……後ろから有栖先輩に羽交い締めにさせる。
千宮も生徒会らしき人物に肩を借りながら去っていく。
「……有栖先輩。離してください。あいつを一発殴らなきゃ駄目なんだ!」
が、有栖先輩はガッチリと離すまいとしている。
クソ、クソ、クソォ。
千宮は俺をチラリと一瞥する。
俺を見る千宮の顔が……笑ってんじゃねぇよクソ野郎。
絶対に許したくない。
なので俺は千宮に向かって吠える。
「俺はお前を絶対に許さない!明日……泰葉に手を出したこと絶対に後悔させてやる!!」
千宮は演技のようにプルプルと震えながら俺を軽蔑したような目で見下す。
俺は千宮に向かって指を指す。
「待ってろよ。近いうちにお前を……その地位から必ず引き摺り落としてやる」
***
「クソ!!」
俺は勢いよく砂浜に自分の手を叩きつける。
よく見ると強く握りしめすぎたせいか手の平に血が付着している。
……いや、そんな事なんてどうだっていい。
泰葉の"トラウマ"を思い出させてしまったんだ。
俺は泰葉の方に顔を向ける。
わなわなと体を振るわせて、まだ酷く怯えている様子だった。
「泰葉……」
泰葉は俺の呼び掛けに少しだけ後退りする。
俺はその様子に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
いや、それよりもなんで声を掛けたらいいか……。
どうしたら泰葉を安心させてやれるか。
こういうのに不器用な俺が言うのは返って本人を傷つけてしまうのではないか。
そういった焦燥感に駆られる。
でも……それでも俺が言ってやらなきゃ。
俺は先程までの怒鳴り声だった声色を"いつも"通り優しい声で呟く。
「お前は俺の"妹"なんだ。怖かったよな。もう大丈夫だから。だから、だから、もう一人じゃない……お兄ちゃんがついてるから」
泰葉の眼に光が少しだけ戻る。
「……妹?そうだよね。私お兄ちゃんの妹がいいよぉ」
え、俺泰葉の兄じゃなかったの?
泰葉はいつのまにか俺に抱きつきながら泣きじゃくっていた。
よかった。
とりあえず怪我はなさそうだな。
しばらく、泰葉は泣き続けた。
その涙が落ち着いた頃、ようやく俺は口を開いた。
頭を撫でながらできる限りの笑顔で泰葉を見る。
「お兄ちゃんの作り笑いが下手くそ、気持ち悪い」
「うげぇ、バレてたかー。俺が笑うのそんな得意じゃないと知ってたかぁ……ってそんな言わなくてもよくない?さすがに滅多に泣かない俺で有名な俺が泣くよ?」
「え?お兄ちゃんこの前泣い――」
「あー、あー、何も聞こえない。でもどこからか帰ろうと言っている声が聞こえるなぁ」
「お兄ちゃんのイマジナリーフレンド?今度私にも紹介してー」
「さすがにイマジナリーフレンズができるまで追い込まれてません!」
「増えちゃった!?」
泰葉がクスクスと笑顔になっている。
俺は安堵の息を吐く。
どうなることやらと思ったが。
とりあえず泰葉の笑顔が見られてよかった。
では次の問題に行こうか。
この惨状をどう説明しようかなーと。
泰葉に助けを求めるもゴミを見るような目でそっぽ向かれてしまった。
このデレ多めのツンデレが!
でも愛してるぞ泰葉。
***
「まずはこんな騒動起こしてしまって本当に申し訳ないです。……勿論、俺が勝手にしでかしたことなので俺がきっちりと後始末をします」
俺は砂浜の地面に頭を擦り付けながら全力で謝る。
「ことの始まりから説明してもらおうか」
望月先輩が真剣な眼差しでこちらを見ている。
「そうですね、ことの始まりは――」
「私の責任なんです」
みんなの視線が一気に泰葉の方に向かう。
泰葉は肩をすくめながら申し訳なさそうに呟く。
そんな……なんで!
泰葉のせいじゃないそう言おうとした時。
「私がアイツに襲われてるところをお兄ちゃんは助けてくれただけなんです!何も悪くありません。悪いのは全部アイツ……じゃなかった私なんです」
後半ちょっとボロが出てるって。
まあ、でも泰葉が可愛いのは納得だ。
泰葉は百パー悪くない。
俺は先生のように全肯定する。
「とりあえず……さ、おばあちゃんの家に帰らない?」
有栖先輩が苦笑いしながら提案する。
「そうだな。一旦優子さんの家に向かおうか」
望月先輩を足切りにこの重苦しい雰囲気の中ゾロゾロと家に向かって歩いていく。
俺は泰葉の手を取って歩幅を合わせながら歩く。
「お兄ちゃん。手汗と血が混ざってえぐいことになってるから……手を繋ぐのはいいかな」
若干引き気味の泰葉に思わずシュンとしてしまう。
すると、藍川さんがチラチラとこちらを覗いてくる。
あー、思い出した。
藍川さんに悪いことしちゃったかな。
俺は歩く藍川さんの手を掴む。
「え!は?なに!?」
藍川さんが赤面した顔でこちらを見ている。
「あ、ごめん。ちょっと、驚かせようかと思ったんだけど。これセクハラで訴えられないよね?」
「バリバリ訴えるわ」
藍川さんが蔑んだ目でこちらを見ている。
「な、なに?」
「あのさ、さっき藍川さんに向かって声荒げちゃってごめんね。あの時はもう怒り心頭みたいな感じだったからさあの時、藍川さんに不快な思いをさせちゃったかもしれないからごめんなさい」
「なぁんだ。そんなことか……」
そんなことって……。
俺、めちゃくちゃ気にしてたんだけども。
でも藍川さんが気にしてなさそうでよかったな。
「てか、生徒会長相手に勝負なんて挑んで大丈夫なの?」
「あー、うん。大丈夫。得意なボドゲだしね。……チェスでぶっ潰してやるんだ。正直負ける気がしないよ」
「どこから湧いてくるんだかその自信」
藍川さんはやれやれと肩をすくめながらそっぽを向きながら小さな声で呟く。
「あの琥太郎くんのああいう姿、私はカッコよ――」
「あー、泰葉。走るなって……危ないでしょ。あれ?藍川さん今何か言った?」
泰葉が急に走り始めるので藍川さんの言葉が途中聞こえなかったのだ。
俺は藍川さんの顔を覗き込む。
「何も言ってない。琥太郎くん。まじウザイ!」
「お兄ちゃん、まじウザーイ」
「なんでぇ」
何故か女性二人に罵倒される俺。
ドMなら大歓喜のシチュエーションだけど。
俺はドMならじゃないから……。
あれ、真白さんがなんか冷たい目で見てる。
もしかして俺って……嫌われてる?
……いや、あのキャラならこういうだろう。
俺は嫌われてない……と。
藍川さんと真白さんは俺を見るなり嘲笑する。
前言撤回。
俺は嫌われています。
……明日その評価を一気にひっくり返しやる。




